第580話-1 彼女は騎士団長に灰色乙女を紹介する

 吸血鬼三体を引き摺りつつ、臨時の指揮所となっている楼門塔へと彼女とオリヴィ一行は足を進める。楼門塔は牢獄を兼ねた一角があり、そこに三体の吸血鬼を一時納めることにする。


 吸血鬼の『魅了』は異性に効果的であるが、魔力の弱い者には同性でも効果が現れる。その辺り言い含め、腕を斬り落とし傷口をポーションで焼き、目隠しをして首に金輪を付けて壁に固定してから、彼女達は騎士団長の待つ一角へと足を向ける。


「ご苦労だったな」

「少々苦戦しましたが、幸い『大塔』に潜む不死者を一掃することができました」


 既に伯姪が先触れしている内容だが、修道騎士団の歴代総長のうち、戦病死・生死不明とされたものの多くが、吸血鬼ないしワイトやレイスとなっていたことを伝える。


「それは……」

「しかしながら、ミアンで発生した不死者の大軍勢を呼び起こす仕掛けは今の所見つけられていません。『大塔』や『納骨堂』『古塔』などを詳細に捜索してみなければ分からないところです」

「それは、どんな魔導具なり呪具が用いられているのか解るか?」


 彼女は魔導具も呪具も専門外である。どのようなものかは想像する事も出来ない。


「石棺ないし石櫃と言った外観で、表面に古帝国語で文様が描かれている可能性が高いわね」

「……誰だあんた」


 オリヴィが口を差し挟むと、面識のない騎士団長が誰何する。


「オリヴィ=ラウス様です。帝国の高位冒険者の方で、リリアルとはミアンの防衛戦以来、懇意にして頂いています」

「『灰色乙女』が王都に現れたという情報は耳にしていたが……それは大変失礼した」

「いいんですよ、一介の冒険者に王国の騎士の頂点が頭を下げる必要はありません」


 高位冒険者とはいえ身分は平民であり、貴族である騎士団長が本来遜る人間ではない。


「いや、今回だけでなく、今までも陰に日向に王国は世話になっているのであろう? ならば、頭を下げるのは当然だ」


 オリヴィのお陰で死なずに済んだ王国民や王国の騎士・兵士は少なくない。表に出ていないだけであり、それは表立って誇れないものの事実である。敬意を表するのは当然と騎士団長は伝える。


「で、たまたま同行したわけじゃないんだろ? 吸血鬼の件で早急に対応すべき事があるからだと思っているが、どうなんだ」


 彼女は先ほどオリヴィと話した王国に潜む吸血鬼の捜索と討伐に関して所見を述べる事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「なるほどな。これは俺達を利用した陽動兼旧守派の処分と言う事か」


 騎士団長は納得したようだ。彼女が王都を立ち去る前に事件を起こし、その終結が成立したと思わせ油断させる。その上で、王国内に潜ませた新しい吸血鬼もしくは、新体制に馴染む吸血鬼を各地に官吏として潜ませ、王国に寄生しつつ勢力を拡大する。


「だが、吸血鬼ってのは宿主である人間より増えたらだめだよな」

「戦乱期で魔力持ちがいくら死んでも怪しまれない方が良いのでしょうね」

「なら、王国が主じゃないよな。今なら、ネデルか帝国」


 彼女と騎士団長の会話に、オリヴィが所見を述べる。


「いいえ。王国内で、宗派対立による内乱が起これば、ネデルのようになるのもおかしくはないでしょう」

「原神子派と御神子派に分かれてか?」

「ええ。帝国や山国では原神子派が主導権を握った都市において、修道院や教会が破壊されたり、それに抵抗する人々と騒乱が起こっています」


 軍を率いて討伐しているのはネデルの神国軍が最も顕著であるが、サラセンの脅威がなければ帝国内でも同様な内乱が発生してもおかしくないという。皇帝は教皇庁の手前、御神子派となるしかない。反皇帝の諸侯が原神子派に肩入れし、帝国を二分することもおかしくはない。利権争いなのだから、表向きの宗派争いはその言い訳にされるだけである。


 それは王国も同じこと。王家は御神子派を擁護するであろうし、それに対して原神子派が憤り騒乱を起こし、それを制圧する過程で血が流れれば内戦にならないとも限らない。いきなり激しく戦うのではなく、徐々に激しくなるのだ。その先端に、吸血鬼どもが介在しているとするならどうだろう。


「なるほどな。つまり、収まりがつかないように唆す奴らの中に吸血鬼がいれば、内乱に突入するということか」

「それが表向き、王家の官吏であれば周りも受け入れやすくなるでしょう。中身は吸血鬼だとしてもです」


 吸血鬼は一見、紳士的で知的であり、また頭脳も優秀である場合が少なくない。『魅了』を用い、また、情報収集や世論操作も上手いだろう。そんなものが、王国各地で扇動すれば僅かな騎士団や近衛連隊では

対応できなくなる。


「時間をかけて扇動していくでしょうから、まだ時間はあるわね」

「なるほど。それは、どんな対応をすればいいんだ?」


 騎士団長は早々に結論を促す。


「王都に居るものならばリリアルでも対応可能ですが、各地の代官や官吏を訪問するのが難しいです。ですので、ラウス様に臨時の監察官の地位を陛下から拝領し、仕事内容を確認するという態で、吸血鬼の炙り出しを行ってもらうのです」

「……そうか……灰色乙女は吸血鬼狩の名人とも聞く。高位冒険者に依頼するのであれば、専門家であるラウス嬢が適任だろう」

「騎士団長閣下、どうか、オリヴィとお呼びください」

「ではオリヴィ、陛下へは私から説明するので、どうか王国の為に力をお貸し願いたい」


 オリヴィは「勿論、喜んで」と笑顔で右手を差し出すのであった。



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