第578話-1 彼女は姉と共に吸血鬼と対峙する
床に倒れている彼女の姿を確認し、姉の表情が見たことのない剣呑なものにかわる。
「妹ちゃん、もしかして暗い所でお昼寝中だった?」
「……そんなわけ、ないでしょう……」
かろうじて声を出す。
「だよねー。で、そこのセンスの悪い法衣みたいなの着ているナンチャッテ司教が悪者なのかな?」
確かに、アマンドは今までの騎士のように鎖帷子にグレートヘルムを被った如何にも聖征の聖騎士といういで立ちではなく、どちらかというと、東方教会の法衣を纏った『主教』と言ったいでたちに見える。
「でもさ、なんでこんなのが王都のど真ん中に昼間っからいるわけ。まあ、真暗にしてゴキブリみたいにこそこそ這いまわっていたんだろうけどさ」
聖アマンドの顔が怒りでみるみるどす黒く染まる。声色も吸血鬼のそれに代わる。
『不敬であるぞ下郎!』
「はぁ? 何怒ってんのこの馬鹿。私は、大事な妹ちゃんがあんたに倒されているの見て、あったま来てるんだけど。怒ってるのは私、怒られるのはお前。そこの所、間違えないでよね」
姉は、愛用のメイスを取り出し構える。
「ねぇさん……クウォーター・スタッフかベクド・コルバンだと思って……」
「平気平気。ポーションでも飲んで、そこでゆっくり見ていてよ!!」
姉はいつになく本気の表情。いつもは微笑んでいるような、口元が緩んだ表情がデフォルトで、目じりも下がっているのだが、今の姉は眦を吊り上げた表情に変わっている。
そういえば、幼い頃、知らない男の子に絡まれた時、こんな顔の姉が追い払ってくれたような記憶がある。気が弱く、姉と比べて劣等感をもっていた彼女は幼い頃虐められやすかったのだ。今では考えられないのだが。
「死ねぇ!!」
『貴様だ下郎!!』
由緒正しい子爵家の跡取り娘、王族の血も入っている家系の嫡子に『下郎』呼ばわりとは片腹痛いと姉は思い切りメイスを叩きつける。
GOKINN!! DOGO!!
『があっ!!』
「日に当たらないと、骨がもろくなるらしいわよお爺ちゃん!!」
杖頭を思い切り下からカチ上げ、空いた胴に前蹴りを放つ姉。二三歩後ずさり、フラフラとよろける聖アマンド。
『調子に乗るな!!』
「お前がな!」
突き出され、振り回される杖の頭を片手でいなし、姿勢を崩した聖アマンドの頭に、思い切りメイスを振り下ろす。が……
GAGINN!!
『あいつ、魔力壁使えるのかよ』
両手持ちの杖を扱える理由は、盾が必要なかったからのようだ。
『この程度当然』
「なら、それ毎プチッと潰して上げようじゃない。ゴキブリ猊下」
『きっ、貴様あぁぁあ!!』
魔力をマシマシに乗せ、『権杖』で刺突を繰り返すが
GAGINN!!
「はっ、そんなの私も使えるに決まってるでしょ?」
四階まで魔力壁の階段で登ってきた姉。当然、使えるに決まっている。
「そらそら」
『くっ、な、なんのこれしき』
長柄の良さが活かせる場所ではない。姉はちょこまかと動きながら『権杖』の杖頭をいなし、メイスで跳ね飛ばし、前へ前へと出る。間合いが近ければ杖は扱い難くなり、メイスが有利となる。それを嫌って距離を取れば、攻撃の手数が減ってしまう。
メイスでスタッフの攻撃を『パリ―』しているのだから、なんだかおかしい。
そうしている間に、彼女の体力が回復してきた。ポーションを一口飲むと痛みが消えた。
「姉さん、ここからは共闘と行きましょう」
「OK!! 初めての共同作業って奴だね」
姉に飲みかけのポーションを渡す。
「これ」
「ありがとう!!」
姉は一口、ポーションを口に含むと前に出る。
『無駄だ!!』
『権杖』を突き出す聖アルマンの顔にめがけ、姉は口に含んだポーションを吹きかけた。
『だああがががあぁぁぁぁぁ!!!』
「どうだぁ!!」
姉がそのままメイスで、聖アルマンの頭と上半身、腕を高速で滅多打ちにし始める。
『おい!!』
あまりの展開に驚いていた彼女は、『魔剣』に促され、姉の背後から聖アマンド
に突進する。そして、魔剣をスクラマサクスに変えると左腕を斬り落とした。
『ギャアアァァア!!!』
「妹ちゃんよりも痛いわけないじゃない。ポーションかけときゃ治るわよ」
その斬り落とされた断面に、残っていたポーションを注ぐ。
SHOWAWAWAWA……
『ギイィィィ!!!!』
「大げさだなお爺ちゃん。消毒は傷にしみるんだよ。恥ずかしくないの、大騒ぎして」
「姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「吸血鬼に私のポーションは毒のようなものなのだと思うわ」
姉はなるほどと思いつつ言葉を返す。
「こういうの、なーに、返って免疫が付くとかいうんでしょ? でも、免疫ってなんだろうね」
彼女は姉の適当な会話に「そんなの知らないわよ」と返すのである。
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