第512話-1  彼女は夜会に誘われる

 ドレスにスリットを入れたものを用意するように仕立て屋には伝えることにした彼女達と渡海組。


「あなたは、魔装ビスチェに魔法袋が付けられるようにした方が良いわよ」


 と伯姪に言われ、小さな魔法袋を転用しようと考えたりする。やはり、内側に縫い付けるなどであろうか。


『お前はすっきりしているから、問題ないよな』

「……失礼ね」


『魔剣』も言っていい事と悪いことがある!!


 茶目栗毛には、魔装のブリガンダインを用意するつもりである。これは、内側に張る鋼板を魔銀鍍金した薄板を用いるもので、魔力量の少ない茶目栗毛の安全性を高めるとともに、彼女の従者としておかしくない装いをさせる意味もある。


 王宮での話の後、連合王国の王宮での様々なイベントを想像し、また、ドレスなどの着用をどうするか考えると憂鬱さが増していく。そのあたり、同行する伯姪と打ち合わせをしているのだ。


「最近、首の周りのひらひらを付けるのが流行っているじゃない?」

「確か……『ラフ』だったかしら」


 最初は法国で流行し始めたと言うが、神国経由で王国・連合王国・帝国の貴族や豊かな商人の間で男女問わず流行り始めているという。細かな装飾を施した布の塊であり、糊で固めたり複雑な形になるように針金で型を付けることもするという。


「女王陛下がお好きみたいね。妖精というより……妖しい精にしか見えないと思うけどね」

「無理やりウエストを絞るのもお好きみたいね。人間離れしているのは中身だけにして頂きたいわ」

「でも、合わせなきゃだよ妹ちゃん!! 社交の基本は相手に合わせることだからね☆」


 彼女の姉には縁遠いと思うのだが、どうだろうか。王国の女性として、彼女たち一行が連合王国に向かうわけだが、王妃様に確認してどのような装いが相応しか相談しておこうと思うのである。


「王宮の意向次第ね」

「王妃様に合わせるのが、王国の貴族としては正しいでしょうね」

「ま、王妃様に合わせておけば、問題ないよね。なんかあっちの女王陛下が言っても、そんな関係ないから!」


 調べたところによると、女王陛下……大概である。


――― 喜ばせると大声で笑う

――― 訳もなくご機嫌になる


「やはり、絶対的な女王は随分と感情表現も自由なのよね」

「どこか、あなたの姉に似ているわ」

「……」


 アイネ姐さんは、リリアルにいても外でもかなり自由である。なお既婚。


――― 怒ると罵り、拳で殴る


「……とても活発な人柄なのね」

「教会を否定すると、こんな人格になるのかしら。まあ、先祖の王たちも大概だし、父王も乱暴者で癇癪持ちだったみたいだから、王家の遺伝かもね」



――― 手掴みで食事をする

――― 唾を吐く


「さすが、蛮族の末裔ね」

「ねぇ。私たちも手掴み強要かしら」

「『帝国に至れば帝国のように、蛮族に至れば蛮族に倣え』……よ」


――― ダンス好き


「やはり活発系なのね」


 女王陛下の好きなダンスというのは、本来、王侯貴族が踊るものではなく、男女が体を寄せる「見世物」に近いダンスなのだが。


 女王陛下は『ガリアード』と呼ばれる飛んだり跳ねたりするダンスを、毎朝七曲・十五分ほど踊るという。これは、『パヴァーヌ』と呼ばれるゆったりとした、ダンスで王侯貴族の嗜みとされたものや、『バスダンス』という、より伝統的で「行儀正しく」「荘厳」「中庸」なものとは一線を画する。


「私はパヴァーヌだけでいいわよね」

「あなたが本気で飛んだり跳ねたりしたら、王宮が崩れるわよ」


 彼女はドラゴンスレイヤーであって、ドラゴンそのものではない、失敬な。


――― 「熊虐め」の見世物が大好き


「……」

「メリッサが聞いたら激怒しそうね」


 魔熊使いのメリッサの従える白い魔熊は、彼女の弟の魂を宿した存在であり、その配下の魔熊・熊も家族同然である。そもそも、凶悪過ぎて、虐めの対象になるのは人間だが。


「とにかく、かなり自由人という印象じゃない」

「女王の皮を被った男なのではないかしらね」


 従順さを求められる王侯貴族の女性だが、自ら君主として足る性格を持たされて育てられたのか、女王となって本性が現れているのかは不明だが、幼い頃に実母を処刑され、姉が王位を継いだ後は一時期幽閉されていたとも聞く。生まれついての性格だけでなく、育ちも影響しているのだろうか。




 結論として、王都の流行と法国の流行の中庸を狙い比較的詳しい姉にその辺りのドレスのデザインを助言してもらう事にした。


「その前に、これをこなさなければね。あなたも、逃げられないわよ」

「……仕方ないわね。私も、今まであまり縁がない事だから、少し心配ではあるのよ」


 彼女も伯姪も、リリアルに籠って生活して来ているので、デビュタント以降、社交らしい社交はあまり行っていない。恐らく、女王陛下も王国の宮廷の様子など知りたがるであろうし、話題にされた時にあまりにも知らないのは会話にならない可能性もある。


「これも仕事のうちよね……」

「……そうね。演習ね!」


 夜会に参加する演習。一先ず、小規模の私的な夜会をいくつかこなすことにする。


「まずはこれね」

「……まずは身内からというわけね」


 最初に選んだ夜会は……ギュイエ公爵家主催の夜会。公女カトリナがサボア公国に嫁ぐ前に、王国内の貴族と顔合わせさせる目的の会である。カトリナもここ一二年は近衛の仕事中心で、夜会には公務で参加する程度になっていたからであろう。


「カトリナなら緊張しなくていいわね」

「逆よ。こちらが冷や冷やするのではないかしら」


 冷や冷やするのは、父親であるギュイエ公爵とそのご家族だろう。



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