第564話-2 彼女は『大塔』の探索準備を始める
ワスティンの修練場へ王都の冒険者が通い始める依頼が開始される。また、
二期生三期生も週に一度程度、交代でワスティンの森に通う事になっている。
そのパーティーは所謂『ラ・クロス』の部隊単位である。試合に勝つ為には、
日頃からの意思疎通や相手の理解も重要である。
むしろ、今後のリリアルでの活動の為にも、ラ・クロスを通じた相互理解を
進めることは本来の目的でもある。
「負けられない戦いがある」
「フィナンシェかかってるからね!」
どうやら、リリアルで支給されるフィナンシェを敗者は勝者に饗する賭けが
あるらしい。まだ、一度しか試合をしていないのだが。今後の課題と言う
ことだろうか。
「ほどほどにすることね」
「勝ったり負けたりするから賭けが成立するってよく覚えておきなさい!」
「「「「はーい!!」」」」
常に勝つ側が賭けを持ちかけるのは、賭けではなく強奪である。尊厳を
かけて戦うのであればそれも仕方がないだろうが、本来は成立するもの
ではない。今はそこまで差が無いものの、部隊に優劣が出て来た時点で、
シャッフルすることも考えるべきかもしれない。
彼女と一期生の間では、ほぼ固定的な編成が為されている。これから、
リリアルがさらに大きくなる過程で、今の状態が続くとは思えない。それが
わかっているからこその、『ラ・クロス』であり『修練場』でもある。
引率に加わるのは、冒険者四人組の一人、一期生冒険者組一人、薬師組
一人である。薬師組の女子は、素材採取の教官役を務めることになる。
リリアルでも薬草畑で二期三期生相手に務めているので問題はない。
今後、対外的な交渉も増える中で、冒険者との遣り取りも経験させる必要性
を考えてのことだ。
「今日は誰が行ってるのかしらね」
伯姪が当番表を確認する。『剣士』と赤毛娘、碧目栗毛に『カルドリ組』が
向かっている。果たして、『剣士』に赤毛娘たちが御せるのだろうか。
その逆は想像できるのだが。気の強い女子二人である。
「偶には仲良しと離れる事も経験でしょう?」
黒目黒髪は大概、赤毛娘とセットで動いている。熟慮型の黒目黒髪と
即断即決で行動力に優れた赤毛娘は良いコンビなのだが、頼る事と
依存することは似て非なる関係だ。
「言葉を多く語らずに伝わるのは有り難いけれど、それが当たり前になるのは
組織として好ましくはないわね」
「まあ、これから必要になるのは理解できるわ」
今までは『リリアル学院』という魔力持ち孤児院での関係であったが、
今後は対外的な関係を持つ機会も増える。騎士爵であり、中堅冒険者と
しても期待されるようになるであろう。その時に、仲間内だけでまとまるような
存在では、リリアル学院の価値を貶めかねない。彼女だけでは、リリアルの
価値を高める事は出来ないからだ。
「大人になってもらわないといけないわね」
「それはそうでしょう。もう子供扱いしてあげられる時期は一期生については
終わりになりそうだもの」
二期生は変則だが、二年に一度下級生が加わる際に、子ども扱いは
終了にしていく必要があるだろう。孤児院では、上の世代が下の世代の面倒を
大人の代わりに見るのが当然である。世間では下働きに出る七歳くらいから
年下の面倒やシスターらの手伝いをするのが当然だ。
リリアルに加わる年齢は凡そ十歳。なので、孤児院では中堅どころで
あったはずであるから、全くおかしくはない。
彼女は一人、執務室で懸案の王太子宮の捜索について考えることに
していた。
その後、王太子宮で事件は起こっておらず、表向き平穏な状況が維持できて
いる。しかしながら、不穏な状況が収まったと確信ができているわけではない。
何故なら、彼女が王都周辺にいるかぎりにおいて、早々問題を起こしても
対処されてしまうという事は、仕掛ける側にも理解されているだろう。
現在、館の主が長期不在であり、また、近衛騎士の一部が名目上詰めている
王太子宮であるが、尊厳王の時代、そこは王都の城壁の外であり、王都の城壁
以上に堅牢な『騎士の城』であった。聖征を経て東方から学んだ石材を用いた
築城術の粋を集めて作られた『修道騎士団王都管区本部城塞』である
この城塞は、要塞としても堅固であり、また、王都の城壁内に組み込まれた
今日においても、独立した城塞として機能し得る。
『お前が王都からいなくなり、連合王国に向かえば、ここでなにかやらかした
としても、反応する事は出来ねぇ』
「今考えれば、ミアンを包囲したアンデッドの軍勢というのは、王都で事を起こす
際の実験台であったと考えてもおかしくないわね。あの場所には、沢山の
遺骨が残されているのだし……」
『大塔の地下とか、武器庫もどこかに残されてたりすりゃあなぁ』
『魔剣』が指摘するまでもない。王都の共同墓地の地下墳墓、そして、王都
周辺で起こったアンデッドの発生、吸血鬼とその配下のグールの登場と……
王太子宮に仕掛けを施しておけば、タイミング次第で大きく騒ぎを起こす事が
できるだろう。
例えば、スケルトンの軍勢が大挙して王太子宮から出現し、王都で暴れ
回る。その事件のさ中に、少数の隷属種なり従属種の吸血鬼が喰死鬼を
増やして暴れ始める。
王宮から王族が脱出することもままならず、やがて王都は死者の街に
なる……ということもありえなくはない。ミアンの時は、街が小さくまた、
スケルトンの軍勢の接近を偶然察知できたこともあり、街に立て籠もり
討伐することができた。
しかし、王都で同じ事件が王都内を起点として発生したならば、おそらく
対応する事は出来ない。近衛連隊の投入も国王陛下が脱出すれば、指揮を
執ること可能だろうが、街をアンデッドが埋め尽くす状態に気が付いた時点で
かなり厳しいものとなるだろう。
王都内の騎士団の数は限られているし、近衛騎士は言わずもがなである。
冒険者ギルドに所属する討伐可能な冒険者も少なく、衛兵が歩兵のように
隊列を組んで討伐を行う事も難しくなる。
「私たちの隔離と、傀儡の王の確保があちらの目的なのでしょうね」
『盆暗でも王弟殿下は王位継承権を持っているからな。今なら第二位か。
友邦を助けるためという理由で、王弟を担いで王国に派兵することも可能
になるな。百年戦争再びだな』
救国の聖女が世に現れた時点で、王国は王都を含む北部を連合王国に
支配されている状況であった。旧都が最前線であり、王亡きのちの王太子は
ギュイエの地へと逃れていた。北部が占領されているという事は、聖都で
戴冠式が行えない故に、いつまでも王太子でいなければなからなかったのだ。
現状、南都に王太子がいる状況で王都と王位が連合王国側に握られれば、
その時よりも王弟殿下が女王の王配兼王国の王位に就くなどということも
ありえなくはない。同時に、王太子の暗殺も計画されている可能性もある。
腹黒王太子に抜かりはないだろうが。
「スケルトンを活性化させる魔導具なり呪具が王太子宮に設置されて
いるのでしょうね」
『封印された大塔ってことになっているが、言い換えりゃ金庫みたいに
中身を確認できない状態ってことだろ? いつの間にか中身を抜かれていたり
すり替えられていたり、もしくは良くないものが設置されているかもしれねぇ』
「されているわよ。既にね」
納骨堂での事件は、その耳目を『大塔』ないし、他の重要な施設から
引き離す為の囮なのではないかと彼女は考えている。もう少し、行方不明の
近衛や死亡事故などが起これば、さらにそちらに力が向けられると考えて
いたのだろうが、納骨堂の件はクリアしてしまった。
その事に関して、王太子宮では外部に事件が解決したという事は告げず、
相変わらず騎士団員の失踪や原因不明で昏倒する事件が継続している……
ということにするよう、近衛には王宮から指示している。
なので、定期的に近衛から何人か人を補充している状況が表向き継続
していることになっているのだが、実際は増員が掛かっている状態である。
「『大塔』に向かう前に、『礼拝堂』『古塔』も確認しておく方がいいでしょうね」
『そうだな。なにも無ければいいだろうし、後で取りこぼしになるのも問題
だろうからな』
数で押すスケルトンなら納骨堂に素材が沢山あるので有効だろうが、
少数でも強力なアンデッドであるなら、前回既に探索し納骨堂に仕掛け
られた様子も魔力も感じなかったので他の施設に潜ませている可能性が
あるだろう。
「騎士団や王宮から不審な失踪事件の発生も確認されているという話を
聞かないので、吸血鬼が先行して王都で何か始めている可能性もないと
考えていいでしょうね」
『そりゃ、聖都やミアンでやらかしてるお陰で魔銀の装備もある程度渡され
ているし、警戒しているからな。事が起こってから動き出すんだろうぜ』
吸血鬼を増やすには、適性のある魔力持ちであり、尚且つ、吸血鬼の
集めた魂を分け与えて配下の吸血鬼を育てる必要がある。これは数も
限られているし、簡単に増やす事は出来ない。相性が良く、お互いに主従
関係を望まなければならないからだ。
喰死鬼は簡単に増やす事ができる。吸血鬼が吸血により人を死に至らしめ
ることや、喰死鬼に殺された人間が変化するからだ。倍々で増えていくので、
あまり早く事を始める事もよろしくない。とはいえ、喰死鬼はオークほどの
能力であり騎士や訓練された兵士であれば十分に対応できる。
但し、スケルトン同様、数にどう対処するかという問題となる。
「王太子宮の清掃依頼が億劫だわ」
『まあ、面倒ではあるが、やれば終わる、やらねぇといつまでも面倒な
仕事が残っちまうからな。諦めてやるしかねぇだろな』
『魔剣』に言われる迄もなく彼女にもそれは理解できている。今回は、ベテラン
冒険者の力を借りて対応することになるだろうと判断するのである。
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「で、何で俺達だけなんだ」
「剣や弓で対応しにくい相手ですのね」
「アンデッド狩りをするの。王太子宮のね」
「……王太子宮ですか……」
その日、彼女は院長室に伯姪と『戦士』『女僧』の二人を呼んだ。『剣士』と
『野伏』は他の仕事に出ているのだが、たまたまだ。
「ミアンでのアンデッドによる包囲戦は知ってらっしゃるでしょう?」
「ああ。お前さんたちが活躍したってことか」
「一万体以上のスケルトンだったと聞いています」
それが、王都で事件を起こす予行演習であったとするならと彼女は問いかける。
「王都の街壁や騎士団・近衛の駐屯地も近隣にはある。スケルトンに多少
強力なアンデッドが加わったとしても、王都の戦力で十分防衛できる
と思うが」
「それが、王都の中で発生したらどうでしょう?」
「……王太子宮は、確か……」
「納骨堂もあるし、怪しい塔もいくつかあるわ」
「既に、王都の共同墓地には強力なアンデッドが仕掛けられていたことがあります。
それに、地下通路であちこちと繋がっていたりもしていますね」
ある日突然、王太子宮からスケルトンの大軍が王都内に放たれ、同時に、
共同墓地の地下墳墓経由で強力な魔物が王都中に出現する。とすればどうなるか。
「それじゃ、街壁は役に立たないな」
「衛兵も街壁越しなら戦えますが、市街戦は無理ですから、相当の混乱と
被害が発生しそうです」
街壁を挟んだ攻城戦なら、歩兵でしかないスケルトンには大して攻撃力
はない。ミアン以上に巨大で堅牢な街壁と城塞で防衛することもできるし、
時間を稼げば周辺から援軍もやって来るだろう。
だが、王都の中に最初から入られていれば状況は全く異なってしまう。
「恐れているのは、王弟殿下が渡海中に事件が発生し、国王夫妻が殺され
傀儡の王とされた王弟殿下が連合王国の軍勢に守られ王都に帰還して
王位に就く事です」
伯姪達三人は「あの人が王様とかないわぁ」とめいめいに呟くのであった。
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