第545話-1 彼女は『納骨堂』を訪れる
翌朝、魔装二輪馬車を飛ばし、彼女と伯姪は『王太子宮』へと足を運んだ。まずは、責任者から事情を聴くことにする。
失踪した新人近衛は、とある伯爵家の四男坊でまだ成人したての十六歳。騎士の叙任を受ける前ではあるが、小姓・見習と数年の経験もあり従騎士として一年ほど先輩騎士の指導を受けたこともあり、問題ないだろうと『王太子宮詰』に配属されたのだという。
それが、先輩騎士の誰かに強要されたのか、又は、自身の意思で足を向けたのか本人不在の状況では何とも言えないのだが、『納骨堂』を一人で探索するという問題行動を起こし、結果行方不明となったのだという。
「不明になってからの時間は?」
「丸二日ほどです」
人間、食事をせずとも一週間程度は生きられるが、水を飲まない場合、三日と持たないと言われている。また、まともに睡眠がとれなければ、当然錯乱状態となり、さらに危険な状態になっていると思われる。
「納骨堂で錯乱は勘弁してほしいわね」
「冷静に救助を待っていてくれればいいのだけれど」
大きさとしてはそれなりなのではあるが、王都の建設のために切り出された石切場の跡地を地下墳墓としたような『納骨堂』ではないので、建物に入り込む事はさほど難しくはない。坑道内で起こる事故のような事に巻き込まれ死亡することも考えにくい。なので、何もなければ昏倒しているか、混乱し自分の現在位置を見失い動けなくなっているというところだろう。
「一先ず、内部を一通り確認してきます」
「その……我々は……」
同行する必要があるかという雰囲気であるが、こういった場所での探索を貴族の子弟である近衛に経験があるとも思えない。二重遭難になりかねないので「救出後の手配をお願いします」とだけ伝え、二人だけで納骨堂へと侵入する。
堅牢な石材で組まれた納骨堂は、大聖堂ほどではないがかなりの密度を持つ石の塊である。また、その石材により地下ほどではないが涼しい環境になっている。その代わり、空気の流れがほとんどなく、何やら黴臭いような臭いがするので、あまり気分の良い場所ではない。
「なんでこんなに納骨堂に収まっているのかしらね」
伯姪の疑問に、彼女は知る限りの説明をする。
「聖征の時代、こういった教会ないし大聖堂に併設された墓地がとても人気があったのだけれど、理由は『聖王都』にある御神子様が死を迎えた丘の土を持ち帰り、その場所に撒いたことにあるようね」
聖地迄足を運べない人々に、その聖地の一部なりとも与えたいと考えたその地出身の聖職者や騎士が土を持ち帰り、故郷の『聖地』としたことが始まりなのだという。
「王都の修道騎士団管区本部だけではないのよね」
今は帝国の一部とみなされる『ベーメン』においても、その時代、聖者がもちかえった聖地の土を撒いた場所に建てられた教会には、巨大な地下墳墓に四万人分もの遺骨が収容されているという。また、その遺骨を内装に利用した礼拝堂もあり、『枯黒病』の流行で死の存在が身近であった時代を反映したのか、聖地として崇められていると聞く。
「埋められる場所に限りがあるのだから、その遺骨を取り出してこうして復活する日まで保管しておきたいという気持ちは理解できるわ」
「確か、聖征の時代って……世界の終末が近いと考えられていたのよね。復活の日は近いとか……そんな感じで」
そんな感じで、御神子教の本来の教えから多少逸脱している行動も、意味があるとされてこのような建築物がありがたがられたのであろう。
「見て、ここに新しい足跡があるわ」
「本当ね。誰も最近は行っていないとすれば、失踪した騎士のものである可能性が高いわね」
彼女も伯姪も斥候としての能力はさほど高くはないのだが、積もった土埃の
上に残された成人男性と思われる足跡くらいは判別できるのだ。
「一人分ね」
「ええ、他の人が捜索に入らなかったことは幸いね」
護衛対象を守ると言った行動であれば、近衛であっても問題なく対応できるだろうが、証拠や痕跡を確認し保存する行為は『騎士団』と比べれば、格段に経験不足であり、あまり良い結果とはならなかっただろう。
足跡は入り口側から奥へと向かっており、戻ってくる足跡は見当たらない。足跡を自分たちでかき消さないように場所を選び慎重に歩いていく。多少、空気の流れは感じるものの、よどんでいる事は変わりないだろう。
度胸試しであるのか、何かを命ぜられたのか、もしくは……何かに呼び寄せられたのか。彼女と歳の変わらない新人である貴族の子弟が、こんなところにはいり込む理由が少しも理解できない。
「新人の度胸試しかしら」
「あるわよ、ニースの騎士団でもそういう通過儀礼的なものはね」
人気のない場所へ夜中一人で出向き、証拠に蝋燭を立てて火を付けるといった行為である。時間も早からず遅からず、翌日、確認に出向いた先輩がきちんと命令通りのことが実行できていたかどうかを見聞する。
新人であったとしても騎士団の一員。度胸もなく、覚悟もないのであれば、非常時に錯乱して隊伍を乱し、敵に利する行為を働くかもしれない。リリアルで言うならば、初歩的な討伐依頼を行い、各自が自分の役割を果たせるかどうか確認するような行為と同じだろう。
ゴブリンや猪の群れなどを駆除する、そんな任務と同じである。
流石に近衛がその手の討伐を行う事はない。代わりに、このような度胸試しのような役務を設けているのだろう。他の部署であれば、また異なる場所でそういった行為を行うのかもしれない。
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