第593話-1 彼女はウォレス卿と渡海について打ち合わせる

『ゼノビア』という都市はニースの東にある、法国の西側にある港湾都市であり、その一帯を支配する都市国家でもある。東内海の貿易を『海都国』に専断され、聖征時代に栄えたゼノビアは西に向かわざるを得なくなる。


 ゼノビアが目を付けたのは、当時から希少価値の高い『砂糖』の存在だ。これを生産し供給できれば東方貿易の「香辛料」以上に利益になると考えたのだという。


「けど、砂糖って熱いところじゃないと育たない植物からできるのよ」


 内海上の島でサトウキビという砂糖を生み出す植物を栽培することになる。実は、ドロス島やマレス島でも栽培されている。とはいえ、大規模な農場と、その収穫を行う労働者を確保するには狭いのだ。


「そこで目を付けたのが、新大陸の島々らしいわ」


 新大陸に向かう途上にある島々でも行っているらしいのだが、最大の農場は新大陸にあるという。


「でも、何故奴隷を使うのかしら」

「あなた、サトウキビを見たことはないのね。見ればわかるわ」


 伯姪曰く、サトウキビは鎌では刈れないのだという。鎌の刃が折れるほど固い茎を持つので、斧で斬り倒していく。これが重労働なのだという。


「それで奴隷なのね」

「普通の農民でもできなくはないでしょうけれど、熱い場所でそればかりやらされるのだから、健康な男ばかりが欲しいわけ。そうするとガレー船の漕ぎ手かサトウキビの刈入れかって選択肢になるくらいの場所になるのね」


 ガレー船の漕ぎ手も相当困難であると聞く。二年と持たずに酷使されて死ぬというのだ。奴隷ということは、そのくらい過酷な条件で働かされるということなのだろうか。


「異教徒だから奴隷に出来る。異教徒だから死ぬほど働かせて、その後御神子教徒に生まれ変われば救われる……という考え方ね」


 サラセンの海賊に囚われた時も、サラセン教徒であれば奴隷にはされないという。これも、御神子教徒と同じ理屈なのだろう。暗黒大陸には、そのどちらでもない異教徒が存在するので、どちらも奴隷にする事に差しさわりがない。


 奴隷の相場は健康な男性であれば一人金貨160枚にもなるという。これは牛の1600倍、騎士の乗馬の320倍、騎士が戦場で乗る馬の20倍の値段となる。


「大儲けね」

「そうなの。そのくらい、砂糖は儲かるってことなのよ」


 奴隷を一人頭金貨160枚で買取り数年で使い潰す。何百何千人と必要としているだろう。それを差し引いても大きな利益となるのだ。


「奴隷ね」

「砂糖で儲ける上前を撥ねているわけ」

「でも、砂糖自体を海賊で狙えばいいのではないかしら」

「それもそうはいかないのよ」


 海賊船団……冒険商人船団はせいぜい数隻単位の船団になる。それでも、その運用には金貨数万枚に相当する資金が必要となるのだという。


 神国は重要な物資を運ぶには巨大な船団を形成し、新大陸の拠点港から本国迄護衛の軍艦と共に集団で移動するのだという。五隻程度で襲える船というのは限られている。


「だから奴隷船なのね」

「奴隷の仕入れ自体は、物々交換みたいなもので、剣やマスケット、絨毯や香辛料みたいな、こっちでは珍しくないもので奴隷となる人間と交換されるみたいだわ」


 暗黒大陸に都市や商会があるわけがない。そこに住む権力者たちからすれば、人間は幾らでも湧いてくるが、剣や銃を手に入れる事は出来ない。それ故に、人を渡し剣を手に入れるのだろう。そして、その剣や銃を使いさらに人を手に入れる。


 聖征の時期においても、また、駐屯騎士団が異教徒狩りを行っていた東外海沿岸においても、似たようなことはなされていた。特に、金髪碧眼の女性が大いにもてはやされたとか。


「金が無いのは首が無いのと同じというからね」

「それなら、ラビ人の警句で人をもっとも傷つけるのは空の財布というのもあるわね」


 人口で言えば王国の五分の一、土地は農耕に適さず軍馬の生産も困難を極める。重装騎士を乗せ戦う戦馬は体格も優れ、気性も戦向きでなければならず希少価値が高い。騎乗するだけの乗馬用の馬の十から二十倍、駄馬の百倍の値段がする。馬の数が少なければ、また、馬を育てるに適さない環境であれば母数が少なくなるのだから仕方がない。


 長弓兵を用い、また、下馬戦闘を行い騎士を重装歩兵として活用するということは、王国の優れた馬の能力による優位性を排除する狙いもあったのだろう。

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