第583話-2 彼女は王太子と不死者の炙り出しについて考える
ここで、オリヴィが会話に加わる。
「王太子宮、さらに言えば『大塔』に吸血鬼が潜んでいる事は知っていたのかしら」
『薄々はね。だが、あの領域から出てこなければ、対応する必要もない。今回は、君たちが立ち入った結果、それが表面化した。休眠状態の吸血鬼は見つけにくいし、居そうなところを一つ一つ当たっていくのは、ラウス卿ならご存知だろう? 藪を突けば蛇どころか竜が出かねないのだから、当面は放置さ』
『伯爵』としては、自分の生活さえ安泰なら、王都に深く関わる積りも無いのだから当然だろう。だから、王都で危険すぎる者は触れないし、危険性の低い自らを害さない『悪』も放置することになる。
「それで、スケルトンを大量に発生させる魔術に心当たりはあるのでしょうか?」
あると言えばあると『伯爵』は告げる。但し、スケルトンに纏わせる魂を揃えなければならないので、準備に手間がかかるのだという。
「魔術で仮初の魂を宿らせるとかではないの?」
『数体なら可能だが、効率が悪い。ゴーストを捉えて、それを人格が希薄化するまで放置してファントムのように感情の粗が残るように整えたものを憑依させるのが簡単だ。できれば、拷問のような形で強い恨みをこの世に残して死んだ者が良いだろうね』
それを持ち込んで、人骨に纏わせるのが良いのだという。古戦場などにスケルトンが発生する理由、そして、普通は大量発生しない理由も明白だ。
「なら、ミアンに大量に表れたスケルトンの元は……」
「ネデルで異端審問で拷問され処刑された原神子信徒の魂が利用されたのでしょうね。仕掛けたのは……やはり連合王国ではないわね」
『そうとも言えないだろうね。連合王国は確かに羊毛を取引しているが、ネデルの商人とは利害対立がある。自分たちで毛織物を製作して輸出するほうが利益が大きい。が、そんな事をネデルの商人は許さない』
利害が一致する面が表向きだが、深層では対立している。連合王国の毛織物職人や商会が力をつけ独自の販路を築けば、やがて対立することになる。むしろ、経済力のあるネデル商人を追い込んで利益を得るのは殖民地宗主国の神国ではなく、競争相手となる連合王国ではないか。
「誰が犯人でもいいのだけれど、魂をどこで確保するか……ね」
『王国内で今の所、千人単位の虐殺・拷問はないだろう? だから、国内ではなく、他国から持ち込むしかなさそうだね』
神国は、過酷な新大陸の先住民の労働を課しているとも聞く。ならば、その辺りから魂を手に入れる事も可能だろう。神国には、修道騎士団から流れた者たちも多くおり、その系譜が新大陸へ『征服者』として渡ったともされている。
また、最近原神子派の活動に対して、教皇庁を始めとする御神子教の再生を掲げた新たな修道会も育っているという。彼らは御神子教の広まっている地域だけでなく、異教の地へと布教に向かっている。その中には、駐屯騎士団のように異教徒を武力で制圧し、奴隷のように扱うこともあるだろう。
魔力持ちの魂は自らの糧とし、それ以外の魂はスケルトンに憑依させる材料とする為の……虐殺。
「神国かしらね」
『まだ時間はありそうだな。早々簡単に虐殺して本国に戻れねぇだろう』
『魔剣』の言う事も最もだが、魂を納めた魔石也何かだけを持ち帰ることも有りえる。
「魂の依代が何か……でしょうか」
『目立たないもの。そして、持ち込んでも怪しまれないもの』
「……王都の建設資材の何かかしらね」
「王太子宮の改装などがあれば、そこに機会があるかも知れないわね」
『自由石工』『修道騎士団残党』『神国』といったあたりが、絡みあって、何かを為そうとしているのだろう。
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『伯爵』邸を離れ、彼女とオリヴィはリリアルへと戻る。途中、『王宮監査官』の仕事について、オリヴィから質問が繰り返される。
「王領ってそんなにあるのね……大変だわ」
百年戦争以前であれば、王領は王都周辺の地域が中心であり、大きな都市は自由都市として王家にいくばくかの税を払い保護を受け、各地には公国や伯爵領がかなりの数あった。元は王家も『ルテシア伯』であり、旧王家の宰相家であったのだから、当然であろうか。
百年戦争以降、ギュイエやロマンデと言った連合王国所縁の地域が王家の直接支配下となる。それ以前は、王家-ギュイエ公兼蛮王国国王-ギュイエの貴族といった関係であった。これは、ランドル、レンヌ、ロマンデヌーベといった各地も同様であった。また、王家の分家や支流が公爵位を得て、王家から半ば自立しその地域の盟主となり、本家と対立した場合もあった。
故に、今では実質伯爵家程度の小さな都市の領主ながら『公爵』として、要は捨扶持を与え、あまり権力を与えないようにしている。王弟殿下等はその最たるものだろう。
代わりに増えたのが『代官管轄領』とその代官である。当初は王の代理人ほどの権力を持つ存在であり、宰相と同格の時代もあったが、今では伯爵領ほどの細分化された地域を王の代わりに差配する『代官』となっている。
しかし、その地域における行政・司法・財務に関して国王から代理を委ねられ、在地の子爵以下王領の貴族に対する監督を行う。また、勅令・法令を告知し、地方裁判所からの上訴を判断する。
また、世襲貴族ではないものの長く務めたものは『子爵』として法衣貴族に列せられることになる。彼女の実家とは逆のパターンだろうか。
因みに、これ以外にも
重要な地域を世襲する男爵家を代官に任じ「子爵」に陞爵する場合もあるのだが、これは「リリアル副伯」の成り立ちが準ずるだろう。
子爵は、公爵領がもつ幾つかの重要な都市の代官を嫡子が受ける爵位とされてきた歴史がある。百年戦争前のロマンデにおいて、ロマンデ公はルーン子爵位をロマンデ公の嫡子に与えていたなどだ。
「まずは、この代官の調査からね」
「その下にも有力な地元の貴族や、徴税官を務める有力者がいますが、吸血鬼として動くのであれば、代官の元にいる貴族や騎士でしょうか。代官自身が吸血鬼となるよりも、それを魅了や誘導で支配する方が足が付きにくいでしょうから」
「そうね。代官に何らかの痕跡や異常な行動があるかも知れないし、なにより、晩餐会で、聖別のゴブレットでもてなせば簡単に炙り出せそうだから、考えていたより楽できそうかもしれないわね」
当てにしているわとばかりにオリヴィは良い笑顔を見せる。ちょっと姉と重なる部分が見え隠れするが、姉ほど彼女を弄る気はないのは当たり前だろうと警戒を緩める。
「難しく考えたらやりきれないわよね」
「当然ですヴィ。ヌーベと関係の深い場所から当たれば、先ず確実にアタリを引けるでしょう」
王国の統治には疎くとも、吸血鬼の隠れていそうな場所には鼻が利く。確かに、ヌーベに協力する代官領があれば、そこには必ず協力者やそれを使嗾する吸血鬼が潜んでいるだろう。
「旧都とかヤバそうかもしれないわね」
「商人同士の繋がり、歴史的なつながりの深い場所には、何らかの協力者が当然います。その当人か側近に吸血鬼がいると思えば間違いないでしょう。側近では、ゴブレットを手にしないかもしれませんが」
そこから先は、別の人に頑張ってもらうべきだろう。王家の代理人かその側近にいないことが優先だ。それに、数があまりにも多いという事はないだろう。魔力持ちは限ら出ており、ある程度社会的地位もある。それが、連続して戦争でもないのに死ぬのであれば、当然怪しまれる。
枯黒病の死と、吸血鬼による死は死にざまが異なるのでこれも区別が出来て当然だろう。
「まあ、その辺は」
「アイネ様に確認でしょうか。商人同士の繋がりは、商会頭夫人に聞くのが一番でしょうから」
ということで、彼女が思う以上に、オリヴィは姉を信用しているのであろう。姉が心配ではないということはないのだが、興味本位で生きている姉の行動をどうこうしようとは彼女も思わないのである。
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