第510話-1 彼女は『魔装扇』を手に戦う

 伯姪が剣を幾度か叩き落したり、面でいなしたりしたのであるが、扇にはとくに問題が見られなかった。


 防具としては問題ないのだが、装身具としては無骨であり華やかさに欠けるというのが皆の感想であった。


「もうすこし、畳んだときに軽やかになるような魔装布にして欲しいわね」

「……耐久性と見た目の両立が課題かの」


 少々布が分厚いので、畳んだときに厚みが出てしまうのだ。


「ならさ、広げない扇も作ればいいよ。あるんだよ、そういうナンチャッテな扇もさ」


 姉の言う通り、開かない前提の扇? という物も存在する。


「なんだか、騙りみたいではずかしいのではないかしら」

「なんだそんなこと? なら、二人で一本ずつ持てばいいよ。妹ちゃんは普通の扇、メイちゃんはナンチャッテ扇。どうせ妹ちゃんは短剣術とか得意じゃないし。魔力でゴリ押せばいいじゃない?」


 姉……身も蓋もない言い方である。とは言え王妃様方には見目の良いものをお渡しする必要もある為、糸を細くするか、東洋のように薄紙に魔銀を薄く張り付ける形、若しくは、糸を縫い込む形で行うことになるだろう。


 布に鍍金することもできないので、扇の『天』と呼ばれる外周部分にのみ魔装糸で綴る形にして、親骨の鍍金と天の部分の飾り糸だけ工夫すればなんとなかるのではないかと彼女が提案する。


「開いている時はある程度妥協する……か」

「それも良いね。畳んだときだけ使えるなら、畳めばいいしね!!」


 姉……その場その場の出来心で生きている。老土夫はそれで試作を進めるという。王妃様方には扇面がえらべ、一撃だけでも耐えられる親骨のみ魔銀鍍金対応で問題ないだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「せんせ!!」

「せんせ、お願いします!!」

「……なんだか、やりにくいわね……」


 用心棒のように呼び出される彼女。既に、ダメ出しも終わり、あとは、模擬戦をするだけなのだは、果たして必要なのだろうかという疑問が無いわけではない。


「姉さん」

「何かな妹ちゃん」

「もう、良いのではないかしら。粗方問題点も分かったわけであるのだし」


 周りから「ええぇぇぇ」という声が上がる。


「ほら、二期生三期生は貴方の戦いぶりをあまり目にしていないのよ。この機会に、格の違いってのを判らせてあげたらと思うのよね」

「そうそう、リリアル副伯が王国最強の騎士である事を、生徒たちに知らしめるべきだとお姉ちゃんも思うよ!!」

「……そんなわけないでしょう。最強ではないわよ」


 彼女は「王国最強」などという尊称は、まったく欲していない。知っている範囲であれば、ジジマッチョか王太子殿下が最強に近いだろう。剣技と体力、そして魔力とその操練度。ジジマッチョに未だ及ばない王太子殿下であろうが、早晩、年齢的なモノで逆転してしまうだろうと彼女は考えていた。


「おじいさまと対等に戦うあなたが最強でなくって、誰が最強なのよ!!」

「確かに」

「院長先生を倒す騎士を思い描けませんね……」


 黒目黒髪がぽしょりと声にする。それに乗っかる赤毛娘。


「院長最強伝説!!」

「ミアンの一騎駆け!!」

「タラスクスを一人で攻撃。それも川の上で」

「たった二人で最新の私掠船を奪取!!」


 すまん、確かに、実績だけなら最強っぽいと彼女も渋々認める。


「大体、あなたがいなかったら、女子四人でソレハ城に乗り込まないし、竜に突撃もしていないわよ」

「「「「「確かに」」」」」


 伯姪と一期生が大いに頷く中、二期生三期生が本気で動揺し始める。


「え……」

「そんなことしてたんだ……」

「噂の方が事実より小さいってなんだよ!!」


 噂を信じちゃいけないよ……といったところだろうか。


「では、始めましょうか」

「お手柔らかに」


 彼女の相手をするのは茶目栗毛。騎士の剣も、剣士の剣も、冒険者の剣も、傭兵の剣も、そして……暗殺者の剣も使う男。


 いたずらっぽく剣を掲げ、彼女はそれに合わせるように芝居がかったカーテシーを披露する。


 なにやら、舞台の一場面のような光景である。


 剣を突き出すように構える。茶目栗毛は、組技も得意であるから、ドレスで不用意に近寄るわけにもいかない。


「魔力全開でもいいかしら?」

「……試用試験になりませんよ先生」


 勝ち負けではなく、これはあくまで魔装扇のテスト。負けず嫌いの彼女にとっては、一瞬優先順位が入れ替わっていた事に気が付く。


「参ります!」


 剣を突き出し、追い回すように足を進める。彼女は半円を描くように回避する。リーチに差がある上、追い足は後退するよりも早い。真後ろに下がるのは禁則事項だ。


 扇を逆手に持ち、ダガーのように構える。


 剣の突きを、扇の親骨で魔力を通して払い落とす。手首を斬り落とされるところを、魔装扇でしのいでいる。


「ヘイヘイ!! 逃げてばかりじゃじり貧だよ妹ちゃん!!」

「姉さん、煩い!!」


 ドレスの裾を片手でつまみながら、脚をするすると動かすだけでも難儀なのである。右手逆手で扇を持ち、剣先を躱しながら左手で裾を捌く。


「なんだか、チラリズムを感じるな」

「「「はぁあ!!」」」


 余計な一言を発した青目蒼髪に、一期生女子の氷の視線が突き刺さる。確かに、そういう踊りもあるとは聞くが、院長を尊敬する事大山脈の如しである、一期生女子の前では不用意な発言である。


 彼女は何かに足を取られ、一瞬よろめく。


「「「「!!!!」」」」」


 声にならない悲鳴と、チャンスとばかりに踏み込む茶目栗毛の動きが直線に変わる。


 BaShiii!!!


 魔力を込めた『魔装扇』が、茶目栗毛の胴体に命中し、真後ろに吹っ飛ぶ。攻守逆転……最初から狙っていたのだろう。


 真後ろに吹き飛ばされたものの、綺麗に後方回転して受け身を取った茶目栗毛だが、ゲホゲホとむせているのは腹を強打したからであろう。


「大丈夫かしら?」

「はは、問題ありません。ですが……飛び道具として使われるとは思いませんでした。私の油断です」


 立ち上がった茶目栗毛は、少々所在無さげに彼女に応える。


「姉さんが悪いのよ」

「……はい?」

「た、確かに剣や短剣術は苦手なのだから、決め手はそれ以外にしようって考えたの。だから、私ではなく、姉さんが悪いのよ」


 そう言われればそうかもしれない。


「ありゃりゃ、私、どれだけ妹ちゃんの中で悪役なのかな?」

「師匠は、勇者を倒す『魔王』って感じの悪役です。主役的悪役!!」


 赤毛娘の解説に姉もまんざらではないようである。つまり、主役扱いなら悪役でも構わない人である。


「でも、他に手があるなら、扇を魔力を込めて叩き込むという手は、悪くないね。少なくとも、騎士のニ三人はまとめて吹き飛ぶみたいだし」

「頭なら、砕け飛んだ勢い」

「「「確かに」」」


 身体強化をしていた茶目栗毛ですら、大いに吹き飛ばされているのである。これが、並の衛兵や魔力を込めていない近衛騎士辺りであれば……体がへし折れているかもしれない。


「そ、そんなに魔力込めていないわよ」

「……本当に?」

「…ごめんなさい、本気で込めました……」


 魔装胴衣を着こんだ身体強化済みの茶目栗毛が激しく吹き飛ぶのだから、相応に魔力が込められなければ意味がない。


「魔石を扇の要の部分にあしらって、爆発するようにしようかの」

「……落として起爆すると困るから、魔力を込めない状態にして貰わないと危なくて持ち歩けないわね」

「「……」」


 即賛成しようとしていた姉も、流石に反省したようである。


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