第584話-2 彼女はゴブレットの手配を進める
翌日、彼女はオリヴィとビルを案内し、ワスティンの森へと向かう。修練場と廃城塞を両方見てもらい、必要であればその両方をオリヴィが利用することも考えなければならないと考えたからだ。
今回は、歩人を従者としている。また、二輪魔装馬車での移動となる。
「魔力が多いメンバーで俺だけ凡人だから肩身がせめぇ……でございます」
いつもは肩身が狭くないような言い回しの歩人。最近、土魔術で施工をしていることから、ちょっと立場が改善したと思っているようである。甘い。
オリヴィは「結構近いのね」と言うが、徒歩ならニ三日かかる距離である。二輪馬車なら一時間少々といったところだが。
「歩けば王都からそれなりにある場所なので、王都の冒険者はわざわざこないところですね」
「馬で移動するには留め置く場所もありませんし、村はあっても街はないのですね」
王都とシャンパー領の間にあるので、王都から行くならワスティンの森の先にあるシャンパー領の街まで行かねばならない。そこまでして、ゴブリンや狼を狩るのは割に合わない。
「今のままだと、王都には駆出しと引退間際の冒険者以外、みな外に出ていってしまう可能性が高いのです」
「それはそうね」
レンヌやロマンデなら、初心者を卒業した冒険者が討伐や護衛など熟しつつ、その地方で活動する余地が残っている。王都周辺では、すっかりその手の仕事が無くなっている。騎士団の警邏も増え、傭兵崩れの盗賊などはリスクを考え立ち去ってしまっているか、既に捕らえられている。
「それで修練場なわけですね」
「はい。冒険者から騎士や兵士になる者もいるでしょうし、見習冒険者が王都で雑用を熟すことで回っている商売もあります。また、孤児が見習として就ける数少ない職業の一つですから、先がないというのは問題があると考えています」
「そうね。孤児だって大人になれば、仕事を探す身だもの。冒険者はそういう受け皿だから必要なのも判るわ」
そのあと言葉を濁したオリヴィ。「それは王都や王国の為政者が為すべきことであって、あなたの仕事じゃない」と言えば角が立つ。
それもそうなのだが、ワスティンの開発には王都の中堅冒険者(見込)や孤児たちが入植してくれることも必要なのだ。領都に町を建設しても、将来を展望して来てくれる人材が必要だ。リリアルの卒業生にも声をかけるであろうし、ギルドや商会も誘致するが、それだけで領地が運営できるはずもない。
まずは、『人攫いの村』やそこで農業を学んでいる孤児たちを勧誘し、村となる場所と簡単な建物と生活設備を提供し、税の減免や農地となる土地の提供なども考えねばならない。
幸い、土魔術を用いた開墾を行えば、労力も少なくて済む。また、場所によっては果樹園や放牧地とする事も必要となるだろう。これも、村の場所の選定から進めて行かねばならない。
まずは、運河掘削の安全確保とそれにかかわる物資の供給ができる体制作りからだろうか。領都としてはそれが主な仕事となるだろう。小麦はともかく、それ以外の野菜や肉などは領内で生産した方が効率がいい。
豚や鶏なら短い期間でも生育するだろう。
そんなことをつらつら語りながら、良き隣人となってもらいたいオリヴィ主従は彼女の話を微笑ましそうに聞いてくれている。
「それには、領の安全を脅かす吸血鬼野郎どもを駆除しないとね」
「ええその通りです」
「ヴィは容赦ないですから。貴族の当主や領官が突然の病を得てなくなる事が続くかもしれませんね」
「奥方ということもあるからね。身分がそれなりなら、従属種や隷属種もかなり抱えている事もあるわ。とはいえ、長く同じ場所で暮らすのは難しい存在だし、奥方になっても子が産めないから愛人とかかしらね」
愛人に貢ぐダメ貴族というのは有りがちだが、その相手が吸血鬼となれば話は別である。その領内で若い男性が数多く失踪したり、女性が変死する事件が多発しているかもしれない。
「王都に不審な事件が報告されている地域を優先するのが良いかもしれませんね」
「そうね。調べるの、お願いしてもいい?」
「勿論です」
彼女自身が調べずとも、騎士団か宮中伯に問い合わせれば問題なく情報は整理できるだろう。オリヴィが直接問い合わせるよりは、彼女が依頼することがより良いだろう。成果が上がれば、オリヴィ監査官の依頼も素早く処理されるようになる。
やがて、馬車は『ワスティンの修練場』へと到着する。橋は降りており、王都に迎えに行った馬車はまだ到着していないようで、いるのは守備隊長と、ガルム、シャリブルのみだ。
「全員集合」
歩人が声を張る。三人が整列すると、彼女はオリヴィとビルを紹介し、三人も自己紹介をする。
「……リリアルの守備隊長を務めさせてもらっている」
「彼は『伯爵』閣下の元部下の戦士長であったのだけれど、閣下は戦士を必要としなくなったので、リリアルで預かり仕事を任せています」
オリヴィは『人狼』であると気が付いているようだが、余計な事は言わずよろしくねと返す。
「シャリブルです。こちらでは鍛冶師として仕えさせていただいております。主に弓銃鍛冶として腕を磨いてまいりました」
「ほう」
「じゃあ、マスケットも扱えるのかしら」
「多少は。ですが、弓銃の良さを知って頂ければ、マスケットとは別の武具であると理解していただけると思います」
彼女は弓銃を三期生の魔力無組に持たせたいと考えていた。また、連合王国に向かう中で唯一の二期生『赤目のルミリ』にまずは装備させ鍛錬させたいと考えている。
ガルムは「ガルムだ」とだけ言い、ぷいと横を向く。そして、彼女はビルに向い「胸を貸していただけますか」と問う。ビルは良い笑顔で「勿論です」と答えたのである。
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