第570話-2 彼女は地下通路を進みワイトと出会う

「剣が……伸びました」

「おう、青白い炎のような剣だったな」


 ワイトを討滅し、乗っ取られていた近衛騎士の遺体から身分を示す紋章付きの短剣を回収する。行方不明者とこの短剣の紋章を照らし合わせれば容易に身元は特定できるだろう。


「すごい威力だなアリーの魔力は」


 呆れたような声を上げる『戦士』。確かに、一緒に活動しているころとは魔力の遣い方もかなり変わっているので、驚かれるのは当然だろう。


「……込めている魔力は同じですから、そのメイスでも効果はでるでしょうね」

「いや、あんな爆発的な量じゃないだろ? 一瞬、この地下広間が昼間のように明るくなったぞ」

「そうです。大丈夫ですか、魔力を使い過ぎてはいませんか」


『女僧』に「心配ない」とばかりに首を横に振る。


「さて、やっぱり騎士団総長のアンデッドが出てきたわね!」

「話をするのが面倒なのだけれど」

「話くらい聞いてやれ。それで動揺してくれればめっけものだ」

「なら、あなたが年長者として手本を見せてくださいな」


『戦士』は、手を出すこともなかったので、口くらい出さないとなと言い、次は頑張るそうだ。


「ワイトをここに置いた理由は何故かしら」


 行方不明であった総長のうちの一人。そして、この通路の監視役として配置された新たな不死者の一人であったのだろう。配置された理由。


「警報装置代わりか」

「そうでしょうね。この……サークレットが時代がかっているから、多分、この中にワイトとなる死霊が封じられていたんでしょうね」

「一応回収しておこうかしら」


 彼女は彼女の魔力を込めた魔銀の布でくるみ、その東方風の金のサークレットを魔法袋へと納めた。





 地下の構造は地上の『大塔』と似た構造であると考えられる。但し、脇添となる増築された部分には地下が無い。また、地上四階地下一階であるが、四階も地下階同様、メインの大塔のみとなっている。また、脇添部分と大塔本体とは通行できない。あとから追加された部分であることを考えると、仕掛けはもとからある部分だけであると考えてよいだろう。


「これが螺旋階段になっている円塔ね」

「行きましょう」

「先頭は私が」


 『女僧』に彼女、『戦士』に伯姪と続く。すり減りの少ない階段を踏まないように足元を確認しながら上へと進む。そして一階へと至る。二人並んで登れるほどの階段の幅であり、上の方からは明り取りを兼ねた銃眼から日が差し込んでいる様子が感じられる。


「真暗ではないのが、かえって煩わしいわね」

「薄っすらでもわかる方がいいじゃないですか」


 松明で足元を照らしながら先を進んでいく『女僧』だが、壁に手を触れたくなる感覚の狂いを感じる。


「止まりましょう」

「……え……」


 彼女はもう少しで一階へと至る直前で、『女僧』を呼び止める。


『不味いのいるなここにゃ』


『魔剣』も感じ取るほどの「負」の圧力を備えた魔力。


「ううぅ、寒気がするな」


『戦士』は寒気、そして『女僧』は空間失調の如き不安感。


 一階にて感じる魔力の塊は三つ。そして、かなりの『悪霊』のレベルに達していると感じられる。


「恐らくは『レイス』が三体」

「「げっ」」

「あちゃー 実態ない奴ね……苦手だわ」


 レイスはゴーストと呼ばれる生前の姿形や感情を残した不死者よりも全体的に朧げな形を取っている。本来、姿かたちが保てなくなった時点で消え去るものなのだが、強い思念を残した場合、その感情が抽象的な怨念となり、より強い存在となる。


 思考は単純化し、強い感情がさらに増幅されたものとなり、さらに、他の悪霊を取りこんでさらに自己強化をしてしまう。


「すごく強そうです」

「強そうではなく、とても強い存在。ある意味、生前の原理主義的発想そのままに死霊となってさらに思念が純化しているからかもしれません」


 死をもってしても、その考えを変える事は出来ず、生前の考えをそのまま強めた存在。そして……修道騎士団長で異教徒に対する強い忌避感、嗜虐性を持っていた存在。それがさらに思念を強めたらどうなるのだろうか。


「二人はここに」

「お、おう」

「待機しています」

「私たちがやられたら、引き返して報告をお願いしておくわ」


 彼女の言葉に伯姪が同意するように頷く。彼女と伯姪が討伐できなかった時点で、かなりの危険度の問題となるだろう。生き延びて王国の危機を伝える役目を果たす必要がある。


「縁起でもありませんが、気を付けて」

「心の中で声援を送る。頼んだ」

「任せておきなさい。レイスは何度が倒したことがあるから」


 レイスは厄介な不死者であるが、魔力の塊での殴り合いとなる。説得することも、思考を誘導することも困難である。彼女が三体のレイスから同時に攻撃されないように、牽制することが伯姪の役割りとなる。


 階段を上がった部屋に一体、その奥、各円塔の小部屋に二体が別々に存在している。一階の入口から不用意に入れば、このいずれかが接触し、攻撃を受けている間に残りの二体が集まってくるという攻囲をとることになるのだろう。


『最初のレイスをいかに素早く討滅するかだな』

「わかっているわ」


 ゆっくりと階段を登り、一階のフロアに足を踏み入れる。


「修道騎士団総長閣下とお見受けします。私はリリアル副伯。ご尊名を伺ってもよろしいでしょうか」

『エル・ライド』

『んん、ランドルの貴族だったやつだな。確か……』


『魔剣』はその名前を思い出す。聖王都が陥落した時に、サラセン軍の誘いに乗り、聖王国軍主力と共に砂漠の真ん中まで出向いて、遠距離から矢で滅多打ちにされて全滅した戦の当事者だ。


「確か、降伏の使者として出向いた後、サラセン軍に戻らずに、再度戦後捕虜になって斬首刑に処せられた悪名高い男ね」


 赤い炎のような瞬きがレイスの目から見られたのだが、何か特別な力でも得たのだろうかと彼女は疑問に思うのである。

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