第501話-2 彼女はギルマスに説明する
ギルマスとは、野営ができ濃黒から薄黄にあがる見込みのある冒険者を選んで紹介してもらうようにした。馬車が出るのは火曜・木曜・土曜の朝の三時課の鐘に南門で集合し、昼過ぎにワスティンに到着する。周辺で魔物の討伐を行い、野営を経験する。翌朝一時課の鐘で出発し、昼前に王都に戻る。その時には、リリアルの野営地の薬草園で採取した薬草をギルドに持ち込み依頼終了とする。
このような流れで、討伐を頑張りたいパーティーは二日三日と野営を行ってワスティンで粘るのが良いとも。まずは、討伐・野営の経験を積み、薄黄に昇格していこう、護衛として活動できるようになるという目標設定を提案した。
ギルマスは「冒険者学校みたいだ」と感心していたのだが、冒険者ギルドを監修する組織があれば、こうした試みはありえただろう。
正規の衛兵が守るのは街の中だけ。また、騎士団も自分の仕える貴族や王族の警護が主任務だ。戦時は傭兵にもなる可能性のある冒険者の育成に誰が力を入れなければならなかったのかは明白だろう。
とはいえ、帰属意識の低い冒険者に期待する気持ちにならないという理由も理解できる。今後は、中等孤児院卒の冒険者志望も増えるだろうから、受け皿として、ワスティンの鍛錬場の存在は大いに高まるだろう。
ギルドお奨めの馴染みの武具屋。彼女は、久しぶりに顔を出す事にした。
「ご無沙汰しております」
「おお、これはリリアル閣下」
「アリーでお願いします」
「では、アリーさん。ご活躍は耳にしております。ですが、今日はどのようなご用件で……」
既にリリアルは老土夫の工房で自前の武具を調達しており、一期生が駆け出しであった頃のように、王都の冒険者ギルド御用達の武具屋で装備を整えることがない。故に、馴染みの店員は何の用であろうかと問うているのである。
「実は、ワスティンの森を拝領しました」
「……それは……リリアルなら討伐もかなうかもしれませんね」
王都とローヌ川を運河で結ぶ計画は、王都の商人の間でも話題になっている。いまは旧都から陸路運んでいるギュイエや神国産の物資が、そのまま船で王都まで運び込めるようになると、商売の在り方も変化する。
「ワスティンが安全にならなければ、運河の工事も支障が出るでしょうから」
ローヌ川に近い場所の掘削は進んでいるが、奥に進むには魔物の討伐を並行させねばならない。領主には難しく、騎士団は深い森に長期間滞在するわけにいかない。冒険者は依頼が無いので入る意味が無いという事で長らく放置されているのである。
彼女は、新人冒険者のステップアップの場としてリリアル主催の安全な野営地の提供と、簡単な討伐・採取依頼、そして、リリアルの新人研修の拠点を建設し、その後、ワスティン内の廃城塞を改築し町を建設する計画を簡単に説明する。
「なるほど。そこで、新人の装備にアドバイスをしたいと」
「はい。最近の装備としては……」
人気なのは街でも携帯に難のない片刃のショートソード。ワルーンやハンター・ソードと呼ばれる彼女達も冒険者用に調達したものが多い。
「中古も豊富です。最近は、ネデルで戦争があったでしょう? その放出品というか……要は戦場で拾った剣ですね。一応、大きなヒビ・欠けの無い物を選んでいます」
確かに、彼女の駆け出しのころに樽に刺さっていた中古剣の品ぞろえとかなり変わっている気がする。作りは雑だが、新しいものが多い。
「これとかお勧めですね」
「なんでしょうか。素朴な剣ですね」
一枚の鋼の板を折り曲げ、砥ぎ出した剣。「ベーメンソード」とは帝国の東にあるベーメン王国の剣だという。実際は、その地域で徴兵された農民兵に与える粗雑な剣らしい。
「鋼は良いですよ。ベーメンは鉱山も多いですし、金属加工も優れた職人が少なくありません」
現代のサクスというところだろう。
「それで、お願いがあるのですが……」
「はい、出来得ることなら協力させていただきます」
彼女は冒険者ギルドで提案したことをここでも説明する事にした。
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薄黒・濃黒の冒険者というのは、半人前であり自意識過剰な存在である事が少なくない。経験を積んで、自分は一人前だと錯覚する年頃である。成人を迎えていれば、昇格し一人前の扱いを受け、ひと稼ぎしたいとそれなりの夢と希望を持っている年ごろだろう。
とはいえ、護衛や討伐の依頼を受ける事が無い故に、最低限の装備で依頼を受けている場合が多い。貴族や裕福な子供、親が一人前の冒険者として活動したことがあるものでもない限り、普段着に木の靴か布の靴、剣は持たずダガーかナイフで活動しているはずだ。
冒険者証があれば、帯剣の許可が下りるのであるが、剣は相応に高い。素材採取程度の収入で賄えるはずがないのだ。
そこで、ギルドにはお願いをしてある。リリアルの依頼を受けることができると判断した駆出し冒険者の装備を見て、革の手袋、革の長靴、片手剣を装備していない者には、お勧めの武具屋に行き、装備を「借り受ける」ようにである。
その代わり、何度か依頼を受ければ、その分の収入が手に入るように依頼料と素材の売却をできるようリリアル側で調整するということである。冒険者証を提示して、ギルマスの名前で借り受けるのであるから、持ち逃げすれば当然、冒険者としては試合終了である。
駆出しには駆出しなりに必要な装備がある。街を歩くような靴でワスティンを歩くことは出来ないし、短剣と素手で倒せるほどゴブリンは弱くない。実際、石の斧や錆びた剣で襲いかかってくる小鬼の集団は正直恐ろしく感じるはずである。
装備がおろそかであり、足回りもいい加減で歩くのにも疲れている状態でゴブリンに遭遇すれば、死ぬのは小鬼はなく冒険者である。
言葉で説明しても、実際死ぬ間際でなければ理解することができないのが駆出し冒険者なのだ。
故に、彼女がギルマスと武具屋に手を回し、装備を整える気が無い者は依頼を受けさせないし、受けたからには対価をしっかり支払い、その上で道具を使いこなす事を求める事にしたのだ。
リリアルに戻り、伯姪にギルドのと打ち合わせ内容について報告をし、リリアル生の装備の更新も検討しなければという話になる。
「個別には採取用のダガーだけ揃えればいいんじゃない。リリアルの紋章と名前を入れる仕様で」
以前に話をしていたダガーの用意は既に進めている。彫金を魔術で仕上げるので、割りと容易に仕上がっているという。
「あとは、フレイルとか?」
「七歳児にフレイルは振れないわよ」
洒落ではない。二期生と三期生年長組にはショートスピア、年少組にはショートスタッフで、石突を金属で補強したものを用意することにする。これは、個人ではなく、遠征メンバーによる使い回しとなる。
「七歳児だと、ハーフスタッフでも大人のロングスタッフ並ね」
「反撃して倒せるなんて思っていないもの。棒で叩いたり、突いたりして距離を取るための装備よ」
「なるほどね。スピアもそうなのね」
「冒険者登録するまでは、個人の装備はスタッフかスピアにするつもり。どの道、剣は振れないもの」
身の丈に合わない装備は百害あって一利なしである。
「その代わり、革の長靴、革の手袋、革の頭巾、ハーフマントに革の胸当ては一人ずつ用意するわよ」
「防具は大切よね。最初は危険なことはないだろうけれど、装備した状態の探索に慣れないとリリアルとしては危険よね」
三期生は特に魔力の無い者が半分いる。魔装で斬り抜けられない者が半分という事だ。防具をきちんと身に着け活動することに慣れなければ、いつか自分の命、仲間の命を危険にさらす事になる。
なにより、同行するギルドの駆出し冒険者に舐められないようにしっかり装備は整えたい。
『まあ、防具を身に付けりゃ、いっちょ前の冒険者風に見えるぜ』
武器を振り回す素人は多いが、しっかりと装備を固めた素人というのはあまり聞いたことが無い。そういうことである。
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