第559話-2 彼女は冒険者を『修練場』へといざなう
翌日、彼女は冒険者組一期生を連れワスティンの修練場へと向かう。なお、伯姪と茶目栗毛はお仕事の都合で残している。
「あっという間だな。ギャロップよりは遅いが、このくらいの速度でなら続けて走れるのか」
四頭立て八頭立ての馬車の速度を二頭で出せてしまう。実際、魔装馬車を引く馬にほぼ荷重はかからない。走り出してしまえば、あとは勝手に進んでいくに等しいからだ。
「王家の馬車にも使われている技術です」
「へぇ、というか、献上したんだろお前さんたちで」
その昔、レンヌに共に行った際は、王家の馬車とはいえ仕組みは普通の箱馬車であった。長く座れば尻も痛むし、地面の凹凸も捉えてしまって正直辛いものであった。馭者を務めた『戦士』は特に印象に残っていることだろう。王家の馬車といっても、馬車は馬車だと。
ところが、魔装馬車の乗り心地は川船にちかい。なめらかで乗り心地も良く、飛んだり跳ねたりしない。
「あー だから最近ニース商会の商隊が人気なのか」
「早いし安いし壊れない……だっけ。魔装荷馬車なら納得ですね」
ニース商会、つまり彼女の姉のところであるのだが、これには少々事情がある。老土夫は職人であるがゆえに、思いついたものを作りたい衝動に駆られる。とはいえ、学院の工房の予算ではある程度限られた必要な品の製造しか認められない。
その際、姉が資金援助をするのだ。
「いいよ」
「悪いな」
といった軽いやり取りで老土夫に資金を与える。予算を自身で確保したのであれば、その創作内容に彼女は口を差し挟まない。結果として、姉の工房への注文は相応に通ってしまうのだ。スポンサーの意向は大切にされる。
荷馬車には向かい合わせに横長の木の板で出来た座席が設けられており、真ん中の部分に荷物を置くようになっている。片側五人、両側で十人の簡易な鎧を纏った冒険者を座らせることができる。また、連結することで、後方に二輪荷馬車を繋げ、獲物を乗せることも可能だ。
「これなら、王都住の冒険者もワスティンの森に向かうのは抵抗が無くなる」
「それに、入口で野営地が設けられているんだろ? 俺が駈出しの頃に欲しかったよなそれ」
「だから、イマデショ」
「いや、もう駈出しじゃねぇから! バリバリの中堅だからぁ!!」
『剣士』は荷台で馬車の馭者役を務めながら、荷台の仲間に弄られている。馭者台には赤目銀髪が無言で座っており、時折ダメ出しをしている。魔力制御がリリアルでも上位にくる赤目銀髪からすれば、雑に見えるのだろう。
「そんな魔力操作では、剣から魔力の刃を飛ばすことができない」
「……はぁ、そんなことできる分けねぇだろ」
「私は出来る。院長と副院長も当然」
「……師匠と呼ばせてくださいませ」
自分の半分の年齢の女子に頭を垂れて教えを乞う『剣士』、潔し、いや、情けない。
「本当か」
「ええ。『飛燕』と呼ぶ魔力操作の技です。但し、魔銀の剣が必要となります」
『野伏』の質問に彼女が答えるが、魔銀剣が必要と聞き、『剣士』が項垂れる。
「ええぇぇ。そりゃ、無理だわぁ」
「騎士になれば持っていても当然」
「……だよな。師匠、俺、頑張ります!!」
「励めよ」
すっかり師弟関係になりつつある赤目銀髪と『剣士』であった。
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『今日は随分と歳を喰った冒険者なのだな』
「これからあなた達の上長となる方達よガルム。無礼な態度は許されないわ」
『……なん……だと……謀ったのか!!』
謀ってはいない。そもそも、アンデッドは飼われているのであって、リリアルの構成員ではない。言うなれば、新しい飼育係との顔合わせである。
『これは、お久しぶりです閣下』
「あなたも変わりないようで何よりです、シャリブル」
ガルムの喚き声を聞いて何事かと顔を出すシャリブル。どうやら、警備隊長狼人は朝の見回りへと出ているようだ。もう昼前だが。
「二人に紹介します。私が渡海する間の留守を頼む冒険者の方々です」
そして、『従騎士』として『戦士』『剣士』『女僧』は仕官が決まっており、今後はリリアル家臣団の中核として領地経営に参画する事。また、この修練場にやってくる半人前冒険者の教育指導もお願いする予定であることを伝える。
『それは良かった。我々では剣の扱いを教える程度は出来ますれども、冒険者としての知識や経験はありませんので、実際、先達に導いてもらえるのであれば、ここを訪れる者たちにとっても心強い事でしょう』
『ふん! 剣の腕前は確かなのであろうな』
剣には多少の覚えがあるガルムは、その辺りが気になる……というよりもアイデンティティにかかわるということだろうか。
「たぶんガルムより腕は上」
『なんだとぉ!! ええい、そのような軽口を許すわけにはゆかぬ!!』
「……俺達何も言ってないよな。勝手に盛り上がってるとこ悪いけど、そういうのは良いんだわ」
『なに、怖気づいたか!!』
冒険者は依頼としてここを訪れている。雇い主が望むのであれば別だが、そうでなければ余計な仕事、受けるに値しない。
「飼い犬の躾は大切なの。群の序列をはっきりさせるために、体で解らせてあげてもらえるかしら」
「……だとよ。どうする?」
『無論、真剣勝負だ!!』
致命傷を与える首から上、足への攻撃は不可。どちらかが傷を与え出血が認められた場合、直ちに終了という『決闘』ルールで急遽試合は始まる。
「だ、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、ポーションつけときゃ治るし」
唾つけとけばのノリで困る。大規模討伐の際に同行するくらいで、最近はめっきり院内業務と魔力関連の仕事に専念している黒目黒髪は動揺しているようだが、赤毛娘は『次はメイスであたしと勝負!!』と口にする。メイス使いは『女僧』だが、相手をさせられたなら死んでしまいます。
「いいのか?」
「相手はノインテーター。けれど、さほどの腕前ではないから、あなたが相手をしてもらえるかしら」
「……腕はどの程度だ」
『剣士』の質問に「オーガ並み」と答えると、『剣士』は苦虫を噛み潰した顔となった。
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