第600話-2  プロローグ

 それと比べれば、学院を卒業後、各地を放浪しつつ依頼を重ねその成果を持って『賢者』として成長していく、評価されていくというあり方はよほど騎士らしいと言えるだろう。


「その人たちって、魔術以外も使えるんですかね?」

「どうかしら。王国の宮廷魔術師や騎士団や近衛に所属する魔術師も剣を扱う人は少ないわね」


 杖を用いて自衛する程度のことはするだろうし、恐らく『賢者学院』の魔術師=『賢者』もそうであろうか。


「あの……リリアルは……」

「あまり魔術らしい魔術は使わないわね」

「そうそう。精霊の加護や祝福があれば違うけど、魔力だけで魔術を発動させるのって、魔力の消費がとても多いのよ。だから、リリアルだと……」

「魔装を使ったり、身体強化のような外に魔力を余り出さない使い方が主になるのよね。ほら、魔装銃とかさ」

「……そうですのね。かなり違いますわ」


 ルミリも含め、リリアル生は『魔術師』としての意識がかなり低い。魔力量として『魔術師』と名乗れそうなのは、彼女を除けば『黒目黒髪』『癖毛』とギリギリ『赤毛娘』くらいなのだ。


「それでは、私など到底魔術師にはなれませんわね」

「魔術で出来ることって、結構、他の方法でも補えるのよね。だから、むしろ、リリアルはそこを上手く考えているわけ」


 例えば、彼女の姉の『大魔炎』は、火薬樽くらいで十分に代替できてしまう。魔装銃はマスケットと大差がないのだが、魔力で発射する分、発射速度や威力を向上させている。が、火薬で出来ない事もない。


 リリアル生はそもそも『冒険者』が基準であり、魔力を応用して冒険者的隙間を埋める仕事を請負うつもりで始められたものでもある。冒険者の仕事を奪っているという誹りは免れないのだが。


「で、巡礼をして、実際にあの国がどんな感じなのか確認したいわけね」

「ええ。原神子信徒が国政を担っている場合、民はどのような感じなのかね。そもそも、聖典が蛮国語で書かれていても、読めるのはある程度読み書きができて自分で聖典の内容が理解できる人たちだけでしょう?」


 王国でも王国語の聖典が印刷され、普及し始めている。その事自体は別に構わないし、教会が否定すべきでもないと彼女は考えている。しかし、聖典が読めれば、教会や聖職者の役割りが変わるのかと言えば、そんなことはないだろう。


 また、聖職者の妻帯を公に許可するということや、修道士・修道女の存在を否定した事などがどのように影響が出ているかも確認したい。


「そう考えれば確かに気になるわ」

「神学校も廃されて、王国学校というところで中等教育が行われているらしいの」


 中等教育とは、高等教育に繋がる『古代語』『幾何数学』『音楽』を学ぶ学校であり、富裕な貴族であれば家庭教師から習うことになり、それ以下の場合、神学校に入学し聖職者見習として学ぶことになる。


 因みに、連合王国にある二つの大学の学生も、今までの経緯から聖職者と同等の免税や移動の特権を有している。なので、ウォレス卿などは、その学生としての資格で移動しているのである。これは、貴族も共通の特権を有している。互いに自由を保障し合う事で、お互いの国を行き来することができるのだ。冒険者以外の庶民は、このような移動の権利も制限されている。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 巡礼者と言えば『兎馬車』なので、それも当然持っていく。ルミリの足が不安でもあるので、馭者の練習をさせつつ、交代で兎馬車に同乗することになるだろう。


「それで、これも持って行くのね」

「恐らく、賢者学院にはリンデから同行する案内役の騎士か賢者学院の卒業生が付くと思うの。その際の乗り物ね」


 魔装馬車なのだが、姉から聞いた改修を施した仕様だ。


「屋根の上に寝そべる……なるほど」


 姉に聞いた『聖エゼル』の魔装馬車の改装。それは、屋根の上に銃手が乗り、伏せて銃撃をすると言うもの。その遮蔽と落車を避けるために、天井を強化するだけでなく、囲いを設けるのだという。


「あ、でもこれ、馬車が急に加速したり、曲がるときに体を固定するのが難しいですよ」


 碧目金髪が伏せながら、問題点を指摘する。


「魔力の多い子なら、自分で身体強化するなり、魔力壁で覆うなりすれば問題ないですけど、リリアルは私も含めて銃手の子は魔力少ないじゃないですか?」


 魔装銃自体がそれを補完する目的で配備されたのだから当然だ。魔装銃への魔力の供給、若干の身体強化、そして、『導線』迄用いれば、もう魔力を扱う余裕はない。


「何かいい考えはないかしら」

「うーん、例えば、何箇所か握れるような柱を天井部分に設けてですね」


 特に、後ろ向きに伏せると、馬車の進行方向と反対側な為、後ろから落ちそうになるだろうことが予想される。両手で銃を持っていれば、伏せて足の甲にでもその柱を引っ掛けて踏ん張ることで滑り落ちる事を防げるのではないかという。


「こう、前後左右にですね」

「なるほど……至急対応させましょう」


 内側からリベットなりネジなりで、木製の支柱でも固定すれば問題ない。長さは10cmもあればいいだろうし、握り込めるように逆L字型ならなお良いだろうか。


「どうかしら」

「ばっちりですね。反しがあれば最高です」


 恐らく、足首を引っ掛けてもすっぽ抜ける事はなくなるだろう。


「ずり落ちそうになって、片足だけ引っ掛かったままブラブラしたりしてね」

「縁起でもないのでやめてください副院長!!」


 銃を扱う機会のなさそうな伯姪は、そう茶化したので割と強めに碧目金髪に否定される。めずらしい。


「いや、ほんと洒落になりませんから」


 ネデル遠征で修羅場を経験して、リアルに状況が想定できたらしい。長足の進歩である。





 老土夫に魔装馬車の改装を施してもらい、早々、出発の準備が整った。


 出発の前の晩はリリアルの『壮行会』があり、三期生にとっては初めて見るようなごちそうが並んでとても喜ばれた。しかしながら、一期生残留組や二期生達にとっては不安がいっぱいといった顔が見て取れる。


 祖母や『戦士』らに騎士団へフォローをお願いしてあるとはいえ、やはり彼女も伯姪も不在という状態は、特に冒険者組にとっては初めての体験となる。帝国遠征で長期不在は経験させているとはいえ、二人そろって不在は……不安しかない。


「は、早く帰ってきてください!!」

「お土産よろしく」

「げ、元気でいてもらえるだけで、十分です!!お土産は皆さんの無事な姿が一番ですぅ」

「でも、お土産も大事だよな」


 青目蒼髪が思い切り赤目蒼髪から肘を入れられ悶絶する。


 そんなありがちな日常に別れを告げ、彼女も不安がないではないが、これから先もある事だと心の中で割り切り、その場を楽しむ事にしたのである。


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