第八幕 『大塔』
第569話-1 彼女は『古塔』の地下へと足を向ける
四体の喰死鬼をそれぞれが倒した後、入口を解錠すると外の光が一階部分へと差し込む。
「入口で待ち伏せされていたとしたら、先手を取られたでしょうね」
「こっちは明るいところから暗い所へ入るから、目も良く見えないし、普通の騎士や冒険者なら危なかったわね」
『女僧』の指摘に、伯姪と『戦士』が同意する。
「ああ。けど、俺も何もない中空を登るのは危なかった」
「それは慣れてもらうしかないわね」
膝に負担がかかる階段の上り下りは『戦士』には負担になりそうである。とはいえ、この先も『大塔』の中を上り下りする予定なので、我慢してもらうしかないのだが。
「膝は大丈夫ですか」
「ああ今の所はな。防具で膝周りを固めて、痛みが出にくいようにしてあるんだ。軽やかに動けない分、負担も少ないんだ」
膝当を使って、余り可動しないように固定してあるのだという。瞬発力は大いに削られるが、前衛の盾役にはそれほど重要ではないという割り切りがそこにはある。
「良い防具もあるし、一撃を受け止めるのは難しくない」
「けど、過信は禁物よ」
「そこは、危険に対する経験値を信じるしかない」
そんなことを話しつつ、床に転がる四体の屍体を確認する。身につけている衣装からすると、件の運送業者の人間ではないかと思われる。身体的には肉付きも良いが、着衣などからすると妥当な推測だろう。
「依頼されたモノを運び込んだ途端、口を塞ぐために殺されたか」
「殺されたというよりも、吸血鬼により下僕にされたということでしょう」
「では、吸血鬼の存在は確定ですか」
『女僧』の指摘を待つまでもなく、喰死鬼のいるところには、その「創造主」である吸血鬼も存在する。吸血鬼を作り出す吸血鬼は高位の吸血鬼であるが、喰死鬼は出来立てほやほやの吸血鬼でも創造することができる。なので、その脅威度を計る事は難しい。
「吸血鬼で気を付けることは何だ」
「私も、吸血鬼と対峙するのは初めてです。何か助言を頂ければと思います」
二人の冒険者は顔を強張らせ、彼女に質問してくる。
「吸血鬼は、血を吸うオーガだと思えば間違いありません。腕力はオークを凌ぎ、その生前の記憶をそのままにしている為、生前得た技術も身につけたままである場合がほとんどです。加えて、生半可な傷では再生してしまう為に、首を一撃で斬り飛ばす必要があります」
「……つまり……」
「メイスじゃ殺せないってこと。私たちに任せて、捕まらないように自分を守ることを心掛けて貰えればいいわ!!」
「お、おう」
「畏まりました」
伯姪の「迷わず身を守れ」発言に、二人の冒険者は納得して頷く。吸血鬼は人と変わらぬ外見、生前の技術をそのまま身につけている。故に、討伐難易度は相当に高く、尚且つ、討伐達成自体がなかなか難しい存在でもある。
「オリヴィがいればお任せなんだけどね」
「……オリヴィとは、噂の灰色魔女殿か」
「ええ。彼女は吸血鬼狩りが本業の高位冒険者なのです」
ミアン防衛戦では吸血鬼の襲撃を二人で撃退したこともある。とはいえ、彼女自身は討伐実績はあるものの、どういった存在かについては「首を刎ねれば死ぬ」という程度しか知らない。
「魔導具の盾は初見には有効だと思うから、それで初撃を躱す事に
専念してもらえれば、あとはこっちでなんとかするわよね……あなたが」
伯姪が話を振ってくるが、魔力量の増えた伯姪でも今なら十分に対峙できるであろうと彼女は考えている。むしろ、騎士の剣技を身につけた吸血鬼であれば、正直荷が重いと考えている。
「狭い場所で吸血鬼と戦うなんて、考えただけでうんざりするわね」
「それはそうよ。でも、剣技を磨くいい機会じゃない? 渡海すれば剣で戦う機会が増えるわよ」
最近の遠征では、主にバルディッシュのような長柄武器を用いる機会が多かった。招かれた城館や王宮で事が起これば、剣で相手をする機会が増えるのは明白。まして、騎士として遇されれば剣で戦わざるをえないだろう。彼女はあまり剣は得意ではないので、悩ましいところである。
螺旋階段の後ろに地下に降りる階段が隠されていた。陰になっているので分かりにくくはあったのだが、埃の上の足跡で気が付いた。
「じゃあ、地下に降りましょうか」
松明を持って、今度は伯姪が先頭を務める。その後ろを『戦士』そして、彼女と『女僧』。階段を下りると、恐らく二階分ほど下になるだろうか。
「ここ、横に通路があるわ」
方角から察するに、おそらく『大塔』に向かっている隠し通路なのだろう。『大塔』が陥落した場合、この隠し通路から『古塔』を経由して包囲を抜け出し脱出するという事を想定していたのだろうか。あるいは、秘密裏に外部と交流する為の施設か。
「足跡……四五人分だな。それに、重たい物でも持ったのか、足が引きずられている感じがするな」
歩幅が狭く、えっちらおっちら歩いたのだろうと『戦士』は推測する。
「四人がかりで棺桶でも運んだのかしらね」
「棺桶とは限らない。鎧櫃という可能性だってあるだろ?」
修道騎士団に謂れのある武具の収まった鎧櫃ならば、おかしい事はないだろう。だが、ウォレス卿がそんなものを何故ここに持ち込んだのかまでは分からない。修道騎士団に関係する何かなのだろうか。
「聖櫃ということはないでしょうか」
「……契約の箱ってやつか。そんなお宝ここに持ち込む理由がわからん」
聖遺物の一つで聖典に記されている、神と人との契約を記した石板が納められた櫃のことだ。その昔、ラビ人が国を失ったときに散逸したとされるが、密かに隠されている『聖遺物』として奇蹟の力を有するという伝承もある。
「聖征の時代、サラセンを倒す為に探したって騎士物語もあるよな」
「お宝探しの聖遺物ね。でも、そうとうに荒唐無稽な話だわ。お爺様は大好きだけれど」
流石ジジマッチョ。自信の存在も荒唐無稽だと知ってもらいたい。
聖櫃にどのような力があるのか、彼女は『魔剣』に問いただしてみた。
『知らねぇな。御神子教の聖典に出てくる話は、カナンの地で暮らしていた古の民族の口伝を纏めたものだってのが相場だ』
「つまり、カナンの地なら『聖櫃』に相当するものがあってもおかしくないということね」
聖典はロマ人の民族の歴史の部分と、御神子の生誕から復活までの内容で説かれている。その、ロマ人の歴史とされる部分が、カナン周辺の様々な民族の歴史が流れ込んで「ロマ人の歴史」とされているのではないかというのだ。そもそも、数千年前の時代において存在した民族は今日、影も形も残っていない。幾つかの帝国や王国の集合離散の歴史の中で、消えてしまったのだろう。
『聖櫃をここに持ち込んでいたら、異端審問の時に見つけてるだろうな』
「もし、隠したメンバーが逃げ出してしまい、それらが海を渡った島に逃げ込んでいたならどうかしら」
『そいつら、最近、石工になって戻ってきたとかじゃねぇだろうな』
聖櫃は石の板が収まった箱だ。石工が持ち込んだとしても、それは何かと問われる事もなさそうだ。修道騎士団だけでなく、聖征に参加した聖騎士団は、その築城術の中で石材を用い建築の技術とその職人集団を取りこんでいた。新たな拠点に、カナンの地から密かに『聖遺物』として発見した『聖櫃』を持ち帰って『大塔』に隠したとすればどうだろうか。
「それを大塔の何処かの隠し部屋に封印し、密かに封印した場所を知る者は王国を抜け出し隠れ潜んだ。そして、復讐のために王都に戻ってきた」
『ウォレスは協力者といったところか。便宜を図ってやったってところだな』
関わりがあるが共犯と言うまでではないということだろう。王国が混乱するのは構わないが、王弟殿下を渡海させる事は実行したい。王弟殿下が連合王国滞在中に王都が大混乱、王が死に王都が破壊されれば……というシナリオは揺るがない。
『『聖櫃』の持つ能力は、死者の復活ってのもあったはずだ』
死者が蘇る、生前と変わらぬ姿で。しかし、死者は生者のように見えたとしても死者である。聖櫃などなかったとしても、ノインテーターやレブナントといったアンデッドは存在する。
「死者の大量の黄泉がえりを発動させる魔導具だとしたらどうかしら」
『滅亡した国の復讐兵器かなにかか。皆殺しにされた奴らが復活して襲い掛かって来るとか、ぞっとするな』
即座の仕返しではなく、繁栄しその存在すら忘れ去られたころに復讐を行う。これぞ神の天罰とでも言いたいのだろうか。
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