第509話-2 彼女は『魔装扇』を手にする
「というわけで、そうと決まれば模擬戦でしょう」
「……何がそうと決まればなのかしら」
「実際、剣をこれで受止めたり、払ったりできるのか試しておく必要はありそうよね」
「儂らも一応使ってみたが、良く解らんからな」
団扇も扇も女性の装身具であろうから、確かに老土夫の言い分は正しいだろう。魔力の通りは確認したが、実際装身具兼護身具になるかというと、使って見なければわからない。
「お手伝いしましょう」
「ええ。お願いするわ」
その場にいた灰目藍髪と、誰かが茶目栗毛を呼ぶ声が聞こえる。帯剣した相手をいなすのが精々であるとするのなら、剣を上手に使う二人に相手をして貰うのが良いだろうという考えだ。
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魔力壁を複数出せる彼女にとって、『魔装扇』はさほど有効な装備ではないのだが、例えば夜会の場など人目がある場所で手の内を敵に見せるのは歓迎できない。
「あくまでも魔導具の力と思わせた方が、選択肢が増えるじゃない?」
「見た目も悪くないでしょうし、王妃様がもたれてもおかしくない程度に仕上げれば、なおよしね」
「もっちろんそのつもりだよ!! まあ、余り大々的には広めないけど、カトリナちゃんや王女様には持ってもらいたいからね!!」
キナ臭い周辺の状況からしても、殿下方のみに危険が及ばないとも限らない。ドレス姿で胴回りは魔装ビスチェなどで守る事ができたとしても、剣や槍を防ぎ、攻勢に出る事ができる護身具も必要だろう。
「実際、どうだったの?」
「ま、片手剣なら畳んである状態で弾き返せるのぉ。広げてあると、ちと不安かもしれん。畳めば短剣、広げればバックラーのような感じではある」
実際は、柄も鍔の無い扇なので、短剣以下なのだろうが、扇で剣を弾かれれば、不意を突けない事もない。
「突きが強烈なのよね」
「決まればな。まあ、お前さんたちならできん事もない」
どうやら、姉は一足早く試してみているようである。なにやら、怪しいシャドーな動きを繰り返している。摺り足からの一足飛びの吶喊を決めたことでも思い出したようである。
「なるほどね。刺突を扇でするわけね」
「ドレスでしょ……」
「まあ、ほら、背に腹は代えられないから……仕方ないわよ」
貴族としての体面と命、どっちが大事なの!! というところだろうか。
わざわざ、足回りの隠れる丈のドレスに着替えた彼女と伯姪。そして、右手には魔装扇、そして魔装手袋を嵌める。
「これも、すこしレイシーなものとかが良いのかしら」
「誰が編むのよ……お願いできればいいのだけれど」
レース編みを魔装糸で仕上げるのはとても大変だろう。孤児院で内職に出せば仕上げてもらえるのだろうか。織物よりも編み物の方が傷みやすいので、あまり無理を言いたくはない。
中庭に集まるリリアル生達。あまり模擬戦をしたがらない彼女と、いつも参加の伯姪が珍しく揃うという事で、手すきの者が出揃っている。
「扇だ……」
「え、本当の本当の扇?」
三期生の女の子たちから声が上がる。扇を知っているのは、貴族の使用人に化ける為の教育の賜物かもしれない。
「さあ、始めましょう。最初は私ね」
「お相手します」
伯姪の相手は灰目藍髪。剣士としての腕は伯姪の方が格段に上だが、体格やリーチは背の高い灰目藍髪が有利である。まして、『扇』と『片手曲剣』の組合せである。
剣を打ち掛かるように肩に構え、やや前傾の姿勢を取る灰目藍髪。強襲、それも力任せの一撃を繰り出すように見える。
『マジかよ……』
「これで、扇が断ち切られれば、大怪我ではないかしら」
斬り合いで簡単に斬り落とされるのであれば、実戦では怖くて使えないと判断するだろう。そのくらいのつもりで、この場で試用するということなのだ。
「いやぁ!!」
踏み込んで、一気に剣を振り下ろし胴を斜めに斬り下ろそうと剣を打ち下ろす。
GINN!!
その剣を迎え撃つように、下から扇で剣先を跳ね上げる伯姪。まるで、金属の塊を叩いたような音が響き渡る。
「……問題ないわね」
「そりゃそうじゃろ? 魔銀鍍金した鋼鉄の板だからな。魔力を纏わない普通の剣なら、傷一つ付かんよ」
魔銀鍍金を施した鉄の板で『親骨』と呼ばれる左右の一番太い骨を造ったのであるから、強度的には魔銀の短剣程度は出ていると言えるのだと、老土夫は改めて誇るのである。
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