第515話-2 彼女は中等孤児院に仕事を提案する
「ようこそ中等孤児院へ。リリアル閣下」
「お忙しいところ恐縮です、院長」
彼女は中等孤児院の理事ではあるが、実際の運営には関わっていない。一期生の卒業は三年後であり、それまでには様々なところで実務経験を行わせたいと考えてるのだが、流石に近衛連隊や騎士団、王宮で見習を経験させるわけにはいかない。
近衛や騎士団のOBが教官として在籍しているものの、本格的な訓練となりえていないのが現状だ。
「実は、迎賓宮の建設が始まるのはご存知でしょうか?」
「はい。本学の建設に携わった方達も、次の現場がそこだという方がそれなりにおられましたので。話は伝え聞いております」
王都の再開発の目玉でもあるので、ある程度は伝わっているようである。
「そのなかに、リリアルが一角を賜り、王都に詰める拠点をつくる事になりました」
リリアルの塔を建設し、迎賓宮の防衛と、リリアル生の王都内の待機所として使用する拠点として運用することになると院長に伝える。
「そこで、完成する前から研修施設として利用していただきたいのです」
「……どういう意味でございましょうか」
迎賓宮の完成には数年もしくは十数年の期間がかかる。それ故、リリアルの塔の『完成』は時期的にかなりかかると予想される。が、王都の防衛拠点を長らくかけて建設するつもりは彼女にないのだ。
――― とにかく、彼女も姉もせっかちなのだ。
「現在、迎賓宮に面しない二面に関しては、人造岩石……古の帝国時代に使用されていたコンクリート製の城壁を持つ楼門塔・城塔・防御銃座を建設中です」
彼女の予想では、渡海以前におおよその外観は完成していると考えている。
「詰所もできますが、現在のリリアル生だけでは運用が難しいのです」
「……そこで、現場実習を兼ねて、交代で門衛ないし衛兵業務を行わせるとお考えなのですね」
「ご理解が早くて助かります」
いきなり学生だけ……というのは難しいので、経験のある教官もしくは、退職した衛兵などに衛兵長を頼み、シフトを組んで実務を経験してもらう。そのスケジュールをカリキュラムに組み込んでもらうという事だ。
「毎年、入学するのですから、三年生が一年二年を統率するという体制で研修が組めれば、能力的にも育成が進むと思うのです」
これは、リリアルの一期生が二期三期生を教える役割を果たしたり、薬師コースの教育方法を参考にしている。孤児院においても、年長者が年少者の教師役を務めるのは当たり前のことだから違和感はないはずだ。
「……それは、ただ教わるより実務的な経験ができます……」
仕事内容の精査や、監視方法の工夫など、先になって経験することも中等孤児院にいる間に体験できる。ある意味、衛兵の騎士学校的な役割となる可能性もある。
「戦場にでるまでに、哨戒業務が多々あるのが実際です。駐屯地の警備に野営地の歩哨、冒険者であっても同じですな」
「実際、野営の際に歩哨を行うのは、経験してみなければわかりません。騎士学校でも、遠征ばかり組まれていますから、重視しているのでしょう」
半年のうち、学校での座学が二ケ月ほど、その後は遠征を挟みながら、実際の部隊指揮の練習を同窓生相手に行う研修となる。その間に、彼女は色々経験したのは御愛嬌だ。
また、場合によっては、リリアル生の部隊を派遣することで、連携の経験もすることができる。これは、今後単独任務だけでなくなりそうなリリアルにとっても良い経験となるだろう。
「歩哨に関しては、僅かですが賃金をお支払いする予定です」
「……それは有り難い。彼らも身を入れて仕事をする事でしょう」
そのほか、制服貸与・装備貸与、卒業時には短剣授与といった特典を付ける事を提案する事にした。やはり、不揃いの私服では衛兵の持つ威圧感がだせない。また、無手では周りから舐められることになる。
「あまり高価なものではありませんが」
「いえ、大変ありがたく存じます。彼らの士気にも影響しますので」
制服は個人個人に与え、装備は衛兵の詰め所で管理し、出勤者が確認し使用・装備する。指揮官だけは帯剣することにするが、これは当初教官のみになるだろうか。
「良いお話を頂きました」
「こちらこそ。何か協力できることがありましたら、ぜひご相談ください」
リリアルだけでも手いっぱいの彼女だが、中等孤児院はぜひ成功してもらいたい存在である気持ちは変わりがない。リリアルの人手不足と、中等孤児院の研修受け入れ先の確保という事で、双方に利益のある提案だと彼女は考えていた。
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リリアルの制服を基に、簡略化したものを中等孤児院の制服にする予定なのだが……
「下は自弁が良いよ妹ちゃん」
というのが姉の意見である。上着がしっかりしたものであれば、それで十分であるし、インナーやズボンはあまり重要ではない。何より、私用で着用される可能性も高い。
「その当番の時だけ貸与する感じでしょう?」
「制服代わりになればと思うのだけれど」
「リリアルの衛兵があちこちに出没して何かやらかしたら、妹ちゃん責任追及されるよ。それに、自分ではその子たち良く知らないわけじゃない。ここにいるメンバーとは線引きしないと駄目だよ」
姉にしてはとてもまともな意見である。その話に、伯姪も同意する。
「リリアルの看板に泥を塗られないとも限らないのは私も思う」
「そうそう。その子達に悪気が無かったとしても、どこかで妹ちゃんやリリアル、中等孤児院を潰そうと思っている悪い奴がいないとも限らないじゃない。あまり、手を広げすぎると、足元掬われると思うよ。まして、リリアルが迎賓宮に一枚噛むっていうのも、望外の評価だしね」
子爵家も彼女自身も王家を絶対に裏切らないという前提で、王宮の目の前の迎賓宮の一角に城塞を築くことを許可しているのである。
「主だった高位貴族は味方だけれど、法国戦争の生き残りの老害どもは面白く思ってないからね」
先代国王時代に帝国と戦争をした際に、功績を建てた元重鎮たちが未だに王国では暗然とした力を保っていることを指している。現在の国王陛下も王太子殿下も内政重視であり、軍事力強化を行うのは質の改善を優先している。
法国戦争の戦費、約金貨にしてニ千万枚相当の借入金の負担もある。利子だけでえらい事になっているのである。
「戦争馬鹿を抑えるために、妹ちゃんを利用しているってのはあるからね。揚足とられて尚且つリリアルや中等孤児院を潰されたらたまらないじゃない? 妹ちゃんが考えているほど、王家は盤石でもないし、国内にいる老害どもも無力じゃないんだよ」
中等孤児院の院長も冒険者ギルドの王都のギルマス程度の人であり、貴族でもなく、王都の有力家系の一員でもない。善人ではあるが、権力闘争には疎い。その辺りも姉は危惧しているのだろう。
「慎重にね。敵がはっきりするまでは急がないで行こうね」
姉曰く、祖母も自分の人脈を使って、リリアルの反対勢力の動向を追いかけているという。カトリナがサボアに、王女殿下がレンヌに、そして、彼女と王弟殿下が連合王国へ向かいということで、王都は手薄になることになる。王太子殿下は南都から離れがたい。
「まあ、今かろうじてバランスがとれている状況が崩れるのが、半年先なんだよ。だから、新しい事に手を出さず、今いるメンバーを固めること、あとは王都のリリアルの拠点をできるだけ整備しておくことを優先しないと。二人がいない間、一期生だけでなんとかできるようにするのは、結構大変だと思うよ」
姉に再び痛いところを突かれ、彼女はぐったりしてしまう。
結論的には、制服の上着はリリアルの塔警備時のみ塔内で着用するに留める。また、ズボンは一年に一枚与えるので、それを任務時には着用することで妥協する事にした。上着は持ち回り、下は貸与する形で私物として与える事にしたという事になる。
『孤児なんて、新しい服を着た事ねぇのが当たり前だからな。ズボンだけでも大喜びだろうさ』
『魔剣』の言う通りだろう。数はさほどでもないので、まとめて軍服を仕立てる商会にルリリア経由で発注を出すことにする。中等孤児院でサイズを図ってもらい、凡その数を用意することにした。
「渡海するの……辞めたいわね」
『そうはいかねぇって一番理解しているのはお前だろう? それに、せっかく敵の首魁と会えるんだから、この機会を逃すのは勿体ない』
王弟殿下が多少政務についてまともになったとはいえ、十年近く女王として国を率いる彼の女性に加え、周りに侍る王宮の側近たちに全く歯が立たないだろうとは予想できる。
お目付け役として彼女が派遣されるのだ。いざという時、王弟を連れ、単独で王国まで戻れる戦力として考えた上での人選なのは言うまでもない。それが、王太后の意向なのである。
「悪い方達ではないと理解しているつもりなのだけれど……」
『まあ、あの母子は仕方ねぇんだよ。長男の国王陛下はそれを見こされて、先の王太后様が直接育てたんだ。王女様ってのは、王に成り代われるほどの女傑か、箱入りかの両極端だ』
結果、戦争好きの夫によく似た息子の嫁は箱入り娘であり、想像していた以上に幼い少女のような女であった。王太子を手元に置き、周囲の側近や教育係まで自ら指名した先の王太后は、次男三男に関して特に何も関わることはなかった。
次男は祖父と父親に似た武芸好きの騎士らしい男になり馬上槍試合で事故死し、いつまでも子ども扱いした末っ子三男は、中身が子供の中年親父になったのは仕方がない事なのだろう。
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