第568話-2 彼女は『心配事』を告げる

「まじか」

「ええ。足元気を付けて、私の歩いたところに足を運んでください」

「お、おう」


 魔力の無い『戦士』には、魔力壁を認識する能力がほぼない。故に、何もない中空の階段を登るのは恐ろしく感じるようである。盾とメイスを背負い、彼女を先頭に円形の塔の外壁に手を当て、時計回りにグルグルと見えない螺旋階段をゆっくりと登っていく。その後ろを歩く伯姪、そして、伯姪の歩いた後を『女僧』が踏みしめていく。階段の数は十余り。踏み出すごとに最後の階段を消し、前の階段に付け足していく。まるで、「コロ」を転がすようにだ。


 高さは凡そ20mほどだろうか。『大塔』の半分以下であるのだが、それでも、何もない中空を上り詰めることは慣れない二人にとって冷や汗を大いにかかせることになる。


「そういえば、ルーンに向かう最中にあなたが思いついたのよねこれ」

「そうだったかしら。最初は、ちょっとしたお遊びだったのだけれど」

「今はリリアルの侵入方法の定番よね。警戒していない屋上から忍び込んで相手の背後を取るやり方」


 ベテラン冒険者もリリアルでは新参者。こうして、リリアルのやり方に慣れてもらうことも必要になるだろう。


「皆出来るのですか?」

「冒険者組だけでしょうか。魔力をそれなりに遣いますし、魔力壁が何枚かだせなければなりませんから」

「私も自力だと厳しいわね。まあ、必要に迫られればやるけど」


 彼女か黒目黒髪、赤目銀髪、赤毛娘、蒼髪ペアあたりが使いこなすメンバーであろうか。


「全員で侵入することはあまり無いかもしれないわね」

「そうね。二手に分かれて主攻は正面から、助攻や遊撃がこんな感じで侵入するわよね」


 円塔の最上部。すっかり錆びついた扉を彼女が魔力を通した剣で斬り落とす。

そして、金具の結合を失った木製部分が朽ち落ちるように崩れる。


「随分と古いものだな」

「それに、手入れもされていない放置された塔……ですか」


『女僧』が松明とメイスを持ち先頭に立つ。その後ろに『戦士』。そして彼女と伯姪が続く。塔の内壁に沿って下へと続く螺旋階段。高さの割に、柱のない塔の内部はアーチ形の梁で床を形成する為、階高が大きくなり、居住スペースも小さい。


 とは言え、三階部分には扉があり、螺旋階段から部屋へと入れるようになっている。扉の前で立ち止まり、彼女は中の様子を魔力走査で伺う。


「……何もいないわね」

「魔力を持つ者はでしょう?」


 戦士が扉を開閉させた痕跡を確認するも、積もった埃の状態からして長らく扉は動かされていないと判断する。


「近衛に仕事を残しておきましょう」

「王太子宮だしな。それが妥当か」


 同じように二階の扉も確認するが、そこも同様であった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 螺旋階段を下りていく。壁に手を添え、一歩ずつ慎重にだ。


「ちょっと待て」

「……どうかしましたか」

「その石段……踏むな」


『戦士』が見つけた石段は、他の石段と比べ、全くすり減った様子が無い綺麗な石段であった。


「ここ、踏み石の罠だろう。おそらく……この穴から何か飛び出してくる仕掛けだな」


『戦士』はその綺麗な石段の横に、石の壁の刻みの間に何か穴のようなものがあることを指摘する。


「長らく使われていなかったから恐らく反応しないだろうが、踏まない方が良い」

「なるほど」

「それより……階下に気配がするわ」


 伯姪が『古塔』の一階の様子を伺いながら、二人に小声で話しかける。


「弱いけど……魔物のようね」

「……何だろうな。とりあえず、俺が前に出る」

「無理をせずに様子を見ましょう」

「心得てる。自分の能力はな」


 松明を持つ『女僧』を階段途中に残し、明かりを階下に見せないように『戦士』と彼女が先に降りていく。


 ザザ、と階段で足を滑らせ物音を立てた『戦士』が、顔を引きつらせる。しかし、気配の主たちがこちらを気にしていないようで気配に動きが無い。


「すまん」

「大丈夫です。相手も想像できました」

「……なんだ」


『戦士』も『女僧』も彼女の言葉を聞こうと耳を澄ませている。


「恐らく、喰死鬼……グールです」


 閉所・暗所に閉じ込めておけば、かなりの長い時間活動し続け、尚且つ、魔力を持たない並の兵士以下の能力であれば怖ろしい力を発揮する吸血鬼の下僕。吸血鬼により容易に作ることができ、強い攻撃性と簡単な命令を守る程度の知能を有している。とはいえ、生者に対する嗜虐心が本能なのであるが。


 気配の数は……四体。ということで、一人一体ずつ試しに討伐する事をハンドサインで彼女は示す。頷く三人。


 三、二、一と指でカウントダウンすると、真っ先に彼女が階下へと駈け下りていった。




 背後に追いかけて来る仲間の気配を感じつつ、真の闇に限りなく近い状況で『魔力走査』を頼りに、最も気配の大きな魔力に向け近づく。とはいえ、それ程差が無く、扉に最も近い、言い換えれば螺旋階段から最も遠いソレに目標を定める。


GUUUU……


 風邪を引いた狼の唸り声のような音が聞こえる。死臭と血の臭い。魔力を通した片刃剣が薄っすらと輝きをもつ。既に間近に生きている人間がいることに気が付き、素早く反応する四体の喰死鬼。


GAA!!


 見慣れているわけではないが、驚くほどの物でもない。彼女は剣を一閃させ、首を斬り落とす。


「グールは首を斬り落とすか、脳を叩き潰せば死ぬわ」

「そりゃ、……難儀だ」


『戦士』が喰死鬼の突進を躱し、クルリとメイスを振り回すと、後頭部へと擦れ違いざまにヘッドを叩きつける。


BASHUU!!


 魔力を込めたスパイクの一撃から、脳に直接のダメージが入ったようで、腐ったリンゴを踏みつぶしたかのような音を立てて、喰死鬼は頭を破砕されたのである。


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