第592話-2 彼女はウォレス卿について考える

 これが、南都にある騎士団であればずっと話は簡単になる。実家の顔も利く範囲が広くなるであろうし、実家同士の繋がりも騎士達の間で生きてくることになる。王家に忠節を誓い叙任されたであろう騎士であるが、実家や自身の利益のために行動し、王国に対して二の次になる行為も平然と行って恥じることは無かった。腕は三流以下、そして、裏で利益誘導する事だけは一流。


「南都騎士団って解散したんだよね」

「ええ。王立騎士団に再編される際に、一度すべて選抜し直していると聞いているわ」


 そのまま身分が引き継がれると考えていた旧騎士団の騎士達からは当然不満の声が上がった。だが、王太子殿下直々の面接と実技試験を経て……誰もいなくなった。


「ストレス溜まってたみたいだもんね」

「王太子殿下が活動拠点を王都から南都に移すとは、思っていなかったのでしょうね」


 王家と王国より、実家と自身に重きを置くような騎士は不要である。腕も忠誠心も頭脳も不足しているのであれば、無駄飯を食わせておく必要もないとばかりに馘首したのである。


「そいつらが、ウォレス卿の影響下にある商会なんかに関わっているんだよね」

「……首に鈴はついたままだったのね」


 王国南部の貴族や商人には原神子信徒が比較的多いというのはいうまでもない。旧南都騎士団員の中にもそれは少なくなかったのだろう。


「表向きは隠していたみたいだけど、自分本位な行動が原神子信徒らしくて隠しきれていないよね。ホント隠す気あったのかも疑問だけどさ」


 とはいえ、王家と王国に背く行為を行っていることを本人が意識していないのであれば、『原神子信徒であるから弾圧されている』と言い始めてもおかしくはないのである。すり替えが行われ、利敵行為を信教上の問題とされれば、咎める事自体難しくなるかもしれない。


「その時は、何か罠を使った取引でも仕掛けて仕留めるでしょうね」

「それは私じゃなくて、宮中伯閣下の仕事だね。片棒くらいはかつぐかもしれないけどさ」


 片棒は担ぐのかと彼女は少々呆れたのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王国の南部は南部で大変そうであるなと二人は話をしているのだが、ウォレス卿も懐事情はかなり厳しいのだと思われる。自身の財産を切り売りし、活動資金を捻出しているのだとか。


「騎士として立派ね」

「あの人騎士じゃないわよね。確か、郷士の出身だから」


 平民の中では身分として上の方だが、騎士ではない。王国や帝国であれば、貴族の男児に生まれれば騎士となる資格を生まれつき有している。が、連合王国では貴族自体が少なく、さらに百年戦争とその後の内戦で数を大いに減らしてしまった。


 さらに、騎士は貴族と認められない。男爵の下に準男爵という爵位があり、王国では『紋章騎士』という、騎士を率いる男爵に準じる身分があるのだが、これと似た立場であり、これも貴族ではない。


「騎士の叙任は国王の専権で、数年ごとに希望者を募って一斉に叙任するのよね」

「ええ。確か、父王の時には一度に五百人叙任したこともあると聞くわね」


 叙任してもらうにはそれなりに対価を支払う必要がある。騎士に叙任してもらう側が王に金を払うのだ。それが、王にとってそれなりの収入になる。勿論、褒賞として叙任する場合は不要だが、土地や財貨を与える代わりに騎士に叙任するのだから、元手はかかっていないのだ。吝嗇である。


「それでも、女王陛下の側近となれば、それなりに儲けるチャンスもめぐってくるのだから、やらざるを得ないのでしょうね」

「でも、奴隷貿易の共同出資者とかじゃねぇ」


 宮中伯と姉から伝えられた話によると、父王の時のような貯金箱は既に残されておらず、御神子教徒である先代女王が行った厳格な御神子教的政策により連合王国の経済状態は悪化しており、王宮の財政も逼迫していたのだという。それを打開するために女王に持ち込まれた話が……奴隷の密貿易だという。


「本命は、暗黒大陸で無許可の奴隷貿易を行うって話だったのが、現地に伝手が無く奴隷が集められなかったので……」

「神国の奴隷船から積み荷を奪って、その奴隷を新大陸で売却したとか聞いているわ」


 ここ五年間で四回の奴隷貿易(横取り)船団を編成しているのだという。


「その話って」

「ええ。この前捕らえた海賊船の船長以下、船員たちから聞き出した情報と、神国から伝わる情報をすり合わせた結果だと聞いているわ」


 表向き「そんな海賊は知らない」と連合王国は神国に返答をしているし、神国はその返答を信じてはいないのだが、明確に今、事を荒立てることはしないだろうと王宮は考えている。ネデルが安定するまではという条件付きでである。


「その海賊の船団を率いていたのは、レイクって奴の兄貴分で女王のお気に入りの側近らしいわ」


 私掠船船長の『フランク・ド・レイク』は、『J』・ホプキンスの舎弟であり四回目の奴隷貿易船団に参加したのだという。それ故、身代金の額が高かったのだという。


「随分儲かるのね」

「女王陛下の取り分は、金貨2万枚らしいわ」

「……確かに大金だけれど、一国の女王が密輸で収入を得ないといけないというのは、相当困窮しているのでしょうね」


 金貨2万枚は右から左に消えるのだという。それは、ネデルの金融業者からかなりの金額を借りており、その返済が滞っていたからだという。また、そのこともあり、ネデルの商人に対して無下にできない関係にあるのだと理解できる。


「人も少なく、内戦続き、まともに輸出できるのが羊毛だけではね」

「あら、魚の塩漬けだって輸出しているじゃない?」


 確かに輸出しているが、あまりお金にはならない。それに、魚の塩漬けは貧しい庶民の口にするものである。


「でも、なんでそんなに新大陸では奴隷を必要としているのかしらね」


 彼女は疑問に思う。普通の農民では駄目なのだろうか。開拓や開墾なら殖民団を募って新しく街を立ち上げればよいのではないだろうかと思うのだ。

……領都建設のように。


「それは、ゼノビア商人と神国が『砂糖』の貿易を行う事でつながっているからなのよ」


 確か、ゼノビア人の冒険商人が新大陸を発見したと聞く。そのスポンサーは神国の当時の女王陛下であったとも。その頃から、神国と内海商人の間でなんらかの計画が行われていたことを知り、彼女は伯姪の話を興味深く聞くことにするのである。




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