第580話-2 彼女は騎士団長に灰色乙女を紹介する
話は、三体の吸血鬼の処分の件に移る。
「どうする気なんだ二人は」
彼女は、『大塔』の中でオリヴィと話したことを、そのまま騎士団長に説明する。騎士団長はやや渋い顔。
「尋問な」
「ええ。今後、吸血鬼を収監した際に、騎士団で尋問する機会も増えると思います。今回得られたのは『貴種』と呼ばれる高位の吸血鬼ですので、この対応を標準化すれば、下位の吸血鬼に対してもより安全に尋問が行えると考えられます」
「……『貴種』ってのは珍しいのか? 吸血鬼に関しては良く分からないから、改めて俺も含めた騎士団幹部と騎士学校の教官相手に講義を開いて
貰う方が良さそうだな。お二人さんが講師をしてくれると助かる」
オリヴィは監察官となった後、顔合わせを兼ねてならばと二つ返事で引き受ける。彼女も否はない。
「幸い、リリアルには何体かの捕獲した下位の吸血鬼がいます」
「……吸血鬼……捕獲してるのか……」
射撃の的としても有効であるし、吸血鬼の存在をリリアル生に認識させることも大切なので、射撃訓練場にいるのである。
「主に何を与えているんだ?」
「屠殺された豚か猪の血液ですね」
「……え……」
オリヴィが目を丸くする。どうやら、豚の血で生きながらえられるとは思っていなかったようである。
「なら、今回の奴らも……」
「試してみても問題ないと思います。一年二年なら生きていると思いますよ」
『いや、結構心病んでるだろあいつら』
『魔剣』の言う通り、無理やり豚の血を飲ませ続けているので、心がボッキリ折れている。問題ないのだが。
「再生すればいいのよ。『貴種』は魂を多く捕獲しているので、その分、餌無しでも長生きするのでしょうね」
「それも王国で実験してみたいわね。大概、今までは即座に処分していたから」
ビルの他、定まった仲間も持たずまた拠点もないオリヴィは、捕らえた吸血鬼からその場で手に出来た情報を引き出したのち、直ちに滅するほかなかった。今回、王都に拠点なりリリアルに預ける事で、長期間『貴種』を観察し、情報を引き出す事が可能となるだろう。
「いまはどこにいるんだ?」
「この楼門塔の監獄に個別に収容しています。けれど、いつまでもここに置くわけにはいきませんでしょう?」
「警備の問題を考えると……難しいな」
近衛騎士も衛兵もあくまで留守番役。奪還を試みる吸血鬼がいるなら、餌にしかならない。騎士団長の問い。
「リリアルでいい場所はないか?」
「……あるにはありますが……」
「私たちの仮アジトにもなりそう?」
オリヴィは姉のようなキラキラした目で彼女を凝視する。彼女のオリヴィに関しての印象が少し変わる。
彼女は、『ワスティンの修練場』の近くに隠れ家的な城館を置くのはどうかと提案する。周囲に流れる水を流し、土魔術で建設された堅牢な城塞を提案する。
「修練場か」
「はい。常設の場ですし、ある程度リリアルの関係者も常駐しています」
それは二体のノインテーターなのだが、ここで敢えて口にする必要はない。
「修練場に隣接する場所で考えるという事かしら」
「……それでも……構わないのですが」
「あれじゃない、木を隠すなら森の中、吸血鬼を隠すなら廃城塞の中っていうのはどうかな?」
姉、実はシレッとこの場に立ち会っている。伯姪は体調を慮ってこの場を辞しているのでその代わりとでもいう顔で参加していたのだ。
「……確かに今の所、あそこはタダの廃墟なのだけれど……」
「ええ、いいじゃんあの廃城塞。なんといっても、ヌーベと目と鼻の先っていうのがいいよね!!」
ワスティン自体がヌーベ公領と王都・王領の緩衝地帯であり、その中にあるのが『領都・聖ブレリア』(仮)である。
「古い城塞なら、主塔の地下に牢獄があるでしょうから、確かに、設備としては丁度いいかもしれないわね」
「でしょ!! ヴィちゃんが強化してくれてもいいんだよ。どうせ、今はタダの廃墟だし、多少思い切った事をしても、誰も困らないからね」
いや、後々困るのではないだろうかと彼女は姉の強引な展開に戸惑いを隠しきれない。とはいえ、オリヴィの錬金術師としての能力を見てみたいという想いもある。
「ビル、どう思う?」
「そうですね。その塔を『オリヴィの塔』として丸々与えていただけるのでしたら検討してもよろしいかと」
「なるほどね。まあ、見張塔も兼ねているでしょうから、屋上への立ち入りは許可するとして、他の部屋は封印でもしておけば問題ないかもしれないわね。それでもいいなら、そこにしましょうか」
あの城塞自体は、円塔自体にはさほどの価値を彼女は感じていない。領都は川と濠と土塁、そして人造岩石製の外城塞を中心に防御施設を準備する考えであり、古い城塞は城館部分は象徴と居館とするつもりだが、円塔は飾り程度にするつもりであったからだ。
「内郭の登り口に楼塔があります。円塔では手狭でしょうからそちらを使っていただければと思います」
外郭から内郭へ至るスロープを扼する場所に、方形の塔がある。梯子をかけて戦う時代であれば重要な防御施設であろうが、銃で戦う時代にはそこまで重要ではないだろう。
「なら、そこに色々片付けて私の王国の拠点兼、吸血鬼の保管所にするよ」
「取調べが終わったなら、こちらも預けたいものだな」
「それは構わないわ。どの道、『査察官』の職務で王国中を歩き回ることになるのだから、私たちも基本はそこに放り込んで放置することになるでしょうけどね」
騎士団長も、『貴種』の吸血鬼の最終的な扱いに困惑していたこともあり、これ幸いとオリヴィに押し付ける事にした。
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『女僧』と伯姪は先にリリアルに戻ってもらい、彼女と『戦士』、オリヴィとビルに吸血鬼二体を回収できる、魔装馬車を王太子宮に向かわせてくれるように手配をお願いする。
「悪いわね」
「いいえ。先に休んでいてちょうだい」
「なるべく急いで迎えをよこさせます」
そう言い残して、二人は魔装二輪馬車で去っていく。
「あれ、いいわね」
「いいでしょ?」
「……姉さん、何で自慢げなのかしら」
姉も魔装二輪馬車を愛好するのだが、王妃殿下や王女殿下もかなり気にいっている。兎馬車と力学的な利点は同じなので、兎馬が馬に替わる分パワーアップした感じである。
「キャビンに二人、後ろの立ち台に従卒を二人載せられるので、兎馬車より人員的には余裕があります」
「立ち台が楽しそうね」
「譲りますよヴィ」
リリアルに到着したならば、一台オリヴィ用の魔装二輪馬車の手配が必要だと彼女は考える。
「あ、お姉ちゃんも一緒に乗ってあげようかな」
「乗りたいんでしょ? 駄目よ、御迷惑だから」
「いいわよ。その代わり、査察にも同行してもらうけれど大丈夫かしら」
「もちのろんだよヴィちゃん。まあ、ニース商会の支店があるか、近くにあれば、事前に査察対象も下調べして置けるから、協力していこうじゃない」
姉はノリノリである。王の監督官・査察官と同行すれば、ニース商会の立場も明確になる。地方では未だ、地元の有力者の権威が王家に勝ると考えている者ちらほらいるし、権力者であればあるほどそのあたりが勘違いしている者も少なくない。
王国を護ったのは誰か、民衆はその地を治めていた貴族でも、教会でもなく王家とその臣下であると百年戦争以降認識している。王国を護る者は王家。故に、地方に派遣される王家の官吏・代官は力を持ちつつある。その中に、吸血鬼が混ざっており、宗派対立まで煽り王国を混乱させるとすれば、それは百年戦争並みの戦いになりかねない。
ネデルを見てきた彼女にとって、そのような行為を起させるつもりは微塵もない。オリヴィと姉の協力を得て、国内に巣食う王国を乱す存在を駆除できればと彼女は考えていた。
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