第573話-2 彼女は二階へと歩を進める

一息ついて、残り三階の討伐について考える。


「今の所、レイスとワイトが出たわね」

「他に吸血鬼が確定か。あとは……」

「死霊系なら、ファントムかゴースト、それとスペクター。リッチという不死者もいるらしいな」


 ゴーストが形を保てなくなり集合した悪意の塊がファントム、意思が無く感情の塊であるところから強い魔力を有する。スペクターはレイスの上位互換といったところで、触媒が器物ではなく遺体である必要がある。


「ファントムやゴーストは考え難いわね。ここで戦死したものが沢山いるなら可能でしょうけれど」

「王都に沢山の悪霊が居座りにくいというのがあるか」


 古戦場や虐殺のあった都市などであればファントム系は恐ろしい相手となるだろうが、遺骨はあっても遺恨はそれほどないのだ。確かに管区本部を接収したものの、改宗した聖騎士達は処罰していないし、本来、異端を認めたのちその心変わりを再び行わなければ、総長と王都管区長も処刑されることはなかったのだから。


「不平不満程度では悪霊にはならないか」

「無念さを持って死なないと難しいですね。処刑場でも構いませんが」


 形ばかりではあるが、処刑の前には神父也司祭が、処刑される人間に神の慈悲があるように祈る事になっている。悪霊対策である。


 死刑の際の経費は、処刑される人間もしくはその家族が負担する。ケチると悪霊となるかもしれないので、相応に支払うのだが、不信者や係累のいない罪人の場合もある。また、見せしめとして残酷に処刑する場合もあるので、その時は強い思念が残りやすい。


 故に、処刑場となる場所には悪霊が発生しやすいので、その場所を忌避する慣習が生まれるという。例えば街道が交差する四つ辻などは刑場として利用される場合が多く、悪霊が生まれやすいとされるから、忌避される場所となる。


 



『猫』を伴い、彼女達は再び中に入る。螺旋階段を登り、松明をかざしながら足元を確かめ登っていく。


「罠は無かったわね」

「確か、二階三階は金庫だったわね。それに、最上階は総長ら幹部の私室だったと思うわ」

「なら、仕掛けるまでもないか。警備も厳重だったろうからな」


 新しい修道騎士団の拠点となる城塞。今は取り壊されているのだろうが、宿舎となっていたものも少なくないだろう。また、『古塔』の傍には病院もあり、管区本部城塞には騎士が百以上、その従卒と下働きの使用人、騎士団所属の聖職者などを加え千人ほどが生活していた。


 周囲数百mの街壁をもつものでも十分独立した『都市』と見做されていた時代において、この施設は王都の傍にあり、王都を上回る巨大な『大塔』を有する軍事都市であったと言えるだろう。


 大塔最上階には総長が、そして、今は王太子宮の城館として使用されている建物が「管区本部長」の居館であった。大塔は当時周囲に濠を巡らせ、地下には籠城用の井戸や食糧庫・台所もある独立した防御施設であった。そして、そのイメージは『リリアル街塞』に投影されている。要は、この施設を調べていく過程で、彼女がコンセプトを真似たのだ。


 

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 先行した『猫』が、階段の上がり際の安全を確認し報告する。ただし、その先は広間が仕切られており、螺旋階段のある小塔の対角にある小部屋の前あたりに、不審なものが設置されているという。


『恐らく棺だと思われます』

「木製かしら、それとも」

『木製です。石棺ではありません』


 石棺であれば『聖櫃』の可能性もあったのだが、流石にこの場所には置かれていないのだろう。とすれば、自ずと何が潜んでいるかは想像に難しくない。


 階段を登り切った先には幾つかの壁と通路となるだろう隙間がみてとれる。とはいえ、真っ暗な中、松明の光では遠くまで見通す事は出来ず、壁の向こうは暗闇のままである。


「このまま進むのか」


『戦士』の問いに、彼女は否と答える。


「この塞いである狭間を開けましょう。小塔まで含めてひとつづつ」


 彼女は収納していた魔法袋から、オウル・パイクを取り出す。それは、魔銀鍍金の穂先を持つ物。


「下がっていてもらえるかしら」

「お、おう」


 魔力を込めた穂先を、塞いでいる板戸に叩きつける。


DOGANN!!


DOGANN!!


DOGANN!!


 次々に砕いていく。その砕けた板切れを、伯姪達三人が取り外し、突き崩し明かりが入るようにしていく。


「恐らく、この奥に棺桶に入った吸血鬼がいます」

「……強そうなのか」


 およそ三百年は生きているのだろうが、活動の休眠期を挟んでいるであろうから、正味百年といったところだろうか。従属種の上位か貴種の下位。とはいえ、千人前後の魔力持ちを倒し、魂を喰らって到達できるレベルであるから、今までの吸血鬼とはレベルが違う。


 とはいえ、レイスやワイトよりも生前の人格や能力を保っている度合いが高く、首を刎ねれば死ぬということも良い材料ではある。


「恐らく、かなり凶悪でしょう。高位の聖騎士、それも、吸血鬼化したとしたならば、全盛期の姿まで年齢を若返らせていて、尚且つ経験は格段に増していますから」

「でも、騎士は騎士。尚且つ、神に反する不死者になったのだから、回復魔術なんかもつかえない。けど、自力で修復しちゃうのか。再生能力で」

「一撃で首を刎ねなければ、持久戦。そして、腕力はオーガ並み。見学しててもいいか」

「「「……だめよ(です)(ね)」」」


 三人に即答され、『戦士』は諦めるのである。





 棺桶を見て彼女は確信する。


『やべぇな。「伯爵」並だぞ』


 エルダー・リッチとなった、元東方の大公が『伯爵』。すっかりワインとポーション三昧の自堕落な生活を王都で満喫しているのだが、二百年ほど前には、サラセンの強面皇帝の遠征軍を向こうに、血みどろの焦土作戦を展開し、撃退した男である。


 それと同じくらいの実績のある騎士団総長の不死者となれば、恐ろしいまでの魔力を纏っていても不思議ではない。


「さて、いつまでその箱の中でこそこそ隠れているのかしら。故郷の土の上で、まどろんでいる時間は終わりでしょう」


 剣を構え、彼女は棺桶の前に立つ。そして、その傍らには棺桶を包囲するように、伯姪と『女僧』が立つ。背後で『戦士』が仕切り壁をメイスで叩き壊している。意外と苦戦中。


『さて、お客様にご挨拶するとしよう』


 棺桶の蓋が音もなく開くと、中から現れたのは全身に鎖帷子を纏った壮年の男。雰囲気はジジマッチョに似ているが、顔立ちは王国北部の雰囲気を持っている。


「私はリリアル副伯。この場所を明け渡していただきたく、参上しました」

『ふむ、それは困るな。ああ、我名は「ヴィル・ボジュ」、アッカが陥落した時の総長と言えばいいか。ご存知かな?』


 第二十一代総長『ヴィル・ボジュ』は、聖王国最後の都市である『アッカ』防衛戦の最中、サラセンの攻撃を受け重傷となり、その後死んだとされている。


「あなたの次の総長に地下でお会いしました」

『なら、彼は旅立ったということか』

「滅された……というのが正しいでしょう」


 生前と変わらぬであろう若々しさを残した顔に皮肉気な笑顔を見せ、ボジュは頷く。


『私も、サラセンとの戦いのさ中に死ぬのは無念でな。騎士団の聖遺物の力を借りて、仮初の生を受ける事にしたのだよ。おかげで、全滅することなくアッカから騎士団は撤退することができた。それで、その後のことが、君たちが知っている通りだ。無念だな』


 総長と王都管区長が処刑される前、『ヴィル・ボッシュ』は役割を終えたと考え二百年の休眠に入ったのだという。その時、サラセンの精鋭騎士達を相当、己の血肉に取り込んだため、予想通り『貴種』となる段階まで進んでいたのだと彼女たちに答えるのであった。


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