第519話-1 彼女は城塞都市へと至る 

 恐らく馬車で移動すれば修練場のある街道の入口から馬車で数時間かかるであろうが、身体強化をした彼女の走破力では小一時間といったところである。


 デート擬きなどふざけた発言をした『ガルム』は、彼女の勢いに大いに後悔したようだ。途中から街道の整備は後回しにしたので、昼前には廃城塞都市に到着した。


 既に、石積みはかなり傷んでおり、当然そのまま使用できるわけではない。


『……かなり破損した城壁だな』

「そうかしら?」


 彼女が破損個所に『土』魔術を用いて、『土壁』と『堅牢』を施す。表面が崩れた城壁が整然とした表面を取り戻し、尚且つ、恐らく新築時点より堅牢な壁となったと思われる。


『このままじゃねぇんだろ』

「当然ね。この周りに石壁を覆うように人造岩石の壁で被せるように加工

することになるでしょう」


 リリアルの塔完成後、こちらの城塞の再構築に力を入れることになるだろう。




 跳上式の城門は既に朽ち果てており、円塔の横に大きな開口部が開いているのは以前来た時と同じである。


「あまり城塞自体を強化してもね」

『まあな。百年戦争の時代でもないだろう。戦場は王都近郊であったとしても、戦力を展開しやすい場所になる。少数の騎兵の移動なら、ワスティンの森に入り込む事も考えられねぇな』


 戦争で小城塞や村落を襲うのは、傭兵や偵察兼務の軽騎兵などである。石垣を登る道具も戦力もないのであるから、そこまで考える必要はない。攻城兵器を持ち込んで軍を展開できる場所でもない。つまり、余り堅牢な城塞である必要はなく、魔物や盗賊から住民の安全が確保できる程度で問題ないのだ。


「それより、水堀を兼ねた水路、それと運河か川に接続できるようにする小路が必要ね」


 運河に接続するとすれば使用料が発生するし、他領を通るのであればまた通行料が発生する。とはいえ、王都の経済圏に組み込まれるためには、相応の経費が発生すると考えてよいだろう。自給自足の村との決定的な違いである。


『まあなんだ、十年二十年の計画だからな』

「そんなに待ってもらえないわよ。それに、ワスティンの森の奥まで探索を進めるには、ここにある程度の規模の都市がある必要もあるでしょう。ギルドの支部も設置して、商店に宿屋に、鍛冶屋に運送屋も必要ね」


 新しい街に新しい住人が必要となる。ルリリアやニース商会とその関係者、使用人は孤児出身で纏めたい。あまり王都やリリアルと関係の薄い人間を取り込むメリットが無い。今の段階ではだが。


『こんな森の中に街をつくるのか?』


 元侯爵子息の坊ちゃま・ガルムの疑問に、彼女はやや呆れつつ答える。『乳母日傘おんばひがさ』はこれだから困る!!


「そうよ。ワスティンの森の開拓が私たちの仕事になるのでしょうから、その拠点となる街が必要なのよ」


 開拓村には開拓民しか当初はいない。やがて、規模が整えば鍛冶屋や大工なども育つだろう。そうなるまでは、領都からの行商などで対応することになる。自前の商人はその為にも必要だ。




 中に入ると、外側の城壁の中に主郭である領主館や防衛塔が一段高い場所に築かれている。その主郭壁に沿って建てられていたであろう長屋の残骸がグルリと取り巻いている。


『昔の城ってのは、こんなもんだな。長屋に鍛冶屋やパン焼き職人、食料貯蔵庫なんか揃っていた。百人も詰めれば立派な城だ』


 聖征の時代、数人しか詰めていない監視塔のような城がドンドン建てられていた。それ以前においては、モット&ベイリーのような、領主の住む濠で囲まれた内郭と、領主の家人やその家族、鍛冶屋などが住む外郭と馬場・畑などを囲ったスペースからできていた。


 石造ではそこまでつくれないため、廃城塞となる前は、更に外側に柵などを巡らせていたのだろうと推測できる。




 さらに、奥へと進むと内郭に登るスロープと、そこを守る『楼塔』が見える。領主館の半分ほどの大きさの石造の塔であり、監視だけでなく待機所のような役割も担っていたのだろうか。


 スロープを登れば、領主館が正面に残っており、その間には大きい高さの低い『広間』であったろう建物がある。一角には礼拝堂もあっただろう。そして、監視円塔。馬場もそこにあったと思われる。


「この内郭部分がちょうど修練場くらいかしら」

『だな。そう考えると、あれ、相当立派だよな』


 ここまで進んでくる間に、彼女はある事に気が付いていた。ついでに言えば、魔力走査により領主館の中に相当数の魔物がひそんでいることも把握している。


 足の大きさは殆どが小鬼サイズであるが、いくつか大型のものが混ざっている。


「ガルム、正直気が進まないのだけれど」

『馬鹿を言え、ここで剣を振るわねば、どこで振るうというのだ!!』


 領主館の入口から、ゾロゾロと小鬼たちが出てくる。ブカブカの鎧や兜、壊れた盾や折れた剣などを持ち、あるいは棍棒のような木、若しくは錆びた短剣などを持ってニヤニヤと笑っている。


「……ガルム……笑われているわよ」

『おのれ!! ゴブリンの分際でぇ!!』


 許せんとばかりに、愛剣であるレイピアを構え突進する。刺突剣は、一対多数の戦いには全く向いていない。


 Gyahaha!!


 Gegyagya!!


 数は二十に満たない程度だが、近寄られ闇雲に棒や折れた剣で力一杯たたかれるガルムは、みるみるうちに押し込まれ取り囲まれていく。


『くそがぁ!! こんなはずでわぁ!!』


 距離を取りながら、一体ずつ確実に仕留めていくべきところを、ゴブリンの群れに一人で飛び込んだ時点で負けなのだが。何故気が付かないのであろうか。


 彼女は、やれやれとばかりに、ボロボロにならない程度にガルムを援護する。


『穿て螺旋の牙よ!! 吶喊impetus!!』


吶喊impetus!!』

 

『……』 


 最初は詠唱を行い、短縮し、やがて無言にてスティレットを振り抜き続ける彼女。ガルムを包囲する外側から、ゴブリンが胸や頭を爆ぜさせて一匹、また一匹と倒され、包囲する力が弱まっていく。


『おお。助太刀感謝!!』


 いいから黙って、ゴブリンを切裂けガルム!!



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