第537話-1 彼女は『伯爵』に相談を持ち掛ける
結局、騎士団長の要請もあり、月一程度の間隔で彼女自身が『聖遺物塔』の鐘楼に魔力を込めることになった。とはいえ、螺旋階段を登るのは面倒なので、魔力壁の階段で外から一気に駆け上がるということを選択する予定だ。足の踏む場所も限られている螺旋階段を50mも登るのは一度で十分だ。
騎士団長と別れ、彼女は久しぶりに『伯爵』の元を訪れる事にした。
手土産の彼女謹製ポーションは以前は直接届けていたのだが、あちらこちらに遠征に出ている間、姉や姉の侍女に収まっている元伯爵配下の『アンヌ』が届けたりしていたので、直接会うのは久しぶりとなる。
「ご無沙汰しております伯爵様」
『そうだねぇ。それよりも、副伯に陞爵したと聞いた。おめでとう……といっていいのか分からないが、ますます忙しそうだね。それに……』
『伯爵』は、先ほどの鐘楼の鐘の音に彼女の魔力が乗っているのを感じたことを告げる。
「ご不快でしたでしょうか?」
『いや。私の場合、君の魔力の籠ったポーションを常飲しているからねぇ、馴染んでいるのでそれほどでもない。だが、魔物、特にアンデッド系のそれに関してはかなり不快に感じると思うよ』
『伯爵』はエルダー・リッチという存在。アンデッドなのだが、魔法生物に近い存在とも言える。魔術により自身の肉体をゴーレム化したという感じであり、吸血鬼や喰死鬼などとは異なる存在だ。
『実体の希薄になりつつあるファントムやレイスなら、何度もあの鐘の音を叩きつけられれば、遠からず浄化されるのではないかな』
「……なるほど」
おそらく、先王の時代、聖職者の魔力持ちがしっかりと魔力を補充し、魔物除け・死霊浄化の効果を与えた『鐘楼の鐘の音』で、死者を鎮魂し王都の墓地に潜む死霊をなんとかしようとしていたのではないだろうか。
百年戦争も終わり、一度は半減した王都の人口も回復してきた反面、死者の数も相応に増えてきたはずである。今は、王都の再開発を行い、墓地を郊外に移しているが、計画自体はかなり前から進めているものであり、それまでの応急処置として浄化の鐘を王都中にその音が届く場所に敢えて設置したのだろう。
しかし、その効用が何故か伝わっておらず、魔力が枯渇した結果、浄化の効果を失ってしまっていた。教会側にも王家の側にもその情報が伝えられておらず、まるで意図していたかのように無効化されていた。ただ単に魔力が補充されないという些細な問題によってである。
王都を預かる子爵家もその事実を把握していなかった。祖母や父がそのような大切なことを怠る事を見過ごすとも思えない。とはいえ、管理は教会の問題であり、王都の大聖堂の大司教以下、教区幹部の管理責任でもある。
騎士団長は王家を通して、大司教に『浄化の鐘』が何故適切に運用されていなかったのか調査するように依頼をするという。聖都やロマンデにおいてアンデッド騒動が起こっていることを王都の大司教も把握しており、王都で起こる事件に関しても理解をしている事を考えると、遡って問題を把握してもらう必要があるだろう。
『それで、今日はタダのご機嫌伺いというわけでもないのだろう?』
彼女は、『王太子宮』である元修道騎士団王都管区本部の調査をする依頼を受けたことをある程度話す事にした。
「実は、ネデルの元修道騎士団の管理下にあったであろう城塞都市の遺構を調査した際に……」
暗殺者養成所となっていた城塞都市の遺構。その大円塔の地下で発見した修道騎士団の何らかの儀式を行っていた祭壇と、異形の像。修道騎士団が商人同盟ギルドを通して暗殺者を要請する組織へと変貌している可能性。
『なるほど』
『伯爵』は彼女の話を一通り聞くと、王都と『修道騎士団』についての見解を簡単に述べ始めた。
『あの騎士団は、王侯貴族に匹敵する存在だったが、それは聖征がある故に成立していた。その聖征を成功させるために存在していた騎士団が聖王国の消滅で存在意義を失った』
『伯爵』も東方教会の信徒としてサラセンと戦った過去がある。最後は、身内に裏切られて逃亡を余儀なくされたわけだが。
『私がリッチとなり、捲土重来を期したように、あいつらは……吸血鬼を取りこんででもカナンに戻り聖王国を再建しようとしていた』
王国に現れた修道騎士団の幹部や上級騎士達の中に、少なからぬ『吸血鬼』化した存在がいたことを王家と王国の聖職者は認識していたのだと『伯爵』は考えている。
『だから、一斉に捕縛した』
「その上で、吸血鬼で有るものだけを選別し、殲滅したということでしょうか」
『私は当時、この国にいたわけではないし、同時代人でもないので資料や風聞からの類推になるのだが、総長と王都管区長が最後に異端を再度否定し、公開火刑に処せられ灰は川に流された。これは……吸血鬼の処刑であった可能性が高いんじゃないかな?』
貴種や上位の従属種であれば、相応の再生能力を有し太陽の光に対する抵抗力も持っている。簡単に死ぬことはないことを逆手に取り、生きたまま火刑に処し灰になるまで燃やし尽くしたと考えると辻褄が合う。
「では、何故それから二百年も経ってからあの鐘楼を設置したのでしょうか」
『その間、王国は国家存亡の危機が続いていたからだろうね』
『修道騎士団』の異端認定の後、『尊厳王』の直系の王家は後嗣を残さず断絶。『聖征王』の四男に始まる分家が後を継ぐことになり、国王の座を安定させるまでの長い闘争が始まる。百年戦争の時代に突入したのである。
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