第563話-1 彼女は近衛と話し合う場を得る
リリアル街塞の完成度は半分程度、しかしながら、要塞としての機能を王都内に対する武力使用に限定するのであれば、問題なく現在でも戦力として発揮できそうな仕上がりであった。既に、外構が完成しているところが大きい。
「王都でも話題みたいね」
「そうでなければ困るわ」
彼女の意図は、迎賓宮の防衛という立地的用件だけでなく、王都における原神子派信徒の暴動にかんしても考慮されていた。ネデルの商人と交流が深い王都の商人・貴族とその関係者において、原神子派の影響を受ける者も少なくない。
今までの教会・教区と異なる原神子派の教会を王都に設立することを王家に求める者も王都の参事会幹部にも表れている。現状、王家は新街区にのみ原神子派教会の設立を許可する予定であり、旧街区においてそれを許すつもりはない。
とはいえ、借家人の中には勘違いをして貸主である王家の意図を理解せず、勝手なことをする者、そしてそれを使嗾するネデルや連合王国の人間がいないとも限らない。帝国の影響を受けている山国の諸都市においても、原神子派が市議会の多数派を占めた結果、教区や教会を原神子派に替え、修道院を破却する行為に出ているところもある。
教会・修道院の破却と財産没収は、連合王国の先王が行った政策に似ており、その劣化コピーをまねした破壊行為にネデルの住民が加わり教会・修道院の設備を破壊・強奪する事件も発生している。
結果、神国本国から多数の軍が派兵され、それまで融和的であった王女総督に変わり、異教徒戦で活躍した将軍が総督に任ぜられ異端審問が急速に広まったのである。
「王都で暴動を起こそうとする粗忽者に対する牽制よ」
「確かに、あの人造岩石を槍や剣で破壊するのは無理だもの。威圧するには十分な外観ね」
その気になれば、王都の原神子派の拠点周辺に瞬時に城塞が現れ、あるいは、ロックアウト状態にすることも不可能ではない。王国には、リリアルの土魔術師である癖毛とセバスに匹敵する存在は今の所知られていない。精霊魔術に関しては、帝国において相応に盛んだと言われているが、オリヴィほどの使い手は珍しいと言うので、そのオリヴィ並みの土魔術を扱う二人は相当の腕前であると言える。
「この規模でなければ、あいつらでもなんとかなりそうね」
「それも踏まえて、あの子にはワスティンの修練場も作らせたのよ。あの規模で数時間で建築できるのであれば、私たちが不在の間でも騎士団や近衛連隊の依頼で城塞構築に協力することもできるでしょう」
今現在、王太子が南都に駐留している理由のいくらかは、原神子派が増えつつある王国南部の諸都市に対する牽制も含まれている。ノーブルにもその影響が広がっており、姉がノーブルの領主に内定していることも、そのあたりの抑止を考えてのことだという。
「信じるのは勝手なのだけれど、教会をないがしろにしたりするのはどうかと思うのよね」
「字が読めるから、聖典読めますって、それは辞書が引けるからなんでも理解できるってのと同じくらい傲慢で勘違いだと思うわ」
確かに、方便で嘘をつく聖職者もいるであろうし、腐敗した聖職者もいないわけではない。であるなら、振り返って自分たちはどうなのかということだ。腐敗しているからと言って、教会を破壊し強奪する権利などあるわけがない。何を勘違いしているのだろうか。
「イエス会のように急進的な改革派も教会には表れ始めているようだし、その力の背景には神国も関わっているのよね」
「聖征時代の修道騎士団の現代版って奴ね。甲冑を着ていない神の戦士とでも思っているのでしょうね。異教徒を調伏することに熱心らしいし、ネデルにも相当入り込んでいるというわね」
宗派に別れての対立は、王国を弱める大きな要因となりかねない。教会と王家が相並ぶ関係から、王国内においては王家主導で今まで以上に統治を強化しなければならないだろう。
その為にも、王家に忠誠を誓う官吏を増やし、各地域に王家の代理人・監督者として派遣。独自の軍事力も付与する必要があるかも知れない。力なき正義は無価値であるからだ。その為にも、近衛連隊や各地の王家に連なる騎士団を育成し、統治の役に立てねばならない。
新たな統治拠点の整備も必要となるだろう。リリアル街塞やワスティンのそれらは、その一つの試みになると考えられる。
「土地持ち貴族や都市の貴族を監督する王家の役人ね。大変そうな仕事だわ」
「下級貴族や能力があっても日の目を見ずにくすぶっている王都の学者の中には、王の力となる事で能力を発揮する人も現れるでしょう? 」
王の諮問機関はそういった人間のプールでもある。やがて、適切な役職を設け、王国内に派遣されていくことになるのだろう。
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