第503話-1 彼女は森の奥へと進む
「お、ゴブリンの足跡とぉ……この大きい犬の足跡は……」
「魔狼かな多分」
前衛を務める赤毛娘ははりきって捜索中。その周囲を弓を持ち警戒しつつ側面を動いていく赤目銀髪。とはいえ、彼女の魔力走査にも小さな魔力の集まりがいくつか見て取れている。
「先生……」
「確認できたなら、範囲を絞って密度を上げてみてはどうかしら?」
黒目黒髪も彼女と同じ魔力走査をしたようだが、密度が荒く、凡その距離と方向しか掴めなかったようである。方向を絞り、狭い範囲に送り込む魔力を集中すると、いるかいないかではなく、距離と数がより明確になる。
見つけたなら、精度を上げるという方向で、走査を切り替えるのだ。
「前方にゴブリンの群れ。数は八……いや九」
同じタイミングで、赤目銀髪も視認したようだ。
「結構います」
「でもゴブリン並盛でしょ?」
「久しぶりにゴブリンを狩ろうか」
討伐する方向で盛り上がり始める前衛・遊撃組だが、彼女はそれを保留するようにと告げる。
「気配を隠蔽し、巣穴を確認する事を優先にしましょう」
「何でですか!!」
「一網打尽にするには、警戒させないように一気に討伐した方が良い」
赤毛娘の反論を赤目銀髪が窘める。
「いまさら、あなた達がゴブリン討伐をしても経験にならないでしょう。今、力を確認したい子達がいるから、その子達に優先的に討伐をさせたいということよ」
そこにいる全員が腑に落ちた。三期生の年長組四人の訓練度合いが今一つ確認できないのである。剣を打ち合わせてもそれなりではあるが、どこか手加減しているように思えないでもない。
「あの四人を一つの班にして、二期生の六人を三人ずつで一班にして年長者を一人ずつ加えての四人で一班を二組作ろうと思うの」
十二人を基本メンバーとし、三班でゴブリンの討伐を進めるということになる。
「一期生のバックアップを二人一組で、三班にそれぞれつける事にするわ」
「なるほど、それなら安心です」
今日の討伐が一旦保留になりそうなので、嬉しそうな黒目黒髪。
全員が気配隠蔽を行い、そのままゴブリンの小集団を擦り抜け、奥の洞窟迄一気に前進する。
「足跡の数が多いとは思ったけれど」
「……なんか変なの混ざってますね……」
「赤頭巾」
洞窟の前には、人間とは思えない醜悪な姿の『赤頭巾』を被った背の低い老人の如き皺だらけの存在が佇んでいた。鋭い鈎爪その手には片手斧を持ち、鉄の長靴を履いている。
こちらの様子に気が付いているようであり、その目は彼女たちの方に向いている。
「まずは、ゴブリンを先に討伐しましょう。赤いのは警戒しつつ後回しで」
「行くわよ!!」
「「おお!!」」
「え、え、なんで!!」
赤毛娘と伯姪が洞窟に向け突進、黒目黒髪は彼女の背後に回り周囲を警戒する。茶目栗毛は気配を消して洞窟に戻るゴブリンを足止めし駆除するつもりだろう。
『おい。ありゃ、精霊だぞ』
『魔剣』は「赤頭巾」について彼女に指摘する。見た目が醜悪な精霊というものも存在する。悪戯好きで可愛らしい精霊と、人間に対して憎悪を持つ精霊。ゴブリンやコボルドのように、後天的に悪霊によりノームが変化したものは実体もあり獣同様に狩り取ることができるが、最初から悪意を持つ存在が顕在化し精霊となった場合、中位から高位のアンデッドの並の危険度となる。
「あれは、どの程度かしら」
『ワイトくらいだな』
「問題ないわね」
『ゴブリンと大差ない。お前らならな』
『レッド・キャップ』と呼ばれる「連合王国」の悪い精霊が存在すると、『魔剣』が付け加える。つまり、自分たちに似た醜悪な精霊にゴブリンは指導監督され、強力な戦力になる……つもりだったのだろう。
『お前らのせいだな』
「私たちのせいね」
ゴブリンに喰われる冒険者や騎士が激減し、「魔力持ち」の脳を喰ってその能力を吸収するというゴブリン強化案を王国に敵対する勢力が仕掛けたと彼女は考えていた。
リリアルの活動、王都周辺の騎士団の戦力強化により、ゴブリンがそうそう簡単に強化できる環境ではなくなってしまった。結果、次善の策として精霊による疑似的ゴブリンの群れ強化に進んだのだろう。
ところが、ワスティンの森の探索はリリアル以外ほぼ実行していないのが最近の傾向。結果として、一人前になりたて冒険者辺りを狙ったのだろうが、天敵と鉢合わせした……というところだろう。
人間なら相手を見て撤退するだろうが、精霊やゴブリンにその様な知恵はない。
むしろ、ようやく現れた人間が、若い女ばかりということで、ヤル気に満ちていると言えるだろう。
「二人の背後をカバーするから、付いてきなさい」
「は、はい!!」
黒目黒髪、今日はウイングド・スピア風、魔銀鍍金製ベーメンの耳かきである。
前衛二人に集ってくるゴブリンに囲まれないよう、背後に回り込むゴブリンを久しぶりの『バルディッシュ』で薙ぎ払う。
Gaoo!!
「こ、こないでぇ!!」
魔力マシマシの魔銀鍍金製スピアで叩き伏せられるゴブリン。黒目黒髪もすっかり背が伸びて彼女と変わらない背丈になったものの、怖いものは怖く、キモいものはキモいらしい。とはいえ、素早く突き出したスピアヘッドに次々とゴブリンが頭蓋を砕かれ打ち倒されていくのを見るに、恐怖で腕が鈍るわけではなく、これは性格なのだろう。
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