第502話-1 彼女は領地の森へ向かう

「ワスティンの森にレッツゴー!!」

「そんなにさわがないでよぉ」


 魔装二輪馬車を改修した『戦車』の試乗ついでに、ワスティンへと向かう彼女である。馭者は黒目黒髪、背後の射撃台にいるのは赤毛娘。

馬で、茶目栗毛を同行させる。


「これ、中々いいわね」

「俺が馭者かよ」

「いいから黙って運転する」


 二台目は馭者癖毛に伯姪、射撃台にいるのは赤目銀髪である。




 ワスティンの森の入口まで、王都から60㎞、リリアルから40㎞強離れている。魔装馬車なら二時間ほど、一般的な馬車なら半日はかかる。


 それ故、王都の冒険者でわざわざワスティンまで足を向ける冒険者はほとんどいない。少なくとも何日かはワスティンでの野営が必須であり、徒歩なら片道三日程度はみなければならない。わざわざ馬車を借りるような依頼はない。


 結果として、放置され魔物も集まって増えているという事なのだろう。王都周辺の魔物が減り、ワスティンの魔物は増加していると考えられる。


「魔装荷馬車なら、多少速度を出してもリリアルだからで誤魔化せるかしらね」

「は、はい。たぶん……大丈夫です!」


 黒目黒髪もうすぐ十五歳となる。魔力も一段と増え、操作に関しても屈指のレベルまで達しているのだが、気が弱い性格は変わらない。今も、必死に馭者を務めている。


 馬車の速度が速いと、道なりに上手にカーブさせることが難しい。左右の馬の動きを変えさせ、速度差を利用しつつ馬車を操っていく。これは、右手と左手で通す魔力量を変え、左右の速度差を生み出しているのだ。


 右に曲がるときは右側を遅くし、左側に曲がるときは左を遅くする。真直ぐ走らせる事は誰にでもできるのだが、高速で馬車を移動させながらうまく車体を曲がらせるのは難しい。二輪馬車ですらなのだから、四輪はさらに難易度が上がる。


 そう考えると、遠征で馭者役を任せたメンバーは、魔力量はともかく操作はかなりのレベルに達していると考えてよいだろう。


 因みに、彼女の想定では、送迎用魔装馬車の移動速度は時間当たり15㎞程度にしようと考えている。それでも、一般的な馬車の倍ほどの速度であり、乗り心地は相当に良いので疲れも段違いに軽いだろう。


「魔装馬車なら、昼過ぎには王都からワスティン迄つきますね。そこで夕方まで討伐して、朝一で王都に戻るとかですよね」

「一泊だけでなく、もう一日くらいは泊って欲しいわね」

「じゃあ、二泊三日。それなら、採取も討伐もある程度できそう!」


 背後の馭者台改め『射撃台』にいる赤毛娘が、風をはらみながら楽しそうに客室の彼女に話しかける。黒目黒髪の必死さとは対照的に楽しそうである。とはいえ、黒目黒髪は後衛・防御担当なので、馬車の操作は習熟してもらいたい。


 ゆくゆくは魔導船の操舵手兼機関長となるだろう。乗り物の操作には慣れてもらいたい。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 二時間ほどでワスティンに到着。飼葉と回復ポーション入りの水を桶に入れ馬に与える。人間の休憩は、少々先になる。


「この辺りでいいかしらね」

「街道から少し入った場所で直線と並行の位置。ここなら目立たないのでいい」


 野営経験豊富な赤目銀髪も問題なしと判断。街道から50m程奥に入ったワスティンの森の入口の草原。周りにはまばらに木が生えているが、見通しはそれほど悪くない。


 中に、工房・宿舎・見張台・薬草畑、厩舎などを接土する事を考えると一周200m程度、つまり50m四方程度のスペースがあってもいいだろう。


「あー 工房を二階建てにして、屋上部分に見張台を設置すればわざわざ見張台が無くても問題ないんじゃない?」


 癖毛曰く、一階を工房、二階を居室と客室にするのはどうかという提案である。


「ならさ、野営用の仮小屋も厩の上にすればどう?」

「それだと馬が落ち着かない。するなら、馬車置場程度」


 なので、リリアル冒険者用の宿舎を馬車置き場の上、一般冒険者は馬車置き場の横、リリアル宿舎の下に設置することにする。救護所なども二階に設置することを検討する。いざとなれば、馬車を引き出してスペースを拡大することも可能だろう。


「見張台は、外からも登れる階段があった方が良いよね」

「まあ、襲撃演習地としても使えるかもしれないわね」

「物騒だなおい。けど、実際物騒な仕事もあるしな」


 リリアル一期生は彼女と共に討伐依頼をこなしてきた。二期生三期生はそれだけの経験を同じ年数で熟す事は恐らくできない。それに、彼女の視界に全てを収める事も出来なくなってくるだろうとは考えていた。


 実戦を経験させる以前に、演習地で経験を積むという選択肢もこれからは大切になって来るだろう。その場所として、このワスティン野営地は良いものかもしれない。





 昼休憩に入る前に、外構の工事だけでも済ませる事にする。縄を引っ張り50m四方に張る。癖毛が土魔術で壕を掘り、土塁を積みあげる為の目安の為にだ。


 壕の深さは3m、幅も同様。その土を奥行1m、高さ3m程に成形させる。さらに、巡回用に高さ1.5mの歩廊を1m幅で築かせる。


「壁と壕を形成したら、『adamanteus』までお願いね」

「もちろんだ。それと、壁の上に土槍はどのくらいの規模で展開する?」


 土塁の上に土槍を設ける必要はあまりないだろう。相手は攻城用の梯子や装備を持つわけではない。


「必要ないと思うので、とりあえずは無しにしましょう」


 土槍に掴まり、這いのぼるオークなどがいないとも限らない。剣や槍を振るうのにも妨げになるだろう。歩廊と土壁の高さの差が1.5mほどなので、それで十分ではないだろうか。


terracarcer

「「「おおお!!」」」


 癖毛の土魔術の展開。50mの長さに深さ3mの壕があっという間に形成される。そして……


土壁barbacane


 3mの高さの土壁が形成される。そして、その背後に1.5mの歩廊。

繰り返す事四度……の前に、ひとつづつに『adamanteus』の呪文を施し硬化させていく。



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