第559話-1 彼女は冒険者を『修練場』へといざなう
四人には、二期生三期生用に増築した新しい木造の宿舎に部屋を用意することを伝え、一先ず王都の宿を引き払ってくるように伝える。旅暮らしの根無し草生活に終止符が打てると、『女僧』と『剣士』は嬉しそうである。
既に人生の大半を旅暮らしで生活してきた『野伏』と『戦士』は若干の戸惑いもあるようだが。
リリアルの魔装馬車を貸し出し、馭者は魔力持ちが交互に務めることになるようだ。これも慣れてもらわねばならない。ワスティンの修練場への送迎も一翼を担ってもらう事になるだろうからだ。
「頼りになる大人が加わって、一安心ね」
「ええ本当に。これから先、副伯領を運営するということであれば、領官も育てるなり雇うなりしなければならないのですもの。これも、孤児出身者だけで賄うわけにもいかないでしょうし。難儀だわ」
領都には『冒険者ギルド』や『商業ギルド』の支部も設置したい。そして、そこにはベテランと言えば聞こえがいいが、老獪な人物が配されるだろう。王都にそれなりのコネクションのある文官でなければ、彼らに良いように使われかねない。
多くは必要ないのだが、貴族出身、王都にもそれなりに知人友人のいる文官が必要となるだろう。が、新興の女領主の元に喜んで仕官するものがそう多いとも思えない。
「子爵家かお婆様に紹介していただくしかないかしらね」
「ニースの引退した文官なら、紹介できるかもしれないわね」
ニース辺境伯領は実質『公国』なのだが、姉が後を継いだ後に領主となる『ノーブル』の方が領地も隣り合わせであるし、仕官しやすいだろうと思われる。
「王都にコネのある御隠居様を先ずは当たってみるわ」
「確かに、ニース領の文官に王都で顔が効く者はいないでしょうしね。でも、希望者がいれば……何人かは仕えさせて欲しいわね」
数年、いや一二年でも良い。領官としての所作や領民との遣り取りの手本となる先達がいるといないでは大いに落ち着きが異なる。優秀な者でも知識だけではどうにもならないことがある。『領地経営とは、経験が不可欠だ』ということは、王家に長く遣える文官代官の中では有名な言い伝えでもある。
それに、何かを伝えるにも自分の息子娘ほどの年齢の者に言うには不安があるだろう。見た目や年齢というものは、特に見知らぬ者にとって大切でもある。
そういう意味では、ベテラン冒険者という外見と名声はとても価値があるのだ。リリアル生も後十年も経てば……二十年も経てば立派に役に立つ外見になるだろう……か?
セバスおじさんという例もあるので、絶対とは言い難いのだが。
冒険者が教官陣に加わる事は、彼女と伯姪が長期不在となる事が確定して不安になっていたリリアル生たちにとって、良い効果が表れ始めていた。
一つは、一期生の冒険者組にあった力みのような負荷が軽減されたこと。年齢は成人に達しようとしているが、それはあくまで庶民としてのレベルであり、『騎士』としてのそれではない。爵位こそ賜っているものの、それはあくまで『身分』を勲功で得ただけである。
貴族の子弟であっても、正式に騎士となるのは二十歳を超えてからであり、二十代半ばでも遅くはない。一人前の指揮官となるには見習から始めて十年以上かかるのだ。これは冒険者となんら差はない。
まして、リリアル生は副伯領の家臣団に加わる事になるのであり、代官としてもしくは吏僚としての能力も要求される事になる。茶目栗毛は問題ないが、青目蒼髪もいつまでも冒険者としての腕前だけで許容されるものではない。
祖母や伯姪の手伝いをさせられている黒目黒髪や薬師組は侍女や女官としてある程度学んでいるものの、それでも官吏を務められるほどではないし、別途、育成する必要がある。
そういう意味では、三期生の魔力無の男子は能力さえあれば、そういう方向で育成することも視野に入れることができる。計算や読み書きが得意程度では領地持ち貴族の官吏には登用できないのだ。ある意味、居場所を求めている者である方が好ましい。
今一つは、二期生三期生を教育する上で、一期生だけでは限界がありそうであるというところだ。先輩後輩という関係で良い影響を与えることができるだろうが、絶対的な経験や知識はそれほど差が無い。三期生の『見極め済み』の年長組の方が、下手をすると上回っている点があるくらいの差でしかない。
しかしながら、冒険者パーティーくらいの年齢差となれば、親子ほどの差がある。また、三期生が生まれる前から『戦士』『野伏』は冒険者として活動しているくらいなのだ。年齢と経験から来る安心感、絶対感は揺るがない。
また、何らかの外部からの要請があった場合も、子供ばかりでは『留守番』扱いされかねない。『従騎士』であるとはいえ、リリアル副伯の正式な臣下扱いの大人であれば、そう侮られる事もない。特に、『剣士』以外は貴族との対応にも相応に慣れている。もちろん、大商人や騎士に対しても同様だ。
「でも、あの人たち、元々狙ってたんでしょう?」
「ええ、とても気の良い方達であるし、信頼できる大人は少ないのだから当然ね」
男爵程度では四人の冒険者を臣下として騎士にする事は難しかった。『戦士』を引退後、リリアル学院の冒険者教官として受け入れ、後の三人は何らかの形で援助をし、縁を繋げればと思っていた。それが、副伯、将来においては領都を構える伯爵となる。正式にリリアル騎士団も設立する事になるであろうし、領官も必要になる。ならば、良い機会なのだ。
「それで、この後どうするの?」
「ワスティンも見ていただかないといけないわね。それに、あの方達にもご紹介しなければならないでしょう」
「そうね、流石に『竜』や『大精霊』がいるなんて知られていないものね」
『
紹介しておけば、無用な誤解も生まれず、二人が不在の間であっても定期的に情報交換を行って貰えれば良いのではと考えている。
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「では、このお部屋をお使いください」
「おお、個室かぁ」
「あんただけ子供たちと同室でもいいわよ」
「「「子供らが嫌がる」」」
仲間たちから揶揄される『剣士』。冒険者であるから、さほどの荷物があるわけでもなく、四人はあっという間に王都から戻ってきた。
「魔装馬車ってのは、乗り心地は快適、その上速度も出るというのは中々のものだな」
「あの馬車ではありませんが、荷馬車型の魔装馬車で王都南門とワスティンの入口を繋いで冒険者を送り込む予定です。なので、魔装馬車の扱いは、魔力持ちの方には覚えていただくことになります」
「任せろ!」
「……魔力あっても、制御が今一でしょあなた」
『剣士』は『女僧』に揶揄される。昔も今も、その辺りの正確さには難があるようだ。王都との往還には片道二時間程度は魔装馬車を走らせることができる程度の魔力遣いができなければならない。細く長くと言うのが大事だ。
魔装兎馬車の馭者として薬師娘を南都に連れて行った事を考えれば、その程度の魔力量は『剣士』にとって問題ないはずなのだが。量ではなく、制御の問題なのだ。
「駄目なら、魔力持ちの三期生なり二期生を助手に付けるしかないかしら」
「子どもに迷惑かける駄目な大人」
「うわぁ」
「……やります、ちゃんとやらせていただきます!!」
彼女の言葉に仲間からの非難めいた声、『剣士』は漸く本気でやる気になったようだ。最初からそうしろと言いたい。
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