第554話-1 彼女はウォレス卿に指導を乞う

「やあやあ、皆さん元気だったかな?」

「姉さん、杖はちゃんと持参したのでしょうね」

「ばっちり!」


 先日作成を依頼していた『ラ・クロス』用のクロスを姉が持参して

リリアル学院を訪問中である。


 少年用1mサイズの物が予備を含めて三十本ほど。成人用も長短門衛用と

合わせて同じ数がある。


「これ、楽しそうだよね!!」

「姉さん」

「なにかな妹ちゃん」

「参加させないわよ」

「えー そんなこと言わないで、お姉ちゃんもまーぜて☆」


 目をわざとらしくキラキラさせて手を胸の前で組んでお祈りのようなポーズを

する姉。非常にうざい。リリアル生が声をかける。


「一試合ニ十分を四セットするらしいですよ」

「……えー どっか交代要員でいいや……ちょっとだけでもいいよ☆」


 姉は優秀だが飽きっぽいのだ。途中で投げだした刺繍なんて山ほど実家に

ある。ダンスは得意だが、短い時間だから集中して楽しめるのだ。魔力量が

多くても、不経済な魔術しか使えないのはそのあたりもある。積み重ねが

得意ではないと言えばいいのだろうか。


「学院生が慣れたら、補欠で参加することを特別に許可するわ」

「そだねー 見てるだけでも楽しそうだしね」


 学院長・副院長として二人は参加せざるを得ないし、連合王国でふっかけ

られるだろう『ラ・クロス』の対抗戦でもそれなりの成果を上げねばならない。

参加するのは、彼女達リリアル生六人に、王弟殿下の護衛四名を加えた

十名で参加することになるだろうが、王弟殿下の護衛(近衛騎士)は多分当てに

ならないだろう。つまり、十対六のハンディマッチと言う事になりかねない。


「今日は、この後、賢者学院で本格的に嗜んだ皆様が講師として来ていただける

のだから、見て帰ると良いわよ」

「お、ウォレス卿と愉快な原神子教徒たちだね」


 精霊魔術を嗜むであろう『賢者』と原神子教徒は両立するものなのだろうか。

教会は『精霊』を否定してはいないし、聖典にもそれらしきものが登場すること

はあるので、矛盾はしないのかもしれない。


「姉さん、支店での受け入れ準備は出来ているのかしら?」

「モチのロンだよ。大したものは用意していないけど、非公式な訪問だし、

まあ、それなりだね。お土産のワインとか用意しておいたよ。あっちはワイン

全部輸入だからね!」


 その昔、今より暖かい時代においては帝国や連合王国でもブドウが栽培

出来たため、ワインが作られていたという。百年戦争の頃から寒さが厳しく

なり、ブドウが育たなくなり今では輸入するしかないのが実態だ。


 ニース商会のワインも、ワインを使った蒸留酒も海の向こうでは珍重されている。

ボルドゥを始めとするギュイエ産の物が定番だが、最近は、王国南部や

ニースなど内海産のワインも人気があるらしい。特に、女王陛下は、宗教

的には教皇庁と対立しているが、文化面では法国のそれを珍重している。

ファッションにダンス、そして砂糖菓子が大好きらしい……。


「おばさんなんだから、自重すればいいのにね」

「しっ、駄目よ。真実ほど人を傷つけるのよ。それに、姉さんだってあと十年も

すれば……」

「ピチピチのマダムとして頑張ってるんじゃないかな?」


 ちょっと自信が無いらしい。若さゆえの美しさと、歳を重ねた美しさには

また違う美しさがある。母や祖母を見ていると、歳をとるのもそう悪くないの

ではないかと彼女は思っている。とはいえ、まずは……夫と子供である。





 一期生がそれぞれの杖を選んでいく。長柄になれている彼女と蒼髪ペア

が1.8mのものを、それ以外の一期生冒険者組と伯姪は1.3mの杖を選ぶ。

十人のうち四人までは長い杖を選べるのだという。通常は、防護手が選ぶ

事が多いとか。


「お、あの馬車だね多分」


 外装は質素だが作りの良い大型の箱馬車が入って来る。ウォレス卿とお仲間

が乗っているのだろうと見当がついた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「良いクロスですね。流石ニース商会です」

「おほめいただき光栄ですわ」


 おほほほと余所行き笑いをする姉。今日は、商会頭夫人としてウォレス卿

一行のお相手をする。あくまで、王都近郊の商会支店を尋ねたところ、偶然、

そこにはリリアル学院があった……という設定である。学院の中には入れない

ので、代わりに、近くの商会の支店の応接室で彼女たちとご挨拶という態だ。


「それで、どこで練習するのですか」

「目の前の騎士団の駐屯地の馬場を借りております」

「……ほう、では、騎士団にもご挨拶を?」


 連合王国大使としての公式訪問であればともかく、姉の知人がたまたま

『ラ・クロス』を教えてくれることになっただけなので、それには及ばない。

という態である。


 ウォレス卿をはじめ、同行者の三人は共に軽装の騎士服のようないで立ち。

胴衣はキルティングが施されているようで、鎧下としても着れるようなもので、

厚手の革手袋に踝丈の靴を履いている。騎乗ではなく馬車を利用した理由は

この辺りにあるだろうか。


「では、道具を持っていただいて、最初に杖の使い方。とくに、球裁きを

練習しましょう」

「「「はい!!」」」


 四人がそれぞれ二人を受け持つ。ウォレス卿は彼女と伯姪、蒼髪ペア、

茶目栗毛と赤目銀髪、赤毛娘と黒目黒髪がそれぞれ連れの騎士と組む。


「杖の一番下と中ほどやや上を持ち、こう、肩の高さに構えて振り抜く感じで

……」


 籠が風切音を軽く上げ、中の革球が彼女の顔の辺りへと飛んでいく。

籠でヒョイと彼女が受止める。


「……お、お上手ですね閣下」

「ええ。飛んでくる鉛弾よりは遅いですから」

「……」


 鉛弾を受け止められるとは言っていない。大概、方向に向けて魔力壁を

展開するだけで容易に防げる。斬り飛ばすのは矢だけだ。矢は可能。


 見よう見まねでヒョイとウォレス卿へと投げ返す。距離は10m程離れている

だろうか。上手く返す事ができた。

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