第544話-1 彼女は『ラ・クロス』について考える

 ウォレス卿から届いた手紙。『ラ・クロス』についての凡その競技内容・ルールについて書かれているものだ。


「どう? やれそうかしら」

「やるわよ。先ずは……道具からね」

「それと、一期生を始め、ラ・クロスの試合をするという事を告知しないとね」

「……それは……少し私たちで試してみてからでもいいのではないかしら」


 期待先行で空回りするのもどうかと思う。それに、今の中庭の鍛錬場では広さが足りるかどうかわからない。小さな三期生であれば、大人の試合場の縦横半分くらいで済むだろうから、中庭で出来ない事もない。が、正式な大人の競技場であれば……それなりの広さが必要となる。


「騎士団の駐屯地に話を持って行って……」

「ああ、騎士団でもチームを編成してもらいましょうよ。それに、王弟殿下の渡海するメンバーの近衛もチームを編成する方がいいでしょ?」


 王弟殿下も興味があるようであったから、恐らく『王弟チーム』『リリアルチーム』『騎士団選抜』と三チームくらいは出来るような気がする。その為には、まず、ラ・クロスのクロスを用意する必要がある。


「やっぱりイチイかしらね」


 連合王国の長弓兵と言えば『イチイ』の木で作った長弓である。撓るし重さもほどほどであり、使い勝手は良さそうだ。また、手にもなじむだろう。伯姪はそう考えた。


「けれども、賢者学院でも盛況であるとするなら、オークのような魔術師が好みそうな素材を杖につかうのではないかしら」

「その手紙には何か書いていないの?」


 クロスの全長は子供用で1m前後、大人用は1.3~1.8mほどになる。門衛は大きな網を備えた1.5m前後の物を用いることになる。


「この、クロスの先端の籠みたいな部分が厄介ね」

「編み籠の職人に頼めば、何とかなるのではないかしら」


 一本の木の棒の先端を?形に曲げ、その先端部分に網を巡らせることになる。そのクロスを用いて一つ球を巡り争い、相手の門内に球を投げ入れ得点する遊びである。


「これ、結構難しそうね。手じゃなくて、籠の中にある球をクロスを振って投げるわけじゃない?」

「それを受け止めるのも大変そうね。球だけ見てぶつかる事故も起こりそうだわ」


 成人用のルールでは、軽装鎧に革兜が必須のようだ。面貌の代わりに、兜の顔の前には鉄の芯が入り、顔面を殴打されないように防御がされている。子ども用は、そもそも、そういう事に配慮したルールになっている。


「キルトの帽子に胸当くらいは付けた方が良さそうね。それと、革のグローブかしら」

「素材採取に行くときに使う革手袋を揃えましょう。どのみち必要ですもの」


 魔力無の子を官吏として育てるという目標を設定したとしても、自衛程度の能力は持ってもらわねば他のメンバーが困る。剣と銃くらいは鍛錬させ、薬師の子同様、探索にも参加させる。装備はあって困らないのだ。


「靴も考えなきゃね」

「そうね。半長靴でいいわよね。踝の上までなら、走れるでしょうしある程度捻って足首を痛めずにすむでしょう」

「そうね。裏側の柔らかいモカシンみたいなのでいいわ」


 赤目銀髪が得意な、猟師の靴を二人は思い出す。上級生が手作りして下級生にプレゼントするのが良いかもしれない。それが、良き伝統になるとさらに嬉しい事に繋がる。


「それなら、足が大きくなっても手直しできそうじゃない?」

「皮の素材も鹿辺りなら、問題なく手に入るわね」


 なにしろ、ワスティンの森がリリアル領となるのだから、鹿でも猪でもそれなりに狩猟することができる。増えれば、周囲の村の畑を荒らし、森を痛める獣であるから、鍛錬ついでに頭数を極めてリリアルで狩るのも必要だろう。


「何だか領主さまみたいね」

「あなたが領主でしょ? 何いってるんだか!!」


 もうすぐ十七歳とは言え、当主を担うような年齢ではない。後見であるとか、当主代理の相応の年齢の親族がその仕事を肩代わりするような事が普通だろう。そう考えると、彼女は思っている以上に王国と王家にこき使われていると思うのだ。


『ラ・クロス』の球は、コルクの芯に麻糸を巻き革のカバーをかぶせた直径が6cmほどのものであり、ウィケットやトゥニスの球とほぼ同じものが使われている。というより、『ラ・クロス』がそちらから借り受けた物だろう。


「この革の球は用意できそうね」

「姉さんが幾つか寄付してくれるそうよ。クロスの手配もニース商会経由でお願いしようかと思うの」


『ラ・クロス』がそれなりに流行すれば、ニース商会としても扱い品の一つとして考えないでもない。馬上槍試合が王の代替わり以降下火になっており、王都の武具職人は仕事にあぶれつつある。


 貴族の帯剣もそうだが、道具も家格に合わせた瀟洒な飾り付けが必要となる。素の素材が銀貨一枚で作れる程度のものだとするなら、その百倍の金貨一枚、千倍の金貨十枚になるほど飾り立てるのが貴族の嗜みとなる。


「いいじゃない? 騎士団と近衛騎士団で道具で競う事になれば、平和に武具工房が稼げるようになるんだもの」

「ええ。平和な時でも武具屋に仕事があれば、いざという時、武器の製造が容易にできるようになるでしょうから、それはそれで大切ではないかしら」


 王立の武具工廠を中等孤児院の卒業生の職人希望者から募って、立ち上げるという計画もあるのだが、時間は十年単位でかかるだろう。今すぐの需要を考えれば、武具職人に仕事を与え、生産力を維持する必要がある。やがて、職人の中でも工廠に移る者も出るだろうし、ギルドの徒弟制の枠外で武具を生産する事も始まると考えられる。


「クロスの素材は、斧の柄なんかで使われるクルミ材みたいね」


 これは、曲げる加工をするために、それに適した素材を選んだ結果のようだ。また、大きな負荷がかかっても折れないという要素も加味されている。故に、斧の柄同様、クルミが選ばれている。蒸気を当て曲げて加工をするらしい。網は樹脂を染み込ませ耐久性を高めるようだ。


「これ、魔装に出来そうね」

「クロスも魔装縄で巻いて補強すれば、魔力を使った効果を付与できるでしょうね」

「ルール的には『有』なのよね」

「それはそうでしょう? 賢者学院で魔術を使う前提で試合するのだから、魔装不可とはならないと思うわ」


 魔装糸・魔装縄はリリアル以外には極力出していない秘匿技術の一つである。恐らく、クロスを魔術を用いる杖として活用するような方法で生かしているのだろう。リリアルのように、魔力を使って戦う装備と考えているとは思えない。


「クロスで殴りつけるなんて、賢者を称する魔術師の戦い方ではないじゃない」

「いいえ。剣も魔術もそれなりに扱えるのが本物の賢者よ」


 『鈍色のマリンドルフ』と呼ばれた伝説の魔術師にして『賢者』は、魔術を用い、右手に剣、左手に杖を用いてオークやゴブリンと接近戦をこなし、馬に乗り先頭を切って突撃することもあったという。


――― ん? どこかの誰かも同じようなことをしているような気がする。


「取り合えず、あるものでやってみない?」


 革製の球の代わりに、適当な布の塊、クロスの代わりに魚とり用の『タモ』を用いて、二人は早速、手紙の内容を実践してみる事にした。



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