第577話-2 彼女は四階で吸血鬼と出会う
彼女は振り向き、床の松明の炎により薄っすらと姿の見える『貴種』の吸血鬼を正面に捉える。階下のそれよりも、随分と魔力が多いように見える。
『三千から五千ってところか』
「随分と異教徒魔力持ち狩りに取り組んだのね。それで、身分が邪魔になって敢えて捉えられて死んだことにしたのかしらね」
総長の仕事をこなしている間は、魔力持ち狩りには参加できない。総長の仕事をしつつ各地を転戦し、先頭に立ってサラセン軍の魔力持ちを討取り続けたのだろう。その結果、吸血鬼としての能力がさらに高まり、総長の座を捨てたということなのか。
『けどよ、此奴を吸血鬼にした存在もしくは道具があるんだろうな』
「それが石棺もしくは聖櫃ということね」
目の前の石棺が『聖櫃』なのか、それともどこかに隠されているのか。彼女は躊躇なく、魔力を込めた剣を手に取り、足元の石棺へ思い切り叩きつけてみる事にした。
DOGANN!!
DOGANN!!
DOGANN!!
『きっ、貴様ぁぁぁ!!!』
中身は土くれ。因みに、猊下の出身は『リムザ』であり、そこはヌーベにほど近い王国中部にある。つまり、そういうことだ。
「猊下は寝床の心配より、自身の身の心配をなさるべきであると愚考します」
『まさに愚考。後悔させてやるぅ!!』
完全に『聖猊下』の仮面をかなぐり捨て、野卑な吸血鬼の本性を現すアマンド。そして、手に持つのは……メイスであった。
『剣じゃねぇのかよ』
「いえ……東方教会では、蛇が十字架を中心にからみあった意匠の『権杖』と呼ばれるものを持つわ。恐らくそれに似せたものよ」
『まるっきり異端じゃねぇか』
古の帝国においては、最初は軍を率いる執政官が、後には皇帝が権威の象徴として鷲を象ったものを杖の先端に飾るものだ。また、軍を率いる元帥は『元帥杖』として、古帝国の皇帝のそれに似たものを与えられることになる。
権威の象徴として恐らく剣ではなく、権杖に似せたメイスを持って戦場に赴いたのであろう。そして、その本当の理由は、剣で切るよりもメイスで倒す方が血が流れ出ないからではないかと彼女は考えていた。
クウォータースタッフに近い長さの『権杖』は、リーチの長さとヘッドにある十字の金具がウォーピックのように機能し、中々厄介な道具であった。さらに、聖アマンド猊下は、随分と使い慣れた様子であり、見習騎士の時代から、歩兵としてその操練を随分と重ねたのではないかと考えられる。
出身地こそ明確であるが、名のある貴族の子弟ではなかったようであるから、低い身分から時間をかけて実力=武力でのし上がったのだろう。その過程で、吸血鬼と化す切っ掛けがあったのではないかと彼女は推測した。
『こいつが修道騎士団の吸血鬼の元祖だろうが、いつ、どうやって吸血鬼化したのかを吐かせるまでは』
「迂闊に首も刎ねられないわね」
手元の剣では致命的な傷を負わせることが難しい。『権杖』は魔力を纏っており、『魔剣』であればともかく日常遣いの魔銀の剣では断てるほど魔力を込められないと思われるからだ。
武器を入替えるには隙が無い。一瞬剣を手放せば、即座に攻撃を受けることになる。魔力壁でガードするのも心もとない。一対一では武器を入替える間を稼げそうにもない。
『どうした。手がだせないのかぁ』
「ふふ、長い棒きれ振り回して調子に乗っているなんて、まだまだ子供ね」
『黙れ!!下郎!! 不浄な女が!!』
そう、御神子教では女は原罪がより罪深いとされている。言いがかりも甚だしいと思うのだが、そういう教えが聖典に記されているので否定をするのは容易ではない。原神子信徒の女性はその辺りどう考えているのか、聞いてみたいと余計なことを考えていると、『権杖』が彼女の胸を強く撃ち抜く。
『バッか! 油断しやがって』
吹き飛ばされた彼女が二回転、三回転と床を転がる。手から剣は離れ遠くに転がっている。
『さて、そろそろ決着をつけるか、罪深き下郎』
にじり寄るアマンドに気が付いているものの、胸を強く打たれて呼吸ができず、体が硬直している彼女には、意識はあるものの体を動かす事がむずかしい。
『猫』がアマンドと彼女の間に割って入り、攻撃の姿勢を見せる。
DOGANN!!
塞がれていた矢狭間の一角が叩き割られ、外から何やら覗き込んでいるのが見て取れる。
「……姉さん……」
そこには、にっこり微笑む彼女の姉である『アイネ』が佇んでいた。
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