第564話-1 彼女は『大塔』の探索準備を始める

『申し訳ありません主』

「仕方ないわ。精霊除けの結界が施されているのですもの」


 『大塔』の探索を進めるために、彼女は一先ず『猫』に出来うる範囲の調査

を依頼した。ところが、あの黒い巨塔には精霊や妖精を排除する結界が

施されていたため、内部を調査することは出来なかったと報告されたのである。


「それでは、ウォレス卿の身辺を探ってちょうだい。特に、王太子宮に何か

干渉している協力者がいればその特定。何か行っていれば、その内容も

把握できると有難いわ」

『承知いたしました』


 既に、何らかの処置が為されていれば手の施しようがない。『バン・シー』

の一件はどう考えても彼らの差し金であろう。王太子宮から王国の関係者

をできる限り排除したいという思惑なのか。


『誘われてるんじゃねぇのか?』

「……そういうことね」


『魔剣』が意図する内容を彼女は理解する。つまり、魔物絡みの事件事象が

王都内の、それも王太子宮で発生すれば出てくるのはリリアルである。

呼び水として『バン・シー』が配置され、行方不不明事件が発生し彼女が招かれ

ることになる。


 王太子宮では納骨堂だけでなく、古い礼拝堂と塔、そして『大塔』の存在

も無視することは出来ない。納骨堂で事件が起こったなら、それ以外の場所

でも事件が起こるのではないかと調査し始める。そして、各所に罠を仕掛ける

なり、元々配置されている存在で彼女たちを仕留めようとでもしているのだろう。


「それなら、やはりリリアル生は」

『連れて行かねぇ方が良いな。あいつら、細かい事はまだ無理だろう』


 それは自分自身も無理だと思う。討伐経験は必ずしも、この手の罠を

かいくぐる為の能力に結びつかない。外部の頼れる人間にも心あたりはない。


『そもそも、あの場所は封印されているようなもんだしな。かといって、このまま

放置するのも気味が悪い』

「アンデッドでも大量に涌いたら王都はパニック程度では収まらないもの」


 既にミアンで経験しているスケルトンの大軍の発生。残念ながら、王都の

共同墓地の移転は進んでいるものの、よりスケルトンの上位種や強固な

アンデッドの素材に最適な者が王太子宮内には揃っている。彼女が不在

の間にそれが発動しないとも限らない。


 むしろ、王弟殿下と共にウォレス卿が王都を離れるタイミングで騒動を

起こす事が望ましい。


「仮に、仕掛けが解除できなかったとしても、連合王国やネデルと親しい

商人や王都の有力者の動向は騎士団に抑えて貰っておいた方が良いでしょうね」

『ああ。事件の前に、突然王都を離れている可能性もあるしな。商用だとか

旅行だとかで家族も含めて逃がす事ができる奴らだ』


 王都の住人でも、各地に拠点を持つような者は如何様にでも生き延びる事

ができる。逃げられないのは、王都の他に生活する場所を持たない庶民で

あり、死ぬのも彼らである。それは、王都を守る子爵の娘として看過できる

ものではない。


 仮定に仮定を重ねたとして、それが間違いであったとしてもかまわない。

無駄な手間おおいにけっこう。王都が破壊され、王都の民が傷つき死ぬよりも

ずっと良いことだからだ。

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