第563話-2 彼女は近衛と話し合う場を得る

 王宮を訪れると、宮中伯の配下の官吏が二人を出迎えてくれた。時を置かず、会議の間へと案内される。中には、宮中伯、近衛騎士団長、近衛連隊の幹部数名、そして騎士団長が既に待ち構えていた。


「お待たせしました」

「いや、この中で身分的にはリリアル副伯が最上位だ。問題ない」


 副伯と宮中伯では若干宮中伯が上位であるが、副元帥は実質王国の軍事関係に関してはNo.3であり、この会議の主催者に等しい存在でもある。実際、彼女と伯姪が不在の間、そしてワスティンの森の管理に関してリリアルとその他の期間の調整を事前に行っておきたいという意図で行われるのであるから、彼女が最上位で問題ない。


「では、そうそうに話を始めてもらいたい」


 近衛騎士団長が代表して声をかける。騎士団長は口パクで「うるさい」と言っているようだが、近衛の考えは間違ってはいない。


「では、ワスティンの森に関する現状をご報告します」


 彼女は、先日までに起こった魔物の集団発生が人為的になされたものであり、その源泉が『ヌーベ公領』にあることを伝える。また、ワスティンの森が王都圏におけるヌーベからの侵攻を阻止する防壁の役割を果たしていると同時に、隠蔽するルートにもなっているのではないかという推測を伝える。


「騎士団としても増員・警邏の強化を行っているから把握しているが、このニ三年、魔物が王都周辺に現れる事も減っているし、盗賊や人攫いもかなり落ち着いた。まあ、王国内に協力者がいて手引する者を片っ端から討伐しているんだから減って当然なんだが」


 騎士団長は、王都周辺の治安の改善を指摘する。


「ワスティンの森は現在、王都への運河開削工事が始まっている場所にほど近い。運河に反対する勢力からすれば、魔物の暴走にかこつけて、運河工事を妨害もしくは中止させようと考えている可能性もある」


 宮中伯は、ワスティンの森が単純な直轄領であったわけではなく、王都圏において重要な場所であることを述べる。それ故に、リリアル伯領となることも暗に提示する。


「……近衛の仕事は王家を守る事にある。それとこれがどうつながる」

「近衛騎士団はともかく、近衛連隊は王国の護り。大元帥閣下が直卒し討伐に向かわれる戦力でもあるのではありませんか?」


 近衛師団長はともかく、連隊幹部はその意識が強い。国王陛下に対する忠誠心は並の世襲貴族などより余程高い。国王陛下の信を得られなければ身の置き場の無かった地方貴族の子弟が数多く在籍するのが近衛連隊である。特に、山国兵の兵士を統括する、下級士官の忠誠心は強固であるという。これが幹部になると……相応に特権貴族化するというが、目の前の幹部にはその辺りあまり感じることはない。


「近衛連隊の遠征訓練の地としてワスティンの森を提供します」

「……どういう意味だ」


 近衛連隊の兵士は、王都に近い駐屯地で集団生活をし、その場所で訓練を行っているとは言うものの、実際は駆け出し冒険者の訓練と変わらず、ワイワイと形ばかりの訓練を行っているに等しい。


「古の帝国兵たちは、街道を建設し橋を架け、駐屯地を作り都市を建設したといいます。王国の近衛兵も当然、それに近いことが求められることでしょう。その為に、ワスティンの森の中に運河開削用の資財を搬入したり、周辺を警備するため街道建設を行い、緊急な部隊展開が可能となる兵站施設の建設も『許可』したいと考えています」

「「「……」」」


 近衛騎士団長はともかく、近衛連隊幹部は呆気にとられた顔をしている。


「きょ、許可とは」

「兵士を養うための物資集積所を構築する土地を提供し、その場所を使用する許可。運河と並行する軍道を近衛連隊の兵士により建設する事の許可をワスティンの森を王家から預かる副伯として許可するという事です」

「……宮中伯閣下……」

「陛下も承認済みだ。これは、打診ではなく、説明の場でしかない。既に、幾度となく、魔物の群れが王都に向け放たれており、騎士団も何度か痛い目に合っている。治安を維持することが騎士団の役割りであり、魔物の

軍勢と対峙するのは兵士の仕事であろう」


 近衛連隊幹部は「そこは冒険者では」等と反論してくる。


「勿論、ワスティンの森には、冒険者を育成する施設もすでに建設し、稼働を開始しております。ですが、百を超える魔物の群れに数人の冒険者が遭遇したとして、殺されるのが落ちです」

「確かに……騎士団の先遣隊が待伏せに会い行方不明となった事もある。やはり、戦いは数だよな副伯」


 彼女の子爵家が代官を務めた村がゴブリンの軍勢に包囲された際、救援に向かった騎士団先遣隊が行方不明となったことがある。また、ゴブリンの村塞においては、魔騎士四名が十分と持たずに全滅したこともあった。兵士は大勢と長時間戦う為の術を身につけている。騎士と兵士では戦い方が異なるのだから当然だ。


「陛下からは、兵士が賃上げを要求するのであれば、相応の働きを見せよと言われている。賃金が上がる分、より働きを求められるのが当然ではないだろうか」

「それは……」

「そうなんですが……」


 どうやら、近衛連隊の兵士が賃上げ交渉を行っているらしい。傭兵というのは、契約を守るものだが、更新時期になればシビアになる。傭兵隊長毎の抱え込みではなく、郷村と王国間の契約であるので、出先で揉める事は無いのだが、その分、交渉はシビアとなる。


「やるべきだと思う事を為すことが近衛連隊には必要であると陛下も思し召しである。ヌーベ公とはいずれ事を構えねばならぬが、それは今ではない」

「リリアル閣下が拠点をワスティンに築かれ、近衛連隊も配置されるとすれば、相応の戦力を整えなければ侵攻も難しくなる。閣下が渡海され連合王国で過ごす間を狙った事件や騒乱も想定し、手を打つ必要があることくらい貴官らにはわかるだろう?」


 仮に、あの時騎士学校に彼女と伯姪が在校していなかったなら、ミアンに攻め寄せるアンデッドの大軍に街は蹂躙され、ランドルと聖都の間にある諸都市はいずれか別の勢力下におかれる事になっていただろう。


 推測だが、あの地域は最後まで連合王国が軍事力を展開していた場所であり、アンデッドを使役する禁忌を御神子原理主義である神国が大規模に行うとは考えにくい。ランドルと蛮王国は王国以上にランドル伯家と王家の婚姻による関係が深い。経済の中心がランドルからネデルへと移動したこともあり、百年戦争当時ほどではないが、そもそも、ランドルからネデルにかけての諸都市を王国が影響下に置こうとしたこと、また一時影響下に置いたことも戦争の要因の一つとなっていた。


 代官がちょっとやり過ぎて反乱がおこったのだ。それは、今の神国とネデルの関係に似ていなくもない。


「専守防衛を旨とする陛下の意思をおもんぱかれば、ワスティンの森周辺で演習を継続して行い、戦力を強化し、仮想敵であるヌーベに対し示威行動を行う事も立派な任務であると思うが……貴官らどう考える」


 本来であれば、持ち帰って検討しますといいたいのでろうが、副元帥・騎士団長・宮中伯・近衛騎士団長が揃い、即答をしないという姿勢を取る事も難しい。断れば「また我等に集まれと言う事か」と言われかねないからだ。


「「「承知いたしました」」」


 彼女はニッコリと笑い「安心して王弟殿下の渡海に付き従う事ができます」

と答え釘をさす。つまり、近衛連隊の不手際でリリアルに何らかの問題が発生した場合、王弟殿下にも迷惑をかけることになるのだぞと言う脅しだと受止めざるを得ない。


「重ね重ね頼む」

「移動や設営に関しては騎士団と王都の商業ギルドも協力する。予算も供出されるんだろうな」

「それは当然だ。近衛の負担すべきは人事の手配だけだ」


 流石に街道設営の石材確保や、物資集積所の設営予算は別途宛がわれるという。言い換えれば、予算が近衛モチではないという事は、監査が入るということでもあるので、遣りにくくあるだろうか。


 そんな王都の防衛を担う重役に加わっている自分に、いつの間にやら余計なことを負わされているなと思う彼女である。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ワスティンの森の件を引き継ぎ終わり、彼女と伯姪は退出しようとしたのだが、宮中伯に引き留められる。


「王太子宮の状況はどうなっている」


 忘れていたわけではないが、彼女の身は一つしかない。同時に出来ることは限られている。爵位を得る前であればそう言ったであろうが、藩屏たる副伯位を授かったからには、そうそう声に出す事も出来ない。


「新たに、アンデッドに対応できるベテラン冒険者をリリアル副伯の家臣とするべく対応しております。閣下も知っている者たちです」

「……レンヌに同行させた者たちか」


 冒険者との接点などほぼない宮中伯からすれば、思い当たる人間は限られている。


「あの時のリーダーが引退する際にはリリアル学院で教官として雇用するつもりでありました。領地持ちの貴族位を賜りましたので、従騎士として先ずは臣下に加えます」

「それで、その者たちと再度調査を行うという事だな」


 彼女は頷く。おそらく、大塔の地下にはデンヌの森の暗殺者養成所の主塔同様、何らかの祭壇なり魔術的施設があると想定される。むしろ、その『場』を守るために大塔が建設されたのではないかと推測されるのだ。


「連合王国に行く前に、決着は付けてまいりますわ」

「そうか。ならば、吉報を待つとしよう」


 伯姪が彼女に替わって啖呵を切る。失敗してもリリアル副伯の失言にはならないという計算もある。





 王都を出て、二人でリリアルに戻る最中、彼女は深い溜息をつく。


「気持ちはわかるわ」

「ええ、私だけが大変なわけではない事は理解しているのだけれど。どうしてもね」


 気の置けない関係である二人の間での会話、騎士爵であった頃から二人は同じ道を歩いてきた。そして、その道はまだまだ見えない遠い遠い先へと続いているのである。やれやれ。


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