第585話-1 彼女はワスティンを案内する
「さあ、手加減は要りません。もう一本参りましょう」
「がぁ、ぜぇぇ……」
既に二桁に達する立会。ビルが一方的にガルムをあしらい、ガルムは最初こそ「まだ本気ではないからな」などとほざいていたが、今では呼吸音以外何も出てこないようだ。
「いや、ノインテーターが呼吸を荒げるっておかしくねぇか……でございます」
生前の記憶なのだろうか、全力を尽くせば呼吸も荒くなるらしい。細胞が記憶しているとでも言うのだろうか。
ガルムはそのまま立ち上がらないので、守備隊長と交代する。
「あんた、見た目通りの奴じゃないんだろ?」
「はは、それはお互い様ですよ」
『半人狼』対『炎の精霊の化身』では……控えめに言って修練場が危険です。
「身体強化以外の魔力の使用は禁止でお願いするわ」
「「…… 承知 (しました)」」
ビルが本気で戦うなら、焼人狼が出来上がっていまいます。
結論的に言って、力は互角、しかし、騎士としての剣技が身についている分、力押しの守備隊長は押し切れず躱されてしまう。やがて、生身の半人狼が疲労困憊に。
「さあ、手加減入りません。もう一本参りましょう」
「がぁ、ぜぇぇ……」
「おいい!!!!」
半人狼が呼吸を荒らげるのは問題ないよね。
汗をぬぐい、修練場の応接室でシャリブルの振舞うお茶を皆で楽しむ。ガルムは警邏に行くとその場を去り、メンバーは五人になっている。
「鍛冶場があって、周囲を濠と防壁で守っているのですから、ここでしばらく籠城も考えているのですよね」
ビルの質問を彼女は肯定する。騎士団の分駐所……駐屯地の下の規模である分駐屯地に相当する規模であると説明する。
「冒険者がワスティンを探索するための拠点であり、リリアル生がここで鍛錬をする場でもあります。勿論、緊急時にはここで足止めをし、また、反撃に移る際の拠点も兼ねています」
ワスティン発の魔物の集団発生が起こる可能性は低くない。度々現れる人為的に育成されたかのように思われる魔物の集団。不自然な上位個体の比率と発生頻度。ワスティンを観察し、監視するための施設。
「そっちが本命なんでしょう?」
「そうかもしれません。ですが、王都の冒険者が抱える問題もその通りです。双方兼ねた場所であっても問題はありません」
「それはそうですね。それに、ここの皆さんは……腕が立つ」
常駐しているのは全員魔物でもある。この三体で対応できない魔物の集団であるならば、王都の危機に近いものになるだろう。
「仮に、ここに私たちの拠点を設けさせてもらうなら……」
オリヴィ曰く、この『修練場』の弱点である正門のある場所の正面に堅牢な楼塔を建てるつもりだという。
「勿論、一階部分は全て壁。二階部分も狭間の他は外側に開口部無しって感じのロの字型の塔にするよ。入口は中庭側だけに設ければ問題ないから」
「そうですね。わざわざ外から扉を設けてはいる必要はありません」
魔力壁なり、風魔術で飛翔するなり、オリヴィとビルであれば可能となるだろう。
「場所だけ決めて貰えれば、後は時間のある時にでも建てていただいて構いません」
廃城塞の使い勝手が悪いのであれば、吸血鬼の地下牢はこの場所に設置してもらっても構わないと彼女は考える。
『ここにあいつ等がいるなら、監視する手間も多少減るだろうから、良い案じゃねぇか』
『魔剣』の言う通り、安全な監視という意味では肯定できる。ただし、この場所にやってくるリリアルの二期三期生や王都の駈出し冒険者に対して、危険があるのではないかという危惧がある。人質や魔力持ちを狩ることで力をえる吸血鬼であれば、彼らは良い餌になりかねない。
であるから、仮に吸血鬼を奪い返されたとしても、その危険性を考えれば廃城塞に隠しておく方が良いと判断している。
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廃城塞に移動する前に、オリヴィの土魔術で簡単に土台部分と一層目を構築してみることになる。地下牢部分を先に形成し、掘り下げた部分の土を用いて一階部分を形成する。二階部分は周囲に空堀を巡らせて、その土を用いることになるという。
「じゃ、軽くね」
オリヴィの土魔術をまじかで見るのは初めてのこと。特に、『歩人』は土の精霊の系統であり、それなりに自信があるので上から目線で見ている。
「軽くでいけるのかよ、でございますね」
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の姿に整えよ……『
一辺20mほどの地面が捲り上がり、そこが箱状に成形されていく。歩人らの魔術であれば、土を壁の形にするまでなのだが、オリヴィの場合、さらに細かく成型できるようなのだ。
『魔力操作の能力差と、圧倒的に魔力量が違うな』
「藁の縄とシルク糸ほどの差があるわね」
「ぐぅ」
ぐうの音しか出ない歩人。
『
そして、周囲を硬化させる。中庭となるだろう部分が掘り下げられ、地下の部分は少しだけ明かりが中庭から入るように成形されている。
「吸血鬼も高位の奴らは、姿を霧に替えて逃げ出したりできるから、その辺の防備も考えないといけないわね」
「……ガラスでもはめ込みますか」
彼女の提案をやんわりとオリヴィが否定する。
「土で固めてしまって、出入りできなくすればいいわ。まあ、中には土魔術の得意な奴もいるけれど、私の魔術を早々解呪できないでしょうから、埋め込んでしまって、必要な時だけ開ければいいわ」
オリヴィの土魔術でのみ開閉できる地下牢……堅固である。
「地面の下に隠してあれば、魔力走査も通りにくくなりますし、先ず、そこを探す人はいませんから」
「なら、その辺の地面に穴掘って隠すのもありかしら?」
ビルの話をオリヴィが適当に混ぜ返す。隠した場所を忘れそうなくらい適当で怖い。
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