第519話-2 彼女は城塞都市へと至る 

 領主館の上階窓から、ゴブリンが弓を射かけてくるが、粗末な短弓に粗末な石の鏃では流石にガルムも……


『がっ! い、痛い。痛いぞ!!』


 それなりにダメージが入っているようだ。鏃には毒が塗られていたようだが、流石にノイン・テーターには効果が無く、不可思議な表情を浮かべる弓兵ゴブリンを、スティレットから発する『飛燕』で次々頭を引き飛ばしていく。


 さほど多くないゴブリン弓兵の射撃があっという間に沈黙。


 ガルムの足元にも、二十前後のゴブリンの死骸が横たわっている。


『中にデカいのが居そうだな』


『魔剣』に言われる迄もなく、魔力走査で特殊な個体の存在と居場所は彼女も把握している。問題は、ガルムの腕を見る為に委ねるか、あるいは、最初から彼女が討伐するかを迷うところだ。


『ふん、ゴブリンなどどうということはないな』


 いや、ズタボロだろと『魔剣』が肩で息をするノイン・ガルムにツッコむのだが、その声は本人には届かない。


「では、この後隠れている上位種かオーガもお願いね」

『……ジョウイシュ……おーが……』

「ええ。あの正面の建物の一番上に潜んでいるわ」


 恐らく、内部の床や階段なども腐食し崩れているであろうが、領主館と思わしき三階建ての建物の最上部に、ゴブリンの数倍の魔力を持つ魔物が潜んでいる。


『か、数は?』

「一体ね」

『ふふふ、ならば問題ない!! このガルムのレイピアの錆にしてくれよう!!』


 錆は問題だろ!! ちゃんとメンテナンスしろ!! と何故思わないのだろう。領主館にそろそろと近寄り、ゴブリンが周囲に潜んでいないことを確認しそっと中に入ろうとすると、領主館の窓から何かが飛び出し、背後に向けて走り去っていく。


『なっ!』


 上位種のゴブリン。それも、スタッフかロッドを持っている魔術師系のゴブリンだろうか。ガルムは茫然としている中、彼女はゴブリンを追走する。


『ありゃ、身体強化使えてるな』


 魔物は元々自然に魔力で力を強めているのものだが、逃げ去るゴブリンは人間の魔術の用い方を完全に身に着けている。また、持っている杖も魔導具の類に思える。魔力の消費量を低減させるか、強化する目的で持っているのだろう。その出所も気になる。


「杖は要確保ね」

『ああ、絶対だ』


 走り去るゴブリンの背後を、気配隠蔽を施した彼女が距離を取りつつ後を追う。城塞の外郭を飛び出す瞬間、背後からスティレットを用いた収束『飛燕』をゴブリン魔術師の背中に向け放つ。


 Bashu !!


 ゴブリンのローブの背中に命中した『飛燕』が、まるで魔力壁に弾かれたように霧散する。魔導具に近い装備であろうか。ゴブリン自身の魔力を消費しているのか、あるいは装備自身に魔力を保つ能力が付与されているのか。後者であるとすれば、リリアルが持ちえない装備である。


 一瞬硬直したゴブリン魔術師だが、そのまま背後を振り返ることなく、林間へと駈けこんでいった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ゴブリンの魔術師はそのままひたすら森の中を走り逃げていた。


『グギギ……ナンナノダ……』


 あの廃城塞には誰も近寄る者はいなかった。ゴブリンを周囲に送り、人や家畜を襲わせ、自分はその上前を刎ねる群れの主役を務めれば良いとされていた。人語を解するゴブリンは希少であることから、対した力のないものの、道具を与えられる事でなんとか群れを統率することができるようにしてもらったのだ。


『アノ騎士カ、オンナノ脳ヲ喰エバ……』


今の力も、偶然食べた人間の魔術師の脳から得た力であった。魔力を用いることができるようになり、いくつかの魔術と片言だが人語を話せるようになったのだ。以前の群れにいた上位種には二人、三人と魔力持ちの人間の脳を喰い、騎士や魔剣士の能力を手に入れた者もいた。


『マダ機会ハアルハズ』


 そう思っていた。


 魔力が枯渇しそうになり、走る速度を緩め身体強化の術を解く。魔力量が大した事の無いゴブリンでも、手にした杖の力で魔力の消費が少なくて済む。故に、廃城塞から三十分も走り続けることができたのだ。


『サテ、モドッテ最初カラカ』


 殺されはしないだろうが、下働きから始まるだろうと考え、ゴブリン魔術師は憂鬱になるのだが、人語を解するゴブリンは希少価値であり、今回の失敗を生かせばまたチャンスがあると思う事にする。


 周囲を警戒するも、特に何かいる気配はしない。


 そう思い、一度ローブを脱いだところ……


 Shu!!


 背中に親指大の穴が開き、背中が爆発する。そのまま、ゴブリンはうつぶせに倒れ息絶えたのである。


「魔力壁を踏んで走るのも楽ではないわ」

『思い切り、魔力の無駄遣いだよな……』


 足跡、足音を消す為、彼女は自分自身で魔力壁を自分の足元に展開しつつ、その上を走り背後をつけていたのである。




 ゴブリンの魔術師から杖とローブを回収する。人間と比べやや背の低い程度のゴブリン魔術師であったが、ローブは足首よりやや上ほどの丈の長さであり、人間の成人男子であれば膝丈程度になるのだろう。


『これを回収してどうするんだよ』

「……まずは洗濯ね。異臭が沁みついているもの」


 洗濯と言えば、サボアの洗濯掛であった灰目黒髪に相談すれば良い方法もあるだろう。そうしよう。


『杖は……トネリコか』


 長さは彼女の背丈ほど、特に魔石などが付けられていたり、装飾がほどこされているわけでもない。クウォータースタッフよりはグネグネとした木の枝としての姿を残した杖であり、純粋に魔力を強化する効果だけを求めたものであって武器としての能力は低そうである。


 トネリコは『世界樹』『生命樹』と呼ばれる木材であり、北方の異民族の間で信仰される神話に登場する常緑樹である。

 

 そしてまた、『魔女』が乗る『箒』の柄としても知られている。この杖は、『魔女』から奪われた、若しくは与えられたものかもしれないと彼女と『魔剣』は想定したのである。



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