第512話-2 彼女は夜会に誘われる
ギュイエ公爵の王都邸。ニース辺境伯の王都邸は姉の仕切りで仕上げられており、夜会よりガーデンパーティーに重きを置いた屋敷作りをしている。単に、前伯の鍛錬用のスペースを庭に確保しただけという見方もある。
それと比較して、夜会を開くにも十分な規模の館を建てたのがギュイエ公であり、王宮と比較しても遜色のないものであった。
「騎士学校で借り上げたカトリナ用の宿舎の家具も驚いたけど……」
「建物まで含めて、公爵家の格式というものを理解させられたわ」
王宮も王妃様の日常生活の場であれば、そこまで派手派手しくはない。華美を嫌うこともあり、財を見せびらかすような見せ方をしていないからだ。王家の支流・豊かな西部を統治するギュイエ公家は、もう少し王族と血が近ければ『大公』と呼ばれる程の格式であるし、館は先代か先々代が整えたものであろうか、今の王宮より王宮らしさを感じるほどである。
『うっかり倒して割った花瓶で大変なことにならねぇようにな』
この花瓶を壊したら、ポーション何本分だろうかと考えたりする、根が庶民寄りの彼女である。ニース辺境伯家は元は公国、彼女が姉に同行して滞在した居住用スペースは簡素で実用的なモノであったが、お客を迎える為の区画は、法国風ではあるが華やかな場所でもあると聞く。
「ニース家も素敵なのでしょうね」
「壊すと怒られるから、お爺様は別邸に逃げたって話ね」
ただでさえ体が大きく、夜会などが得意でも好きでもないジジマッチョは、王都の華と称された夫人の同伴者として参加しないわけにはいかないのだろうが、美しい式場より草の上の天幕の似合う男である。そもそも、天幕は壊れても繕うか立て直せばよいだけだ。花瓶や皿のように割れない。
「ドレスを着て挨拶したり、立っているのにも慣れなければね」
「ずっとダンスしているわけにはいかないのよね。じっとしているのも、令嬢らしく振舞うのもしんどいわ」
料理を食べるでもなく、一通り挨拶をした後は、こうして会場に目を配るくらいしかすることがない。
「やや、見違えたぞ先ほどは」
「……カトリナ……殿下。今日は主賓でしょう」
「そ、それはわかっている。だがな、少しここで息抜きをさせてくれ」
背後にカミラを連れ、ドレス姿で立つカトリナが現れた。先ほどまでの優美な雰囲気は一転し、どこか騎士っぽい口調と態度である。
「よく来てくれた」
「私たちも渡海するから、練習みたいなものよ」
「ははは、そうだな。私もトレノの宮廷を差配することになるからな。夜会の仕切りなど……カミラに丸投げするつもりだ」
「……そんなわけないでしょうカトリナ様。女主人として、しっかり仕事を覚えていただきます。できるまでです」
キリッとした顔でカトリナを見るカミラ。侍女としてカトリナに付き従い、サボア公国へと同行するのだという。
「まあ、トレノはニースとも割と近い。それに、聖騎士団も設立されて、私も少々楽しみでもあるな」
聖エゼル騎士団は、カトリナの側近も務める事になるのだという。騎士団長になる伯爵令嬢を思い出し、彼女は大変そうだと思いを馳せる。姉とカトリナ、そして、同僚の聖騎士である修道女達をまとめていくのは、相当な苦労となるだろう。
「温泉もあるようなので、是非落ち着いたら訪ねてもらいたい。一緒に入れると良いな」
「連合王国から戻って落ち着いたらでしょうね。先ずは生きて帰らなければならないわね」
「そう言えば、ギュイエ領に連合王国に顔が利く、信用できる商人か貴族はいないかしら。できれば顔を繋いでほしいのだけれど」
知り合い一人いない連合王国において、ギュイエ公領・ボルデュの商人にはネデルや連合王国と神国の間をつなぐ商売をしている者も昔から多いと聞く。
オラン公も、一度ボルデュの辺りに支援者を求め立ち寄る予定と聞いた記憶がある。
「私より父……いや領地のことなら兄が詳しいか。今は王都にいないのでな。こちらに来たときには、紹介できるように兄に伝えておく。私も二人のことは心配なのでな。友として出来得る限りの協力をしよう」
「ありがとう」
「いい奴ね、カトリナは。見直したわ」
「失敬な、私は常に友と王国に対して誠実だぞ。騎士であり公女だからな」
ドレスを着ているのに、どこか騎士のように居住まいを正したカトリナは、確かにどこからみても『誠実な騎士』であった。
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「これはどういうことなのかしら」
彼女は、姉に商会経由で調べてもらった報告書に目を通しながら、目の前に座る姉に問いただすように話を向ける。
内容は、『リンデ宮廷における女性の美の基準』といった内容である。副使とはいえ、王国の女性を代表する立場で赴くことになるのであるから、彼女を始めとするリリアルの女性の装いや化粧などに関して、それなりに整え王国が恥をかかぬよう、配慮しなければならないと考え姉に調査を依頼したのである。
「どうもこうもないよ。その内容の通りなんだってさ。自意識過剰も甚だしいね。キモいってえの」
姉の辛辣さがひと際である。衣装はともかく、化粧の流行に疑問を感じる。当世、連合王国の美女の基準は『自然なもしくは軽く着色した赤毛』『薄い顔色』『赤い頬と唇』を持つ者であるという。
「聞くところによると……女王陛下は、赤毛で顔は白塗り、赤く頬と唇を染めるのがお好きだと聞くわね」
「まあ、どの国でも、女王とか王妃には阿るものなのだよ妹ちゃん。
王国なら、まあ、美人とは言えないよね☆」
王国においては、王家の金髪碧眼もしくは、彼女達姉妹のような白い肌に漆黒の髪を持つ者が美人とされる。帝国や神国においても、黒い髪と白い肌は美女の一つの指標でもある。
「スタイルに触れないのはなんでなんだろうね」
「それは、あちらこちらを絞ったり、膨らませたりしているからどうとでもなるからではないかしら?」
女性は胸、男性は……を膨らめる詰め物をするのが流行っている。また、これでもかとウエストを絞り上げ、腰回りを傘のように膨らませる事もはやりである。
「はいはい、女王陛下は美人ですよーってなもんだね」
「でも、確か……」
姉は無言でうなずく。数年前、病を経て、女王は顔に痘痕ができているはずだ。そして、髪も抜けたとも言う。
「顔は白塗り、髪は鬘をつけているってさ」
「……それで白い肌が美人なのね。本来、割りと活発な性格で、乗馬も嗜むかたであったでしょう」
「幽閉期間が長いから、日焼けはしないだろけどね。でも、母親は貴族と言っても、まあ成上りの類だから、血筋的には大した家の娘じゃないからね。父王も……」
父王の祖父の代に王家となった今の連合王国の王家だが、正直言ってかなり元の王家との血縁は薄い。むしろ、王国の姫の血の方が濃いくらいである。それでも、かなり遡るのだが。
「やれやれだね妹ちゃん。若くて色白の美女が宮廷に現れたら、なにされるか分からないよね」
「大丈夫よ姉さん。少なくとも若い美女が四人、幼い美幼女が一人で行くのだから、視線を集めるの集団になるのでしょうね」
女王陛下がヤバ目の人であることが良く理解できた。彼女は、一段と気を引きしめ準備に取り掛かろうと考えていた。
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