第573話-1 彼女は二階へと歩を進める

 剣を圧し折る攻撃というのは、今の時代でも存在する。『ソード・ブレイカー』という、まんまの名前を付けた『左手小剣』も存在する。剣を挟み込んで折るという行為は、護拳に施された篭状の金具にもそれが備えられている。


 しかし、聖征時代の剣は鍛造技術が低い時代であり、製鉄の水準が低く、もろく硬い剣であったため、身が分厚く折るよりも『割る』という表現が適切である。


 実際、鎖帷子を剣で『割る』ことでダメージを与えることができたし、剣を割らないように扱いは慎重になされたとも言う。鉄より以前に用いられた『青銅』はさらに固く重く脆いので、特殊な刺突を主とする剣技が発達したとされる。叩くと割れるので、突くしかないというわけである。


 故に、鉄の武器が普及する以前において、戦闘では剣よりも槍や斧が使われる事が多かったのだろう。




 自らの魂を宿す媒体である『剣』を狙われていることを悟ったレイスは、その攻撃を躊躇するようになる。また、場所に固定されている事もあり、ここから動く事も出来ず、鎖に繋がれた猛犬のような扱いをされている。


「手詰まりね」

「悪くない手筋だったのだけれど、決め手に欠けるかしら」


 振り下ろす剣に躊躇なくメイスを打ち当てる二人の技術は高度なものであると感じていたが、『女僧』に関しては剣技も習ってもらいたいと思うのである。従騎士なり騎士となるのであれば、帯剣必須でありメイスを使う機会は減るからだ。また、魔力が少ないのであれば、メイスより剣の方が魔力纏いの効率も良い。


 だが、目の前のレイスが攻撃してくれなければ、この作戦を継続する事ができない。攻めたとしても、伯姪以上の精度と魔力量で攻撃し続ける必要がある。それは無理!


「代わりましょう」

「……もう少し、やらせてください」


『女僧』は悔しさを隠せない表情だが、『戦士』が「あとは任せた」とばかりに小部屋から離れて場所を開ける。


「いいえ。実体のない魔物には、魔力で攻撃して殲滅する魔力量が必要ですから。今回は諦めてください」

「そうだな。それで、力は見て貰えたか」

「十分です」


『女僧』も小部屋から退き、彼女が小部屋の正面まで移動する。が、中には入らない。


『新手ヵ』

「最後に何か言い残す事はありますか」

『ココカラ出テ行ケ』

「出ていくのは……あなた方の方です」


 彼女は剣に魔力を纏わせる。そして放つのは『飛燕』の連続攻撃。


――― 『飛燕乱舞』


 雷の精霊による攻撃より死霊に優しい攻撃となるが、その反面、攻撃に時間がかかることになる。ゴリゴリ削るのではなくゆっくりと魔力を削っていくからだ。


『何で手間かけるんだ』

「この方は、十七年も総長の重責を担ったとあるからよ。敬意を示すべき存在だわ……たとえ死霊となり王都に仇為す存在に利用されたとしてもよ」


 明滅を繰り返しつつ、レイスは剣を納める。


「なっ」

「どうしちゃったのよ」


 剣を納め、自らの体の前で十字を切り跪き首を垂れる。


『我ヲ天ノ国へ送りタマエ……聖女ヨ』


 彼女の魔力による攻撃を受け、死霊となりながらも自身の感情と理性を手放さなかった偉大なる総長は、自らの死を改めて受け入れることにしたようである。


「心苦しいのだけれど、あなた方の居場所は、もう地上には無いという事を理解していただきたいと思います」


 剣を振りながら、彼女がその思いに答える。


 やがて、レイスの姿かたちは保てなくなったようで、煙のように消えて行った。小さく『感謝スル』との声が彼女の耳には聞こえたのである。




 二階に登る前に、一度外に出ることにする。日の光の下で、身支度を整え、軽く食事も済ませておきたい。


『主』


 足元には『猫』が現れる。どうやら、王太子宮周辺の警備は滞りなく完了したのだという。


「ありがとう。では、ここから先は」

『お供します。恐らく、主に同行すれば、結界に弾かれる事はなさそうです』


 死霊が招かれなければ家に入れないのと同じような仕組みを、精霊相手に施したようなのだ。これも、サラセンの軍と戦う上で必要な事であったのか。


『石材に精霊を祓う性質の魔石を組み込んでいるようです。恐らく、悪霊を封じ込めているのだと思います』

『精霊も悪霊に取り付かれれば魔物化するのを知ってるからな。それに、お前といれば、悪霊も近寄ってこれないから問題ないわけか』

「人を、虫よけの薬草みたいに言わないでちょうだい」


 虫が忌避する香りを放つ薬草の類が存在する。彼女の魔力は悪霊にとって同じ効果があるという事だろう。


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