第586話-2 彼女はオリヴィを泉の女神に合わせる
修練場を経由しリリアル学院へと戻る。修練場には王都からの馬車が到着しており、数人の駈出し冒険者とリリアル生が薬草の採取や、魔物の探し方について嚮導を受けていた。
そこに、彼女が現れたので駆け出し冒険者たちはとても緊張した様子を見せていた。が、その姿は数年前の自分の姿だと思う彼女である。
ニ三会話をし、これを機会に、ワスティンの探索を手伝って欲しいなどとリップサービスを交えて会話をし、最後は「頑張ります」等と元気に返事をされてその場を去る事になる。
冒険者から騎士、騎士から男爵となった彼女の存在は、駈出し冒険者にとっては身近な英雄譚であるのだ。とはいえ、彼女の出自によるものであるということはあまり知られていないようで、特に、芝居関係ではその辺りはっきりと描かれないので誤解されている節がある。
例えば、冒険者として格上であるオリヴィは騎士でも男爵でもない、あくまで一握の冒険者のままであるのとは対照的なのだが、そこに関して疑問に思う者がいないのは、誰かの作為を感じる。特に姉。
「人気があるのね」
「……お芝居などの影響でしょうか。事実と異なることでも、多くの人がそれを信じれば、真実になってしまうようですね」
「なるほど。けれど、こうして冒険者の後進を育てているのですから、立派な行いであると思います」
「恐れ入ります」
「恐怖しかねぇよ……でございます。これ以上、リリアルの仕事を増やさねぇでもらいたいんだよなぁ……」
歩人セバス、伯姪・茶目栗毛などがいない間、かなりの事務仕事を振られそうで恐怖しかないらしい。一期生冒険者組に教えれば良くない? 残るメンバーが脳筋系比率が高いため、それもなかなか難しい。とはいえ、騎士爵持ちが多数いるのだ。騎士も官吏の仕事を担う事は少なくないので、これも修行のうちと言いくるめて仕事を振ろう。そうしよう。
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「ば、ばっちりだし!!」
「えー それはないだろ」
「う、うるさい!! 読み書き計算はできるんだから、大丈夫!!」
赤目蒼髪が「文官の仕事は大丈夫かしら」との彼女の言葉に対する答えに、青目蒼髪が反応し……である。
「え、え、え、だ、大丈夫です」
「……大丈夫じゃないよぉ」
「私たちは子供、そこまで望まれていないから大丈夫」
黒目黒髪は居残一期生冒険者組で、最も書類仕事が得意である。この辺り、薬師組も同様なのだが、それ以外の冒険者組はどうしても力仕事系や鍛錬に時間を先がちで苦手としている。
特に、赤毛娘と赤目銀髪。
「猟師にはそんな仕事はない」
「猟師じゃなくて王国の騎士様でしょ? 何いってるの」
碧目栗毛は文官仕事も侍女仕事も好きなので、そんな赤目銀髪の不真面目な言葉に即断罪する。とはいえ、全くできないのではなく、好きでは無いという事に過ぎない。
村の中で生きている農民ならともかく、その外縁部で生活する炭焼きや樵、野鍛冶や猟師は、村と領主の関係や国と領主の関係に関して法律的な理解がなければ『罪』に問われる事もある。故に、村長の言う事を聞いて従えば良い農民よりも敏感なのだ。
とはいえ、それは耳学問のレベルであり、領地を治めるほどのものではない。
「字が小さい……」
「目が悪くなりそう」
赤毛娘と藍目水髪が、伯姪や茶目栗毛が処理していた書類を引き継ぎつつ、自分で書いているのだが……十二三歳で扱う内容ではないので少々苦戦中。
「定型の書類だけでもかければかなり助かるよぉ」
「任せて!!」
「数を熟せば何とかなるかなぁ」
リリアルの帳簿付も今は黒目黒髪が行っているが、茶目栗毛の仕事を引き継いで、今までの仕事は赤毛娘と藍目水髪に任せることになるので、今はその引継ぎ中なのである。
少し前までならワイワイと「ラ・クロス」の話などしていた各人だが、渡海が近づくにつれ自分たちで何とかしなければならない仕事が増えてきて、焦りが生まれている。特に、教える側の一期生に。
仕事が上手く引き継げない場合、今までの仕事の監修と引継ぎを受けた仕事で両方を熟さねばならなくなるのであるから、必至だ。特に黒目黒髪。
「ああ、そこは、そうじゃなくってぇ……」
「ええ、どこ、どこが違うの!!」
「だから、落ち着いて。ペンを下ろして、インクが飛んじゃうよ!!」
黒目黒髪は良く理解しているのだが、人に教えるのは苦手だ。大人しく引っ込み思案であり、それが足を引っ張る。やる気が空回りしている赤毛娘と、それをサポートしつつ仕事を覚えている藍目水髪……という構図が現れている。
冒険者組の黒目黒髪と蒼髪ペアはもうすぐ十五歳であり、成人とみなされておかしくない年齢となる。この三人が居残り組では主導的な……立場になるだろうが、今一心配だ。
「大丈夫よ、セバスもいるし」
ケラケラと笑う伯姪。最初は私たちもそんなものだったと思いつつ、彼女は不安と心配が積み重なるのである。
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