第583話-1 彼女は王太子と不死者の炙り出しについて考える

 吸血鬼は『不死者』であるが、基本は半死人のようなものである。心臓の動きも人間とは異なり、様々な差異が存在する。


「例えば、吸血鬼は鏡に映る事がありません」

「ほう」


 王太子はオリヴィの語る吸血鬼の特徴について興味深く感じている。曰く、流れる水に入ることができない、曰く、寒くとも吐く息が白くなることがない。これは、体温が低い死人に近いからではないかという。


「強い匂いの物を避ける傾向がありますが、これは、生身の人間も同様ですね」


 確かに、生身の人間も口にニンニクを放り込まれれば嫌な気持ちになる。間違いない。


「生者と反対の反応を示しますので、回復するポーションが毒となり、神の奇蹟である癒しの魔術が、体を傷つけます」

「かといって、誰彼構わず回復魔術をかけるわけにはいかないな」


 それはそうだ。魔力だって限りがある。


「聖水を嫌い、時に傷つきます」

「それは、聖別したモノならある程度効果があるという事だろうか」

「おそらく」


 王太子は思案する。


「確か、リリアルでは『聖別した食器』というものも作成していたな」

「自衛用ですので、外部に供してはおりませんが」

「それは、例えばワイン用のゴブレットなど作成することは可能だろうか」


 乾杯するワインのゴブレット。これを彼女の魔力で聖別した魔鉛などを加えた銅器・銀器や魔銀合金として作成すれば、『聖性を帯びた器』となる。これを口に付ければ、吸血鬼は恐らく大やけどのような傷を負うだろう。


「そうだな、王太子の紋章を刻んだゴブレットなら、私が参加する会で乾杯用に饗しても誰も断れまい」


 数はかなりになるだろう。彼女が断りたいくらいだ。


「どうだろう」


 どうだろうかはやれと言う事の言い換えに過ぎない。


「謹んで拝命いたします殿下。大変光栄に存じます」

「ああ、出来れば陛下と王妃殿下用、それと王女の分も用意してくれ。君が渡海する前に、素材だけでも用意しておいてくれるとありがたいな」

「……畏まりました殿下」


 銅と魔鉛の合金は「魔真鍮」ということになるだろうか。赤みがかった金色で錆びにくく硬度もそれなりにある。銅七魔鉛三か八二くらいの組合せが良いだろうが、老土夫に相談する必要がある。


「それと、リリアルの紋章を入れたものを『魔除け』としてニース商会経由で市販することを許可する。これは、王太子御用達の聖なるゴブレットとでも名付けると言い。これも報酬の一部だ」


 すなわち、王国内でその手の商品を普及させ、吸血鬼が暗躍するような場所に『魔除け』として用いられるようにしようということだ。ワインと王太子殿下御用達のゴブレットのセット……贈答品用の需要も高まりそうだ。姉がノリノリで話に加わるだろうことが目に浮かぶ。


「ご厚情感謝いたします」

「まあ、渡海を楽しんできてくれ。叔父上が迷惑をかけることを先に謝罪しておく」


 ああ、やっぱり迷惑かけられるんだと彼女は死んだ目になる。とはいえ、オリヴィ曰く、女王陛下が吸血鬼の後ろ盾でないと分かっただけで気分はかなり楽になった。


「王国は、私とラウス卿でしっかりと対応する。自分たちのことだけ考えてくれればいい」


 思えば、わざわざ王太子殿下が急を押して彼女に会う機会を設けたのは恐らく、これが言いたかったからだろうと気がつく。胡散臭い笑顔さえなければありがたい心配りだと感謝したところだが、ありがたみ半減である。


「職務を全うして参ります殿下」

「はは、賢者学院にも足を運ぶのだろうが、一蹴してやれ」

「……友好を深めてまいります」

「はは、その意気だ」


 にこやか爽やかでありながら、王太子殿下は先王の気質を受け継いでいるようだ。頭脳明晰容姿端麗文武両道で表向き思慮深く優しい……フリをしている。王国の次代の為政者として相応しいだろう。


 百年戦争を始めた連合王国・当時の蛮王国の『英明王』は、その歴史の中で最高の頭脳と志を有していたとされるが、王太子殿下は『尊厳王の再来』と称される将来を嘱望される存在である。尊厳王は『英明王』と比される英邁なる君主であることは言うまでもない。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 オリヴィと共に再びリリアル学院へと戻る前に、『伯爵』に話を通しておくことにする。恐らく今日もこの時間、あの隠れ家のような古い騎士の屋敷跡にいるはずである。


 茶目栗毛を馬車に残し、彼女とオリヴィ、ビルの三人で突然の訪問を詫びつつ『伯爵』にお目通りを願う。


『おや、美人が二人揃って来訪とは、今日は嬉しい事が起こったというわけだね』

「ご無沙汰しております。オリヴィ=ラウス卿をご存知でしょうか」

『そうだね、君の姉君にご紹介いただいた、帝国の吸血鬼狩人だってね』


 私はエルダー・リッチだからセーフなどと『伯爵』はおどけて見せる。


「正式な書状は後程になりますが、閣下に王太子殿下から招聘がかかっております。アンデッドの大量発生に対する調査依頼だそうです」

『……まあ、協力するのは吝かではないよ。王太子殿下は英雄の気風を持つ中々の君主であると聞いている。長く王都で過ごすには、面識を得た方が良いくらい、私にもわかるからね』


『伯爵』の素性が怪しいということは、当然把握している。それでも、吸血鬼ではないと証明するだけで、警戒心は相当下げることもできる。毒を持って毒を制する程度のことを、王太子は当然為せるのであるから、むしろ、積極的に友人関係を築く方が、当人同士利がある。


 王太子殿下は、『伯爵』の持つ帝国を中心とする諸外国との非公式なコネクションや情報を手に入れ、『伯爵』は王都での安全を担保してもらい、尚且つ、王太子の友人と言う立場を得て益々居心地を良くするという関係である。


「魔銀か魔鉛を加えたゴブレットにワインを満たして飲むような方法で、吸血鬼を狩りだす予定ですが、問題ありませんか?」

『魔法生物だからね、我々は。魔力はむしろ糧となるくらいだから問題ないね』


 彼女やリリアルの供するポーションで魔力を補填している『伯爵』一党なのだから、やはり問題ないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る