第535話-2 彼女は祖母から『聖遺物塔』の由縁を聞く
翌日、彼女は歩人を供に二輪魔装馬車で再び騎士団本部を訪れていた。
「ワスティンの森で何か起こったのか?」
「いえ、陛下からの依頼で王太子宮の問題について調査をしています」
「……ああ……あれなぁ。いや、噂の段階でどうかと思うのだが」
「実際事件は発生していないということでしょうか」
騎士団長は『騎士団として把握していない』と断りながらも、不審な人物の失踪などは起こっていないというのである。
「ガーゴイルが動くと言った話は?」
「稀覯本の類か? 芝居にするには少々物語性が足らないだろうな」
騎士団としてはその手の『魔物』による被害を把握していないという事なのだろう。リリアルが設立され、孤児や貧しい寡婦などが困窮する度合いが減り、それまで無関心であった王都の住民もその存在を気に掛けるように変わってきている。
故に、無関心から来る失踪の把握不足という事は考え難い。
「今日の訪問の目的は、聖ヤコブ教会の監視塔にある魔導具の確認を許可していただきたく伺いました」
「……何だそれは」
どうやら、当代の騎士団長には『魔導眼』の存在が引き継がれていないか、書面で伝えたのみで確認されていないということなのだろう。彼女は、祖母から伝え聞いた話として、『聖ヤコブ教会』の『聖遺物塔』が、旧聖堂騎士団王都管区本部の周辺で発生する怪異を監視するために建てられたと
いう話を伝える。
「ご存じありませんでしたか?」
「正直初耳だ。その間に、何人も騎士団長が替わっているから……その間に優先順位が低下して、正確に伝わっていないのだろうな」
経験と実績のある騎士が騎士団長を務めたとしても、全盛期の力を維持できる年数はそう長くはない。先代ニース辺境伯? 人間と魔物を同一に考えてはいけません。
騎士団長の任期は五年から十年。自身が騎士団長になって最初の仕事は、次の騎士団長候補を選抜し、育成することにあるというくらいだから、一朝一夕にその仕事が身につくわけではない。
大隊長や中隊長の中から副団長や幕僚を選抜し、教育する必要がある。実戦経験だけでなく、対人能力や高位貴族や王都の有力者との関係も育てて行かねばならない。冒険者のような騎士には向いていない仕事であり、強く強かな騎士でなければ次代の団長とする事は出来ない。
要は、団長の仕事が大変だから不要不急の伝達は忘れちゃった!
ということだろ。
「『魔導眼』には、魔力を持つ者の動きを捉え記録する効用がある魔導具だと聞いています。恐らく、皇太子宮とした際に問題が起こらぬよう先王陛下が配されたものだと言われています」
「……なるほど……不味いな……非常に不味い」
王宮内と王家の守護に関しては『近衛』が、王都全体の治安維持・安全確保に関しては『騎士団』の責務となっている。つまり、監視して異常がないかどうか確認する義務が騎士団にはあったと推察される。
「まあ、引継ぎ漏らした馬鹿は想像つくんだが。今さらだな」
数代前、丁度先代王の末期に有力候補が軒並み戦傷死してしまった結果、適性の低い騎士隊長が騎士団長になったことがあるのだという。当然、混乱が発生し、余りの無能ぶりに先王が激怒。二年と持たずに更迭されたらしい。連合王国の干渉が王国北部、ミアン周辺に見られた時期でもあり、八つ当たりの可能性もあるらしいのだが。
その場で騎士団長から許可証を得ようと考えていた彼女であったのだが、騎士団長自らその場に同道したいと言い出した。騎士団本部から見える場所にある『聖遺物塔』である。彼女が許可証を持っていくよりも、顔の知られた騎士団長が足を運ぶ方が問題が少ないと判断したようだ。
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聖ヤコブ教会、聖征の際に得た聖ヤコブにまつわる『聖遺物』を収めた教会が設立されたのは今から四百年ほど前に遡る。とはいえ、最初から今ある教会堂が建てられていたわけではなく、最初にあったのは聖母の母である『聖アンヌ』を祀る礼拝堂であったとされている。
聖ヤコブの聖遺物を聖地から持ち帰った聖征軍は、聖ヤコブが肉屋であったことから、精肉ギルドが音頭をとりこの地にギルドを主体とする教会を建てる事になったのだという。
故に、この教会に埋葬される者は、ギルドに所属する者たちが主となる。とはいえ、既に地下墳墓は満員状態であり、これ以上の拡張は難しくむしろ、この地域の衛生状態を悪化させているとされ、王都の再開発の際、墓地は撤去される事になっている。
「マジで臭いんですがお嬢様」
「気持ちの問題ではないかしら。魔力を纏えば問題ないわよ」
「……ですよねー」
歩人の愚痴を一蹴、この教会周辺は異臭がするというのは騎士団でも知られており、騎士団長も当然魔力纏いによる異臭対策をしているので文句を言うのは歩人だけであった。
「肉屋の聖人を祀る教会が死臭まみれって、どんな冗談だよ」
この辺り、信仰と現実の境目があいまいな存在が多いという事だろう。原神子信徒が、教会とその信仰をよりどころとする御神子教徒たちに対し、敵意を向ける要因にはこういう頑迷さがあるからだろうと彼女は推測する。確かに、ここに住めるのは信仰のなせる業だろう。
「けど、この聖遺物塔は、王宮や大聖堂と並んで、王国と王都と王家の威光を示す建物ではあるな」
四角く複雑な柱で四隅を装飾された白亜の塔。一方、王太子宮にある『大塔』は黒ずんでおり、また、城塞としての機能を備えている事もあり威圧感のある塊に見て取れる。
片や聖なる場所、片やその聖なる場所に対抗する城塞とみてとれなくもない。その辺り意識してこの塔を建築させたのだとするのであれば、先王は中々センスがよろしいと思わざるを得ない。金を出したのは肉屋ギルドだが。
「一応鐘楼なのだな」
「階段を上って上に出れば、鐘楼があると聞いています」
「なら、司祭に挨拶をして用件を伝え、案内してもらおうか」
ここは臭くてかなわんと言葉を添え、騎士団長は先に立って教会に入って行った。
突然の騎士団長の訪問、そして、彼女が『リリアル副伯』であると告げると、教会内はざわついた。
『聖女様扱い、変わってねぇのかよ』
ミアンでのアンデッド討伐や、ラ・マンの悪竜退治の影響もあり、『聖女』扱いが教会内で大いに高まっているとは聞いていた。とはいえ、彼女が日頃顔を出す大聖堂や、孤児院のある小区教会ではさほど扱いが変わらず、昔ながらの関係が続いていた。大司教猊下は少々暑苦しいのだが。
「実は、王宮からの依頼で、王太子宮の怪異の調査をしておりまして。その件でこちらに伺いました」
「……王太子宮の怪異……でございますか?」
相対した司祭が意味が分からないようで、周囲に視線を向けるが、一様に解らないと素振りで返している。
「聖遺物塔には周囲の魔力を監視する『魔導眼』と称される魔導具が配置され、王太子宮の方向に向けられているはずなのです」
「……申し訳ございません。存じませぬ」
魔導具について知っている者がいないかと、教会は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっている。騎士団長と彼女が揃って現れ、尚且つ王家に関わる依頼での訪問。知らぬ、存ぜぬでは通らないと理解したのであろうが、しかし、どうすればよいのか分からないようだ。
しばらくして、下働きと思われる矮躯の老人が司祭に連れられ二人の前に現れた。どうやら、魔導具の存在について知りえる者は、この場には目の前の老人しかいないようなのである。
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