第546話-2 彼女は『バン・シー』と対峙する

 やがて、すっかり美しい生前の姿を取り戻したであろう王女の如きシーは穏か表情と輝くばかりの姿へと変貌している。


「大丈夫!!」

「大丈夫よ。ほら……」


 彼女は竪琴を引きながら、飛び込んできた伯姪に視線でシーの姿を見るように促す。精霊はこちらをおずおずといった様子で見ている。すっかりその存在は大人しいものとなり、静かに佇んでいる。


「あなたの歌声が聞こえてきたから、無事だと分かっていたけれど、心配したわ」


 息を弾ませながらもホッとした様子の伯姪に、彼女は大丈夫とほほ笑む。


「さて、あなたをここから出そうと思うのだけれど、箱の中に納まってもらえるかしら?」


 彼女がシーに話しかけると、シーは小さくコクリと頷き、やがて箱の中へと小さく収まる。彼女は竪琴を奏でるのを止めるが、歌はそのまま歌い続ける。魔法袋へと竪琴を仕舞い、代わりに魔装縄を取り出す。


『ギフトボックス』へと近づき、その箱に外されていた蓋を収め魔装縄をかける。一瞬、シーと目が合ったが向こうが視線を逸らせた隙にふたを閉めたのである。


「さて、これからどうしようかしら」

「取りあえずここから出ましょう。捜索は無事終了、その箱もどうにかしなければならないとしても、ここで何かできるわけでもないのだから」


 伯姪の言に「それはそうだな」と納得した彼女は、伯姪と共に『納骨堂』を出ると、一旦、城館へと足を向けることにした。





 助け出した近衛騎士見習は、意識こそ戻らないものの命に別状はなさそうであるとのこと。既に装備を脱がされ、治療室で騎士団所属の医師の治療を受けているという。とはいえ、外傷はないので、着替えさせただけのようだが。


 二人は、本日の調査を終了し、改めて『納骨堂』の調査を行う事を責任者に伝え、その間、『納骨堂』への立ち入りを禁止し一旦封鎖するように伝える。再び同じようなことが起こった場合、冒険者の失踪や死亡と異なり、貴族の子弟である近衛騎士団員の死傷は責任問題となりかねないので、快く二人の要請は承諾され、『納骨堂』は封鎖される事となった。


「やれやれね」

「何が起こったのかは凡そ理解できたのだけれど、誰がそれを為したのかは相変わらず不明のままね」


 シーが連合王国もしくは北王国の『家霊』を何らかの方法で封印し、王国に持ち込んだという事は理解できるのだが、誰が何のために納骨堂に置いたのかは判然としない。


「この箱に何か証拠になることでも記されていればいいんだけど」

「紋章くらいね。それも、修道騎士団のもの。何の意味を持たせているのかしら」

『戻ってきたとでも言いたいのかもしれねぇな』


 修道騎士団が王国により異端とされ、多くの騎士はその罪を認め還俗した。また、一度異端であることを認めた総長と王都管区長は、その後態度を翻し、異端であることを否定し火刑に処せられた。


 しかしながら、少なくない『修道騎士』は北王国や神国、もしくは帝国へと逃げ隠し財産も持ち出しているという。財産没収後、早々に異端としての対応を見直した連合王国(当時は蛮王国)や北王国に海を渡り逃げた者たちもいる。


 その中で、北王国は蛮王国の騎士団と戦うために積極的に重装騎士である修道騎士団員を戦力として取り込んだとされる。一時蛮王国に支配された北王国は、独立をかけた戦いにおいて重装騎士の一隊が戦局を変え、勝利とそれに伴う独立をもたらしたという。


 御神子教の修道院も少なくない北王国に修道騎士団員はやがて溶け込んでいった

と考えても良いだろう。


「北王国は神国と関係が深いでしょう?」

「連合王国が北王国の振りをして、『納骨堂』に仕掛けをし、修道騎士団絡みで北王国と王国が諍いを起こすよう工作した可能性もあると思うわ」


 なにもしなければ、北王国・神国の厳格な御神子派の国と穏健な御神子派の王国が争う事はない。しなしながら、その二国に王国に恨みを持つ修道騎士団の残党がいる。王国に対する復讐なり、嫌がらせをしようとする可能性を思い起こさせ、王国と離間させようとする工作の可能性もある。


 原神子派の動きが活発になりつつある昨今、王国の姿勢を揺るがすことができれば、連合王国や原神子派は喜ぶことになるだろう。連合王国とネデルの原神子派はやや孤立気味であるし、経済的にはともかく戦力は圧倒的に少ない。


 例えば、北王国に神国が軍を派遣し、その戦力をまとめて南下する。そして、王国がその隙をついてカ・レを制圧し、対岸の連合王国の首都周辺に上陸するといった攻撃を、この工作で逸らす事ができるかもしれない。


 できずとも、不和のタネを撒ければ安いものである。


「この先は、宮中伯の領域ね。私たちの扱う案件ではないもの」

「そもそも、魔物退治や失せ物探しくらいが仕事であって、外交とか諜報は王宮の管轄でしょう?」


 王太子殿下が王国南部に掛かりきりの為、王宮の外交・諜報に関しては宮中伯アルマンが一人奮闘している状態だと言える。王弟殿下を連合王国に向かわせるという行為は、実際の婚姻を考えているわけではなく時間稼ぎの為の苦肉の策であるのだろう。


「神国もネデルを安定させなければ動けないでしょうし、王国も原神子派に対して抑えが必要ですもの」

「それでリリアルを王都内に置きたいのでしょうけど、原神子派は魔物じゃないんだけどね」


 伯姪はそういうが、王宮の中の一部では魔物扱いしているのかもしれない。教会を不要とするのは行き過ぎだと彼女は考えているし、その行く先が、教会の破壊と略奪であれば見過ごす事は出来ない。リリアル自体が、教会付属の施療院や孤児院と結びついた存在であり、原神子派もその辺り理解しているだろう。


 王都で少なくとも教会に手を出せば、リリアルが出てくるという事を。そして、リリアルは、騎士団などよりよほど容赦がないという事も思い出すだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 バン・シーを回収したものの、その扱いをどうすればよいのか、彼女は判断しかねていた。『魔剣』に相談するも、余り色よい返事は帰ってこない。


『俺は専門家じゃねぇからな。そもそも、魔術師は精霊に関しては加護を得るためにどうすればいいのかくらいしか知らんだろ』


 加護を得られれば、その精霊に関わる魔術の威力を高めたり、魔力の消費を抑えることができる……という程度が『魔剣』の認識であり、彼女の理解の範囲だ。


 精霊魔術に関していえば、彼女より強力なのは帝国の灰色魔女であるオリヴィだが、生まれつき『土』と『風』の精霊の加護を持っていたと聞いている。特別何かを行って、加護を得たり高めたことはないのだという。


『そう考えると、あれだ』

「……はっきり言ってちょうだい」

『専門家がいるだろ? 学院の庭に』


 いつも何が楽しいのか、ゆらゆらと揺れている陽気な草の姿をした魔物の存在に思い至る。


「アルラウネに直接聞けばいいという事ね」


 魔物扱いしているが、亜神の領域に近い精霊でもある『アルラウネ』であれば、自身が体験したりデンヌの森の女神とされた存在と、その神官との関係、植物をどのように神聖視し、魔術に取りこんでいたのか知っているかもしれない。


 直接的な答えは得られなかったとしても、何らかのヒントくらいは手に入る可能性もある。


 人に善なら精霊、悪なら魔物という程度の判別だが、悪魔が元天使であるとするならば、その認識は大きく間違っていないだろう。精霊が悪霊にとりこまれれば魔物となるのだから。





 木箱を抱え、彼女と伯姪はリリアル学院へと戻り付く。既に夕闇迫る時間であったが、一刻も早くバン・シーについて話を進めたいと考え、二人は薬草畑の端っこに植わっている『アルラウネ』のアリエンヌの元へと足を運ぶ。


「アルラウネに聞いても判らなかったらどうする?」


 伯姪の問いに彼女も首を振る。


「そうね、どこか置き忘れたいくらいだけれど、そうもいかないわね。何とかコミュニケーションをとって穏便に封印させてもらうことくらいかしらね」


 家に住む精霊であれば、リリアルでも新築物件がいくつかある。王都の砦やワスティンの訓練所などだ。護りになってくれればと彼女は考えていた。


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