第544話-2 彼女は『ラ・クロス』について考える
癖毛から「壊すなよ」と釘を刺された二人。タモが壊れると洒落にならない。
「軽く、投げ合ってみましょうか」
「いいわね。さあ、どっからでもかかってきなさい!!」
少し軽いかと思い、球となる布の中心に親指の先ほどの石を入れ、クルクルと帯の用に割いた布を巻きつけてみた。
彼女がえい! とばかりに振りかざすと、球は地面に向け叩きつけられ、コロコロと転がってしまう。
「……」
「ま、仕方ないわよ。タモは捕まえて逃がさないのが仕事。投げるのは苦手なのよ」
滅多に見せない気まずそうな表情をする彼女に、思わずフォローをしてしまう伯姪。やや気まずい空気が中庭に流れる。それを見ている学院生がちらほら。
「さ、気を取り直して、私が次に投げるから、上手に受け止めてよ」
「ええ、任せてもらえるかしら。受け身は得意なの」
人生常に受け身の彼女であるから、球を受け止めるくらい、なんという事もない……はず。
「いくわよ! とりゃ!!」
ヘロヘロと網から布球が飛び出し、彼女のいる場所からかなり外れた方向に斜め上へと飛んでいく。
その瞬間、彼女は自らに身体強化をかけ、更に、魔力壁を形成し、中空を駆け上がるように進むと、何事もないかのように布球をタモで掬うと、トンとばかりに地面へと飛び降りた。内心どや顔で。
「うまいじゃない!」
「大したことないわ(ドヤぁ)」
ほほえましい光景である。
やがて、リリアル生が集まってきたので、今日のところは一旦終了することにする。
二人は、赤目銀髪に『モカシン』を三期生分、一期二期生で作ろうと考えている事を伝える。できそうかという打診だ。
「難しくない。けど、足の大きさを計って、ある程度余裕を持たせて置く必要があるから、皆で一緒に作る方がいい」
「それなら、皮を用意してもらって始めればいいわね」
「本体は鹿革、底の部分だけ二重にする。外側に、猪の皮を滑り止め代わりに縫いつけると滑らないし、長持ちする」
確かに、底の皮が張り替えられれば、長く使えるだろうし、固いものを踏みつけた時も足を痛めずに済む。
「三期生にみんなでプレゼントしたいのよ」
「いいね、自分で靴がつくれれば、いざという時、はだしで戦わずに済むかもしれないからね」
冒険者的には、そういう状況も想定されるかもしれない。
「可愛い、自分用の靴も作ってみたいです」
「それある」
「いいねー」
薬師組の女子たちは、わいわいきゃあきゃあと楽しそうに自分たちのオリジナルの靴について、考え、空想を楽しんでいる。そのうち、そういった子供靴のような物も作って販売できるようになるかもしれない。一つの考えではある。
「それ、いいね! お姉ちゃんも ま・ぜ・て!!」
予期せぬ登場ではないのだが、頼んでいたものを一日経たずに揃えるという姉の行動力に、彼女は脱帽する。
「これでいいよね? ほら、クロスと球だよ」
「良く手に入ったわね、こんな早くに」
「紳士の遊戯関係は商会でもお酒の次に力を入れるつもりでさ、こんなこともあろうかと、成人用の装具は一そろいあるんだよ。けど、子供用? 少年用の規格のものはワンオフのオーダー物だから、一から作ってもらわないと無理なんだよね」
貴族か魔術師の子供くらいしか『ラ・クロス』を嗜まない事を考えると、作って並べて売るような扱いをする用具ではない。高位貴族なら商人と職人が邸宅を訪問し、子供と親の意図を確認しながら、一点物の道具を仕上げていく。
また、魔術師や下位貴族の子弟であっても、店を訪れ長い時間をかけてカスタムされたものを手にしているはずである。つまり、作り置きは『見本』程度であり、注文してから作り始めることになる。
「この曲木細工のクロスは、王都で作れると思う姉さん」
「ロッド職人なら、こんなの簡単じゃない? あとは、籐細工の職人なら、軽くて安くて丈夫なクロスが作れると思うよ」
姉から何本かのクロスと球を借り受け、それに加えて、曲木職人と籐細工の職人に、それぞれ成人用、子供用のクロスの仕様を提示して作成するようにニース商会経由で注文することにする。
「子供用に籐細工製ね。いいんじゃない? これが人気出れば、王都や都市の貴族や商人の子供用に一式売れるんじゃないかな」
「その前に、成人用の需要があるわよ。騎士団も近衛騎士も、あの連合王国の大使にそそのかされてヤル気になっているのですもの」
唆されてやる気なのは、彼女も同じなのだが。
「それは良いこと聞いたね! じゃあ、この後、騎士団本部と騎士学校に、近衛は……まあ知り合いに声かけておこうかな。注文票とか作っちゃおうかな~☆」
王弟殿下用などは、数か月から数年かかる可能性すらある。彫金したり飾りを付けたり実用的ではない装飾をそれなりに施す必要もある。見栄えが大事なのだ。実用度は……多少下げても。
「それでさ、これ、王宮から預かってきたんだよ。お手紙どうぞ」
どうやら、先日訪問した『王太子宮』で何か事件が起こったようで、都合がつき次第早急に対応してもらいたいとのことである。
「明日になるわね」
「それ、一報だけ入れておいてあげる。どうせ、この後王都に戻るからね」
姉に少々時間をもらい、彼女は手紙の返事を書き、王宮と王太子宮の警備責任者に明日訪問するとだけ返答をする事にした。
『王太子宮』で起こった事件。それは、新任の近衛騎士……従騎士が一名、失踪しているのだという。失踪の時期は昨日。今の時点で見つかっていないのであれば、丸一日以上、どこかに消えてしまっていることになる。
「よりによってこんなタイミングで失踪事件が起こるなんて面倒ね」
明日の同行確定の伯姪がぼやく。失踪している場所が特定できていればいいのだが、そうでなければ、あの怪しげな王太子宮の各所をしらみつぶしに探索することになる。
死んでいれば『魔法袋』に収納できるが、自力で移動できない場合、担架などで移動する必要もある。ポーションに水と食料も数日分は用意してこれも収納する必要がある。
「トーチは必須よね」
「ええ。魔術の明かりでは、不意打ちの際に対応できないもの。トーチなら、そのまま
「アンデッドも炎には弱いのもいるから、それも有用よね」
吸血鬼やレイスなどには通用しないが、グールやレヴナントには相応のダメージを与えることができる。生身の人間も同様だ。
「まだ生きてるかしらね」
「あと一日二日は大丈夫。とはいえ……」
体は生きていても心が死んでいる可能性もある。それに、死んだ方がましという状態に陥っている可能性もある。王都の地下にはあまり良いものが潜んでいた試しが無いのだから、良い結果にはならないような気が彼女はしていた。
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