第569話-2 彼女は『古塔』の地下へと足を向ける
彼女は、自分なりに『聖櫃』が持ち込まれたのではなく、聖櫃を作動させるもしくは、在処を知っている存在が戻って来たのではないかと推測を述べる。
「わんさか、スケルトンを発生させる魔導具ね。ミアンもそれかしら」
「いや、こっちが本物、ミアンはそれの劣化版だとすればどうだ?」
「ここに安置されている、歴代の総長がアンデッドとして復活し、納骨堂の死者である修道騎士達を引き連れて王都を襲おうなんて……」
「どんな地獄だよ。絶対阻止だ」
伯姪と『戦士』『女僧』も、事態が一層複雑であり、この探索は単なる魔物討伐では済ませられないと理解したようだ。
「しかし、どこにあるんだ」
「隅から隅まで……『大塔』を調べることになりそうですね」
戦士の問いに、彼女は当然とばかりに答える。
「それは望むところです。胸が高鳴ります」
「……足がズキズキ痛むぜ。嫌な予感しかしねぇよ」
ヤル気の有無は大切だが、意気込みが過ぎるのも問題となる。確実に安全を優先しなければならない。アンデッドであれば、『魔力走査』でその存在は把握できる。不意打ちさえ喰らわなければどうということもない。
仕掛けを見つけ出す事に、冒険者二人は注力してもらいたいと彼女は役割りを定めた。
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地下通路には特に仕掛けは無く、脱出用の通路としてはシンプルな作りであった。慌てて逃げる時に、自分が罠に掛かるようなものでは困るということだろうか。
「この壁、土魔術で作られているわね」
「確かに。この周辺はもともと湿地とかだもんね。普通に通路を作ったら、こんなに綺麗に仕上がるわけないか」
聖騎士団には魔力持ちの騎士は当然いただろうし、騎士ではなくとも修道士や司祭が所属していたように魔術師、とくに精霊魔術師が在籍していた可能性はある。
カナンの地は水に乏しく、そういう意味では『火』や『土』『風』の精霊が強い場所なのだろう。『土』の精霊魔術に優れたていたのであれば、巨大な『騎士の城』を短期間に複数建築することも容易となるだろう。
「ガイア城も確か二年足らずで築いたんだよな」
「そう記録されています。そして、ロマンデの税収二年分が投入されたとも」
「……魔術師にふっかけられたんでしょうか」
聖征で活躍した『英雄王』だが、サラセンの宰相率いる軍と死闘を繰り広げたものの聖王都は奪還できず、本国が怪しくなったため途中で遠征を終了させたのは有名な事だ。その間、ギュイエの蛮王国領を『尊厳王』の軍が制圧していったからだ。
王国軍の弓銃の射撃を受けた傷が元で『英雄王』は死亡する。ギュイエの女大公との婚姻で得た地も、三男の英雄王を死に至らしめ、四男が王位を継いだ後は連戦連敗。ボルドゥ周辺を残して王国が全てを手にしたのだ。とはいえ、王国各地には『修道騎士団』を始め、多くの聖騎士団へ寄進された領地があり、その領域は王の領地を上回る者であった。なので、今の王国よりも、ずっと小さく分散されたものであったと言えよう。
主要な街道は修道騎士団が抑えており、用心棒と街道の使用許可権を有するほどであったと言えば、その力の差がわかるだろうか。
聖征の時代において、教皇しか上を持たない聖騎士団の総長は、一国の王以上の存在であり、ある意味、王を舐めていた。故に、聖征が失敗に終わり、聖王国が失陥し教皇に求心力が無くなったとしても、その認識を簡単に改める事は出来なかった。
改めたのは……修道騎士団総長が異端として処刑されて以降である。
「過去の亡霊に左右されるのは堪らないわ」
「生きていく上で、過去と現在を切り離す事なんてできないわよ。それこそ……」
「国を捨て、故郷を捨て、家族を捨て……修道士にでもならなきゃか」
コツコツと長い地下通路を松明の明かりを頼りに歩く四人。王国や王都、そして子爵家やリリアル学院を捨てるなど、彼女には想像できない。そう考えると、よりどころである聖騎士団を異端として破壊された聖騎士達の恨み事は……理解できるかもしれない。
通路の先には大きな土の壁。
「ちょっと待っててくれ」
「……大丈夫、この向こうに魔力を持つ何かがいるわ」
「おい、待てって!! これは、石の壁を吊り上げる仕掛け……」
『戦士』は落とし壁の仕掛けを解きたかったようだが、彼女は剣に魔力を込めると一閃する。そして、上半分を魔力壁をぶつけ叩き落した。
GOGONNN……
その壁の向こうには、恐らく近衛騎士の装備を身に纏った男が首をあらぬ方向に曲げつつこちらへと振り向く。薄っすらと黄色に輝く魔力を纏っている。
「アンデッドか」
「恐らくワイト。死体に死霊が乗り移っている実体のある魔物です。直接体に触れられると、体が硬直し戦闘不能になると思われます」
「イエス攻撃、ノータッチか」
「弱点は?」
「首を斬り落とすのは有効。ただし、脳を破壊しても恐らく効果はありません。乗り移っている死霊を魔力でダメージを与え消し去る事が必要です」
『戦士』は、任せたとばかりに前に出つつ、距離を取りながら彼女と伯姪の攻撃路を開ける。メイスとラウンドシールドを構えた『女僧』は牽制するようにワイトの背後へと回り込む。二人は囮となり、攻撃しやすいようにワイトの関心を散らすつもりのようだ。
『憎ムベキ王国ノ騎士ヨ。神ニ替ハリテ罰ヲ与エン!!』
胸鎧に兜をかぶった今風の近衛騎士。しかしながら、その構えは古の騎士のものであった。
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