第九幕 『渡海準備』
第581話-1 彼女はオリヴィと王宮に呼ばれる
リリアルにオリヴィが滞在して数日後、王宮からオリヴィと共に彼女にも呼出がかかった。非公式ではあるが、国王臨席の会議であるようだ。
「もうすぐ連合王国への渡海準備もあるのにね」
「仕方ないわ。片付けなければ、安心して向こうに行くわけにもいかないしね」
オリヴィと彼女、そして従者にはビルと茶目栗毛を連れて行く。伯姪は学院に残ってもらい、渡海前の準備を進めてもらいたい。
吸血鬼の尋問は未だ進んでおらず、暫くは学院生に思う存分弄られて心が圧し折れるまで放置するという方向で考えている。囮として切り捨てられ処分された者たちが持つ情報に、緊急性があるとは思えない。
三体の元修道騎士団総長に求めるのは、いかにして吸血鬼が組織の中に浸透し、彼らが吸血鬼となったのかという経緯、そして、修道騎士団が実際、どの程度吸血鬼に制圧されていたのかという情報である。
『それも、裏付けって事になるだろうがな』
魔装二輪馬車でというリクエストにこたえ、彼女とオリヴィが並んで座っている。手綱を握るのは……オリヴィ。
「これ楽しいわね!!」
「……喜んでもらえて幸いです……」
魔力の潤沢なオリヴィ。さらに、夜目も効く体質であるから、馬さえ替えれば、いつまでも走り続けることができそうである。王国の端から端迄丸二日程度で移動できるかもしれない。さすが人外姫と呼ばれるだけのことはある。
オリヴィ用の魔装二輪馬車は彼女たちが渡海する前には渡せそうなのだが、暫くは学院のそれを使って貰って構わないと伝えてある。魔力さえ纏っていれば、余程のこと……竜に蹴られるなどのダメージでもない限り破壊される事もない。無いとは言えないが。
「王宮も国王陛下も初めてね」
そう、王宮で国王陛下隣席の会議に出席するのである。その前に、オリヴィには『王宮監査官』の辞令が出ることになっており、先に宮中伯の所へ案内することになっている。高名な冒険者とはいえ、表向き無位無官の帝国人を陛下に合わせるわけにはいかない……等という口さがないものもいないではないからだ。
どのタイミングで授けるかの問題なので、先に着任してもらおうということだ。
「では、ただいまから、オリヴィ=ラウスは『王宮監査官』となった。誠実に職務に励むように」
「畏まりました閣下」
オリヴィは辞令を受け取り、宮中伯に礼をする。帝国人が王国において王家の監察官になることは別段問題ない。王の個人的な臣下である者は、性別国籍さえ王の思うままであるからだ。
これが、都市の管理者である代官であったりするならば問題があるかもしれない。住民の代表と利害関係をすり合わせるためには、同国人同郷人の方が価値観が共有できるからだ。
言い換えれば、査察や監察であるなら、客観的他者視点で見る必要がある。他国者が多い組織は近衛連隊のような軍事組織であり、冒険者もその一つだろう。また、職人なども他国出身者が少なくなく、高位の聖職者も人事的な問題で他国出身者である場合もおかしくない。
どれも、実力が重視される職業である。
彼女はリリアルの騎士服、そして、オリヴィは文官に見える華美ではない貴族男性風の衣装。但し、いつでも戦えるように、膝丈ほどのズボンを着用しているので、タイツ風ではない。それに半長靴を合わせている。剣は持たず、辞令と共に渡された王家の紋章の入った短剣を腰に吊るしている。これは、王の代理人であることを証明するものだ。
彼女の場合、副元帥故に『元帥杖』を渡されているが、魔法袋の肥やしとなって久しい。
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謁見室ではなく会議室。それも、人数を絞ったいわゆる重鎮会議である。
「……殿下、お久しぶりでございます」
「ああ、リリアル副伯久しいな。活躍は相変わらずのようで何よりだ」
そこには、見目麗しい王妃殿下に良く似た、金髪碧眼の美丈夫が微笑んでいた。大変胡散臭い。
「ですが、なにか王都に来られる事がございましたでしょうか」
「いや、王太子宮で変事が発生し、君が動いていると聞いてね。キナ臭さを感じて王太子親衛隊を率いて後詰に来たんだが、何事もなく済んで幸いだ」
近衛騎士とは異なる『親衛隊』なる組織を南都で編成しているのだという。その行軍訓練を兼ねて、南都から急ぎ王都に来たのだという。重武装の騎士の為、王都に入れず南門にある新設騎士団本部の仮宿舎で待機させているのだという。
「親衛隊ですか。近衛ではなく」
「ああ。王家に忠節を誓っている近衛は大切だが、私個人ではなく、次の国王となる可能性のある人間に付くこともあるだろう? 人事異動もあるし、私の剣となり盾となる人材を個人的に側近としておこうと考えて、選抜しているんだ。まあ、リリアルを参考にさせてもらっている」
「……左様でございますか」
彼女の中には、リリアル生が彼女個人に忠誠を誓っているとは考えていなかったし、そう教育しているつもりもない。が、一期生の大半、三期生の年長組はそれを強く意識している節がある。二期生は、そこまでの関係にはいたっていないような気がする。
王太子の感覚は理解できる。近衛だからと言って必ずしも信用できるとは限らない。貴族として、実家や親族、派閥の力学で個人的な親愛より立場で判断せざるを得ない決断を強要される事もあり得る。
孤児にそれはない。また、身分の低い貴族の子弟であれば、実家とのつながりを断ち切って個人として王太子に仕えることだってありうる。故に、自身で側近兼護衛を務める騎士団を編成し、『王太子親衛隊』通称『海豚隊』を編成する事にしたとのことだ。
海豚とは、王国の王太子が名乗る通称であり、『海豚王子』といえば、王太子のことを意味する。故に、海豚隊なのである。紋章も海豚が描かれることになるだろう。
そういえば、リリアルもネデル遠征や南都遠征で兎馬車や魔装馬車を疾走させたことがあった。同じことをしているのだろう。これも大切な訓練だ。ミアンではそれが役立った。
「冒険者のように、位階を定めてね、三等・二等・一等・特等とね。席次もそれに則って定めて、切磋琢磨できる体制にしようと考えているんだよ」
リリアル丸パクリなのだろうか。いや、リリアルの場合、未だ一期から三期までしかいないので、そういう階級差はあまりない。役割りで分かれている程度である。今後は、そういう指標も必要となるかも知れないと彼女は考える。
魔力量で単純に分けても良いかもしれない。できる事が魔力量で異なるのだから、三等に一等の仕事を与えるわけにはいかない。魔力量が多い方が冒険者として危険な目に合う分、厚遇するという事も必要になるだろうか。
もしくは、王国の正騎士・従騎士・それ以外で分けるのもありだろう。従騎士から正騎士となるのはあり得るのだが、最初から騎士を目指していないとするなら、三等とされても問題ない気がする。
「それは、安心して治世に励めるのではありませんか」
「……それはどうかな」
王太子は、これから始まる会議の内容に関してある程度把握しているのであろうか、思わせぶりな言葉で会話を終了した。
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