第537話-2 彼女は『伯爵』に相談を持ち掛ける
百年戦争の後も、旧ブルグント公家との争いで王国は必ずしも安定していなかった。故に、先王の時代にようやく、『寺院』の監視体制を築けるようになったのではないかと『伯爵』は推測した。
彼女が物心ついた時、既に王国も王都も安定した存在となっており、それがずっと続いていたのだと錯覚してしまいがちだが、祖母の親の世代くらいまでは、王都も王国も全く安定していなかったと言って差し支えない。
先王は、元の王家の分家に始まる百年戦争時代の王家のさらに分家の公爵家の分家の伯爵家当主の息子なのである。
分家の分家のそのまた分家の子供なのだ。戦争道楽・建築道楽と揶揄されがちだが、分分分家の息子が王位を固めるには、自身の力を戦争と建築で示す必要があったのだろう。
『王が安定しなければ、残党どもも動く余地がある。当事者ではないのでこれも憶測だが、執拗な連合王国の侵攻と王位をよこせと言いながらも王国の各地を荒して回った所業は修道騎士団残党の王国への『復讐』と考えれば納得できるのではないか?』
彼女も疑問に感じていたことではある。確かに、劣る戦力で補給を考えれば、各地の郷村を襲い現地調達するという方法は理解できるのだが、その後の統治を考えれば、王国民を犠牲にするような戦争に『国王』を名乗るものが進んで行うのは何かおかしいと感じていたのだ。
間に『枯黒病』の流行を挟んで、王国は大いに疲弊した。王家の直轄領である王国中部の旧都周辺やロマンデ、ミアン周辺。そして、王太子領と現在なっている王国南部も、連合王国とそれに与する王国貴族の軍の襲撃にあり数千の街や村が破壊されたという。
国王になる事が目的ではなく、王国を破壊し蹂躙し復讐することが目的であるとするなら納得できる。
『それと、いまの連合王国の女王の親父の時代に、あっちの修道院は殆ど破却されたな。これも、修道騎士団の残党狩りなのではないかと私は考えている』
かの女王の父親は先王とほぼ同じ世代であり、かなりの強権を振るって連合王国内で王の権力を高めた存在だ。近親憎悪なのか、当時の帝国皇帝であった神国王の父親も含めた三人は、競うように戦争と建築に明け暮れたように思える。そして、疲れ果てて同じ時期に死んだ。
「では、連合王国を追い出された存在が王都に入り込むことを妨げるために鐘楼は作られたと?」
『いや、それは時期が違うから、直接の目的ではないだろう。一番は、あの黒い塔が王都で一番高い建物であることを否定したかったというのがあるだろうね。けど、修道院に隠れていた吸血鬼どもが周辺に逃げ出したとすれば、ロマンデや北王国、ネデルで騒動が起こる理由も理解できる』
彼女はてっきり帝国内から吸血鬼がはい出してきたのだと考えていたのだが、連合王国からの飛散だったとは盲点でもあった。ならば、連合王国がらみの人攫いや王国内への浸透工作も追い出された元修道士の『吸血鬼』の影響があったのかもしれない。
『最大は陸続きの北王国だろうね。連合王国内は原神子派と御神子派が勢力争いを続けている。実際、先代の女王は御神子派で、王太子時代の神国国王と結婚していた。だが、その親父は、修道院を破却し修道士を還俗させ、王国が修道騎士団に対して行ったように、その財産を王家の物とした。そして、教皇に対しては『国王至上法』を国内で制定し、連合王国内においては、教皇庁の指示より王の命令を優先する事にした。反対した大司教ら高位聖職者を国家反逆罪で捕縛までしている』
修道騎士団の異端認定も、その時代に生きた者にとっては、大司教の国家反逆罪認定同様の悪辣さを感じたのだろうかと彼女は疑問に思う。強大な武力を持つ国家内国家のような聖騎士団と、大司教・修道院を同一視して良いのかという点だが、強い王家の元に国をまとめるという点においては大同小異なのだろう。
『それと、修道士を辞めて奴らは何になったかということなんだけど。これはあくまで噂に基づく推測だ』
北王国では今、『自由石工』ギルドが興隆しているのだという。元は、修道院の在家集団である『兄弟団』から派生した存在なのだが、神の前では平等という考えから、上下なく助けあう集団であり、転じて、様々な存在が『建築』を媒介として共存する団体になりつつあるのだという。
そこに、連合王国内の修道院から叩き出された『修道騎士団』に関わる吸血鬼の残党が入り込んだとしたらどうなるだろう。
王都は再開発の真っ最中であり、新たな迎賓宮の建設にも『石工』は沢山参加している。当然、国を越えて仕事のある場所に職人は移動していくことがある。『北王国』の『自由石工』ギルド員が仕事を求めて王国・王都にやってくる可能性だって当然ある。その中に吸血鬼がいないと誰が言えるだろう。
『まあ、憶測に憶測を重ねたことだがね』
「……連合王国も、新しい嫌がらせなのでしょうか」
『いや、一石二鳥だろうね』
『伯爵』の言に、彼女は深く溜息をついたのである。
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『そんなことになってるとはな』
『魔剣』の言うそんなことというのは、連合王国内での修道院の破却とそれに伴う怪しい修道士の放逐のことである。多くの修道士・修道女を還俗させたと言うが、一人一人を管理しているわけでは当然ない。
まして、誰が吸血鬼化していたかなんてのはわかるはずもない。
吸血鬼は水が苦手らしいので、船乗りや漁師になっている者は少ないだろうが、船に乗れば海を渡る事は出来る。その際、ちょっとした工夫が必要だというのだが。
「土の精霊の派生である『吸血鬼』は、生まれた土地の土の上で眠る事で能力を回復するのだというけれど、本当なのかしらね」
『そうすると、その土を常に持ち歩くわけか。どうやるんだろうな』
土も一握りというわけではなく、敷き詰めて眠れるほどの量が必要だ。それなりの重さにもなる。薄っすら敷くくらいじゃだめだろう。
『棺に地下墳墓スタイルか』
「簡単に移動できないのではないかしら。不自由な石工にしかなれないじゃない?」
職人の集団に紛れて現場を移動するのに、土入棺桶担いで移動するわけにもいかないだろうし、宿舎だって大部屋暮らしできないのではないだろうか。つまり、そのままでは紛れ込めそうにもないと考えると、王国へ侵入するのは職人では難しいのではないかと考える。
『大荷物でもおかしくないのは……身分のある奴だな』
「……駐王国大使とかね」
とはいえ、日中仕事をする『石工』の正業に就いている吸血鬼というのも考え難い。日の当たらない修道院の中での仕事を任された修道士であれば、あるいはそこで暮らす事も可能だろうが、石工に限らず、ギルドに所属する様々な建築関係の職人は日に当たる場所や野外での仕事を全くしないわけにはいかないだろう。だが、親方や幹部ならあるいはと考える。
高位の吸血鬼、あるいは、日光に対する耐性を獲得した種であればあるいは可能だろうが、一般的には全身鎧に身を包んだ騎士ほど、日光を途絶させる環境で屋外活動をする事は難しい。
しかし、長い時間をかけて得た、『石工』としての技術、とくに修道院を建設する者は石材を用いた建設に秀でた修道士も多く、修道騎士団の騎士から、そうした建築技能を持つ修道士に立場を変えた吸血鬼もいた可能性がある。何百年も生きる吸血鬼ならば、技術の蓄積も容易であろうし、建設が区切りの付いた時点で別の修道院へと移動すれば、老化しない事も誤魔化せるだろう。
そうすると、『自由石工ギルド』においても幹部クラスの人員である可能性もある。ならば、修道院を追い出された吸血鬼がいるかもしれないが、簡単に王国に足を踏み入れるのは難しいかもしれないと彼女は考え、思考するのを止める。
「考えすぎは良くないわね」
『灰色魔女にでも聞いてみる方がいいかもしれねぇな。あいつの方が、伯爵よりも吸血鬼自体には詳しい』
オリヴィは相棒のビルと共にしばらく王国に滞在していたものの、姉同様、別の用事で王都を離れている。なので、今すぐ話をする事は出来ない。
「それよりも、あの『鐘楼の鐘』と似たものを、リリアルの塔や領都の鐘楼にも備えつけられたらいいと思うの」
『時を告げるのではなく、急を告げる用、もしくは魔物を退けるための鐘か。土夫の爺さんにリリアルに戻って聞くのが良いかもしれねぇな』
彼女の魔力を込めた『鐘楼の鐘』をリリアル学院にも据えたいとも思う。学院を留守にする事が増えつつある昨今、出来る限り学院生を守る手段を多く持ちたいという気持ちもある。
「急いでもどりましょう。セバス、お願いね」
「……おう、任せておけ……でございますお嬢様」
一旦馬車を取りに実家へと戻り、母に暇を告げると、彼女は早々にリリアルへともどることにした。
リリアル学院へ戻ると、早速彼女は老土夫の元を訪ねる事にした。王都の魔導具の鐘の話を説明し、魔物除けになるような鐘をリリアルでも用意したいと伝える。
「鋳物でよいのだな。大きさは……」
「今回の物は、学院の敷地内に聞こえる程度のものを、三つほど作成して頂ければと思います」
彼女としては、一つは学院の入り口前に、木の板を叩いて呼び出す『呼出』の横に吊るせるゴブレットくらいのものを考えていた。同じ大きさで、ワスティンの森の訓練所の見張台にもそれを設置したいと考えている。弱い魔物を退け、強い魔物も多少の弱体化を期待してである。
それと、建設中のリリアルの塔の上部に据え付ける。これは、敵襲や不審者の存在を周囲に知らしめる役割を期待している。
「粘土で型を取って……まあ、ニ三日時間をもらおう」
「よろしくお願いします」
可能であるなら、魔装馬車や魔導船にも鐘を装備しようかと彼女は考えるのである。
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