第536話-1 彼女は魔導具の停止を確認する
矮躯の老人、彼は孤児として拾われ教会の下働きとして先王の時代からずっと働いているのだという。他の者たちは、先王の時代の事は当然知らず、また、他の地域の教会から移ってきたもので、しばらくすれば他の教会へ移動していくのだと言うので、知らない者ばかりなのもうなずけるところだ。
「それで、魔導具のことなんだが」
「へぇ……あっしも詳しくは存知ませんが、鐘楼に備わっていると。それで、鐘楼の鐘を鳴らす縄を引くと、魔力が定期的に補充されて魔導具が動くと聞いたことがございやす」
「「……え……」」
周囲の聖職者たちが途端の落ち着かなくなる。
「何か気になる点があるのか?」
「じ、じつは、以前は副司祭や侍祭の中で魔力を持つ者が鐘楼の鐘を鳴らすことに決まっておりましたが、今の教会には魔力を持つ者が……」
どうやら、一番偉い司祭だけが魔力持ちであるのだという。その結果、魔力を持たない者だけで鐘楼の鐘を鳴らし続けているのだという。
なるほど、魔導具が動作を停止している可能性があると彼女は思い至る。それは周囲の人間も全員理解したようだ。
「何故、申し出なかった?」
「それは難しいでしょう。彼は司祭や聖職者に直接話ができる立場にはありません」
騎士団長の誰何は老人にとって理不尽なものに過ぎない。聖職者たちはその存在自体も今の今まで認識していなかった可能性が高い。下手な高位貴族以上に貴族然としているのがそれなりの格式を持つ協会の聖職者だ。だから、こうなっているのだ。
「先に、魔導具を確認しましょう」
「それはそうだな。どなたか鐘楼まで案内してもらえるだろうか」
全員が再び視線で「お前いけ」とばかりに違いを牽制している。
「では、場所だけ教えていただければ……」
「わ、わしでよろしければ」
先ほどの矮躯の老人が案内を買って出てくれた。鐘楼の清掃も彼の仕事であり、案内できるという。
「ではお願いいたします」
「へへ、聖女様を案内できるなんて、一生の思い出になりやす」
「俺はおまけか」
騎士団長を案内しても普通は嬉しくない。騎士志望の少年か筋肉大好きな人くらいだろう。
「じゃ、俺は留守番で」
「……先に行きなさい。ご老人が体調を崩された時に、セバスが必要でしょう」
「げぇ」
騎士団長や彼女が老人を背負うというのはお互い気が引けるかもしれない。その点、歩人なら問題なく扱える。何なら、今からでも背負って行って構わないくらいだ。
「ひゃっひゃ。でぇ丈夫ですよ聖女様。毎日上り下りしておりますから」
「そうなのですか」
「はい、あの場では言えませんでしたが、鐘を鳴らしておるのわわしです」
鐘にそれなりに詳しい理由がようやく理解できた。老人は、長い間それなりに鐘楼の管理を押付けられて……任されていたのだろう。最初は一人二人であった押しつけがやがて鐘楼の役割りを知る司祭たちがいなくなり、過去の踏襲として老人が鐘を鳴らす役割だけが残されたのだろう。
「てぇへんなことになっておりやすか、聖女様」
「……今のところは何とも言えません。魔力を補充して、魔導眼を作動させてみてからでないと」
「それはてぇへんでございやすな」
彼女と騎士団長が自ら鐘楼を登るという事自体、大変な事だと老人は理解しているのだろう。この教会の聖職者の誰よりも事の次第を理解しているといえるだろうか。
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鐘楼に登るには、下の階から階段で幾つかの個室を抜け、やがて果てしない螺旋階段をグルグルと登る事になる。螺旋階段は古い城塞にある円塔などにつきものなので珍しくもないが、塔の最上にある鐘楼までひたすら登つづけるのはあまり無い経験だ。
「どれだけグルグルすればいいだよぉ」
「セバス、あなた教会の下男に転職して、この方の後継者になりなさいな。魔力を持っているのだし、最も適切な役割だと私思うのだけれど」
「……勘弁してくださいお嬢様」
彼女は深く溜息をつき、リリアル城塞が王都に完成したならば、そこに詰めている冒険者組の誰かを交代で魔力補充に向かわせることも考えるべきかと考えたりもする。
「魔力の補充は暫く騎士団の魔騎士にやらせることにする。今日はリリアルに頼もうかと思うがな」
俺はそれ程魔力が無いから、足りるかどうかわからんからなと騎士団長は付け加えた。確かに、彼女と歩人二人で満タンにならないほどの魔力を必要とする魔導具とは思えない。ある程度間隔を開けても有効であったのだから、少ない魔力で長い時間作動するタイプの魔導具なのだろう。
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