第510話-2 彼女は『魔装扇』を手に戦う

 連合王国に向かう際に、ドレスでも持ち込める護身武器を考えるべきかと、魔装扇の剣以外にも彼女は考えようと思い始めた。


『騎士じゃなく、貴婦人の格好で立ち回らなきゃだからな』

「そうなのよ。考えて欲しいわね」


 ドレスの下に着用する物から考える必要もあるかも知れない。また、魔装縄を活用した装身具なども用意できるかもしれない。連合王国に僅か六人……王弟殿下たちはともかく、リリアルメンバー六人で数か月活動するのであるから、相応の装備を整える必要があるだろう。


『賢者学院もうさんくせぇしな』

「それだけではないでしょう。修道騎士団の残党がどの程度あの国に入り込み王国をつけ狙っているのか……」


 百年戦争の影に、それが存在しなかったとは思えない。とは言え、今の女王の父親の代に、連合王国は国内土地資産の四割を所有していた教会・修道院に対して、かなりのことをした。修道院を認めず、廃止した修道院の財産は王の資産とした。


 その過程で、教皇庁と対立し『国教会』制度を立ち上げるに至る。と考えれば、修道院勢力を弾圧したのは既に修道騎士団の勢力も利用するほどの力を失ったか、あるいは……


『北王国に協力している……か』


『魔剣』の指摘するように、北王国は「御神子信徒」の国であり、王国とも連合王国を挟んで交流がある国である。今は、先代女王が連合王国に捉えられ、連合王国に協力し反乱を起こした貴族と連合王国の女王が後見人となり、僅か一歳の男児が王位を継いでいる。


 これは、王子の祖父が、連合王国の女王の父王の姉の息子であったことによる。つまり、王子の祖父と連合王国の女王は従兄妹であった。


 連合王国と北王国は長年戦っている。連合王国の侵略によってだ。


「連合王国に向かった私たちが、不幸な事故で死ぬ」

『すると、連合王国と王国が戦争を始める事になる。神国も北王国も嬉しいだろうな』


 その仕掛けをする、修道騎士団の残党がいてもおかしくはない。御神子教徒を国内で弾圧する女王においても、神国と面と向かって今戦争をするつもりはない。あれば、ネデルの原神子教徒の反乱に、表立って手を差し伸べるはずなのだが、オラン公に対して連合王国は助ける素振りすら見せなかった。


「神国と連合王国が揉めなければ、王国と揉めさせればいいじゃないとでも考えているのかしらね。迷惑な話だわ」


 国家に友人無しとはいうものの、国王同士が従弟や又従兄であることもめずらすくない国同士においてでさえ、むしろ、血が近いほど「お前の物は俺の物」という心理が働くのだろう。


 王国が他国から王妃を娶らない近年の政策は、この辺りも考慮していると言える。王妃についてくる近侍は、その国の重臣の子弟であることも少なくない。あえて、王国内に招き入れたい存在ではない。


「そう考えると、王弟殿下が女王の王配に受け入れられるという事は……」

『ありえねぇだろうな。そもそも、いまの連合王国の女王ってのは、アレだろ』


 さっさと結婚しろと議会で言われた際にも、平然と「私は既に国と結婚している」と反論したとか。実際の心情としてはそうではないだろうが、とても男性的なモノの考え方をすると推測される。


 王国の腑抜けた王弟殿下程度なら、飼殺すにはちょうど良いだろうが王国の影響が国内、とくに御神子信徒に与する事があっても困る。また、王国・御神子信徒に良い顔をすれば、今の支持母体である原神子信徒の貴族・都市の支配層との関係が悪くなるだろう。


「物見遊山ではないのだけれど、王弟殿下も脈の無い女王陛下に会う為わざわざ渡海するのは大変ね」

『いい年した王弟殿下に、嫁も国内では見つからねぇしな』


 察したギュイエ公は、さっさとカトリナをサボア大公の后妃にしてしまった。年若く周囲に人を得ない大公殿下だが、血筋は悪くない。なにより、カトリナが男児を産めば間違いなく「聖王国王位」を継承することになるのだし、聖王国は女王も認めているので、女児であっても王位は継承できる。


 そういう意味では、あまり王都に長居させ、王弟殿下の目に留まらせたく無かった故に、王妃付きの近衛や騎士学校への入校を許したのだろう。例え王の弟と言えども、王妃様にあうことは公式の場以外でありえないであろうし、王妃様の許可なくカトリナに声を掛ける事も許されない。


 王弟殿下に思うところのある王妃様としては、カトリナを守る姿勢を取るのは明白である。


『当馬も大変だよな』

「本当に。まともな貴族の娘なら、婚期を大いに逃す事になるのですもの」


 王弟殿下の『婚約者候補』である彼女の立場も面倒なのだが、これは公務のようなもの。たとえ王国副元帥リリアル副伯といえども、王が主催する夜会などに参加する際、リリアルの騎士にエスコートさせるわけにもいかない。


 身分的に釣り合う者がほとんどいないのだから、会に参加するために王弟殿下がお相手するしかないというのもある。


「参加しないでもいいわよね本来は」

『リリアルに社交は必要ないかもしれねぇが、あんまり顔を見せないと、この先王の周りの貴族どもが良く言わねぇだろうな』


 夜会に参加するというのは、牽制の意味もある。脚を向けなければ、貴族の中において余計な事を言われる可能性が高まるからだ。爵位が上がり、王都に館を与えられるのであるから、この先さらにその問題は多くなるだろうと彼女は考えていた。

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