第586話-1 彼女はオリヴィを泉の女神に合わせる
『妾のそばに、来ないでおくんなんし』
廃城塞の裏山にある女神の泉に彼女はオリヴィを案内していた。
「ビル、控えていて」
「わかりましたヴィ。私は、少し下がった場所で休憩させていただきます」
「セバス、ビルに付き添って」
「……承知しましたデゴザイマスお嬢様……」
泉の女神=水の大精霊。火の精霊の加護持ちであるビルとは相性が最悪であったようだ。また、かなりの武威を誇るビルの存在は、大精霊であっても、いや、大精霊であるからより強く脅威を感じたのであろう。
同じ系統ではあるが、水竜であるガルギエムなら、喜んで戦おうとしたかもしれない。湖は……遠慮しておこうと彼女は確信した。
ドキドキが収まったであろう泉の女神『ブレリア』に、彼女はオリヴィを紹介する事にした。
「ブレリア様、帝国の魔術師であり私の友人のオリヴィ=ラウスです。オリヴィ、この泉の女神であり、ワスティンの森の水の大精霊であるブレリア様です」
「オリヴィ=ラウスと申します。帝国で冒険者をしておりましたが、今は王国で仕事をしております。以後お見知りおきを」
ブレリアは少々挙動不審であったものの、姿勢を正し女神らしい表情を作り直すと、おずおずと言葉を返す。
『……主さんは強い魔力をお持ちでありんす。その力が、良きことに向かう事を妾は切に願いんす』
そう伝えると、ブレリアはオリヴィを祝福する。
『力強き者には、それに相応しい祝福も与えんしょう。さて、王国に仇為す者を懲らしめてあげんなんし』
――― こうしてオリヴィ=ラウスは、『風』『土』の精霊の加護、『火』『水』の精霊の祝福をもつことになる。
オリヴィが望むところとは少々異なっているようであるが、『祝福』を得たことには感謝しているように見て取れる。それに、王国にはしばらく世話になるつもりであり、とりわけリリアルとは友好な関係を結びつつある。その領地に災いが及ぶのであれば、オリヴィは力を貸すつもりだ。
それが、吸血鬼絡みであればなおさらである。
泉の女神とオリヴィの対面はこんな感じで早々に終了した。どうやら、ビルの存在が落ち着かないからという理由で、女神が『これで失礼しんす』と泉に消えてしまったからだ。リリアル生が訪れた時は、楽しそうに話をしてくれていたので、余程体に負担があるのだろう。
オリヴィはビルの素性を細かく説明しているわけではないが、彼女は予想以上に強力な加護持ちであると理解している。事実は加護を与える側の存在なのだが。これは、水の大精霊であるブレリアには当然伝わっている。
「さて、この先に何かあるのかしら」
「湖があります。そこにも、水の精霊である竜が存在するのですが……」
「今回は遠慮しましょうか。ビルが拗ねるからね」
見た目いい年した青年のビルが拗ねるという事はないだろうが、姿形が『竜』である精霊がどういう反応をするのか想像すると、あまり良い結果にならないとオリヴィも彼女も考える。王国から神国の山の泉や湖には精霊である『竜』が泉の乙女と共に棲むとされる伝承が多く残されている。
泉の乙女は、元はその地に住む女性であり望まぬ婚姻などから逃れる為に山に入り、かえって竜に見初められその番となると言った伝承だ。ガルギエムは元は王都のある場所に棲んでいたので、ブレリアとの関係は無いのだが、もしかすると湖には別の泉の乙女が存在するのかもしれない。いや、いないか……
泉のある繁みを出て少し歩くと、セバスとビルが倒木に座り話しをしているのがみてとれる。
「お前の相棒の土魔術もなかなかすげぇけど、俺も歩人だからよ。けっこう使えるんだぜ」
「でしょうね。しかし、もう少し魔力の練成に力を入れると良いと思いますよ。無駄に散乱している分、消耗が激しそうですから」
「わ、わかってんだよ!! 昔から不器用でよぉ……」
自慢話でマウントを取りに行って失敗して落ち込んでいるように見える歩人。だめだ。
「待たせたわね」
「いえ、楽しくセバス殿と過ごしておりました」
いい笑顔のビルに悪意はかけらもない。が、セバスは力の差を如実に見せつけられ、同じ従者枠でも格差を感じたらしい。ドンマイ!!
「水の大精霊から『祝福』を頂いたわ。力ある者に相応しいって」
「それは喜ばしいことです」
とビルは立ち上がり、二人の後に続く。
「セバス、あなたも力に相応しいと女神様に認められることを望みます」
「……ですよねー」
セバス、水の精霊の祝福を得られれば、恐らく、土と水で『人造岩石』を作る際の能力が格段に上がるはず。砂と砂利と石灰に水で作るのが人造岩石だからである。だから励めよ。
彼女とオリヴィは領都となる『ブレリア』に対する構想について色々話をした。王国内の都市に関しても王都以外にさして詳しくない彼女と異なり、オリヴィは冒険者として帝国やその周辺の小都市をかなりの数訪問している。
今では領主が変わりあまり栄えていないのだと言うが、その昔、帝国皇帝の騎士団長が領するメインツにほど近い領都も訪問したことがあるという。その大きさは、廃城塞ほどの大きさであるものの、宿や商会、鍛冶屋に石工なども一通りそろっていたという。
彼女も小振りの都市として印象に残っているのは、姉が拝領するであろうノーブルの街だ。大山脈の西端に位置し、内海沿いの都市と南都を結ぶ内陸の街道の要衝であり、今は滅んだ中王国が存在した時代には主要な都市であったという。
王都が桁違いの大きさであり、それ以外の都市は千人程度の住民が暮らすような規模の都市がほとんどである。万を越えるのは大都市と言って差し支えない。
「領都全体を壁で囲うよりも、街の外周、街道を制する場所に稜堡になる小要塞を配置して、制約する方が良いわね。それと、ウィンなどもそうだけれど、土塁で周囲を囲む方が砲撃に耐えられるし」
「最終的な避難場所として城塞を残すとしても、街の発展性を考えれば、壁で囲うのはよろしくなさそうですね。お金もかかりますし」
そう、土塁であればセバス&癖毛で何とでもなる。いまのところは。
「小さな規模で街塞などを建てて訓練しているのでしょう? 腕は悪くないと思うわ。あとは、一度、稜堡式築城の専門家と話をしてみると良いわね。今、王国の都市もその形で防御施設を見直しているのだから、機会があればできそうだと思うのよ」
王都の新街区開発の際、その外側の防御施設はウィンに設けられたような堡塁による防御施設を設けることになっている。恐らく、父子爵か宮中伯に依頼すれば、専門家と話す機会を得ることは可能だろう。
とはいえ、彼女が渡海している間はその話を進める事も出来ない。一先ず、顔合わせだけでもするのが良いと思われる。
「また、帝国やネデルの都市の話を聞かせてください」
「ええいいわよ。ねえ、ビル」
「はい。ここに新しい都市ができるというのはとても楽しみです」
王国の都市の大半は古帝国時代の都市や市場、あるいは、修道院や司教座のある場所に端を発している。廃城塞もその中のいずれかであったかもしれないのだが、百年戦争中に放棄されたため記録も定かではない。
「でも、なんでこんな森の中に街なんて作ったんだろうな……でございますお嬢様」
「人口が増えた時代に、帝国でも新しい都市がドンドンできたんだけど、その後、枯黒病の流行で一気に減ったのよね。ここもその放棄された都市の一つかもしれない」
セバスの言葉にオリヴィが何気なく言い返す。独り言に近い類の言葉。
王都もそうなのだが、人が集まればその分、ごみや汚物も多く集まる。村であれば森に捨てる等と言ったことも可能だが、住んでいる場所の中でごみを捨てれば生活する事も困難になるほど汚れる。病気が蔓延したり、飲み水に困る事もある。生活できなくなった都市が放棄されるという事はなくはない。
しかしながら、森に囲まれ水源にも恵まれたこの場所が放棄された理由を思いつくことができそうにない。
「不思議だぜ……でございます」
「そうね。何かあるのか、もう少し詳しく調べてみるべきね」
彼女はさりげなく自身の課題を追加するのである。
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