第六部 副伯アリエル 

第500話-1 彼女は学院生に説明する

 彼女の陞爵が決まり、リリアル学院内でのお祝いも済んだ翌日、食堂に集められたリリアル生全員を前に、彼女は『ワスティンの森』がリリアル領となることを報告した。


「ワスティンの森来たぁ!!」

「オーガか、オークか、ゴブリンチャンプかぁ!!」

「これで、冒険者登録しても簡単に昇格できそうなのです!!」


 リリアル生に、副伯への陞爵の話と共に、いくつかの村の代官となること、ワスティンの森を領地として与えられ、魔物の駆除や開拓を行う事になるだろうという事を伝える。


「いつも行くと何かが巣食っている洞窟とか、埋めちゃうべきだよね」

「いや、そこに行けば魔物が狩れると分かっている方が良い。探すのに森の中延々と徘徊したいなら別だが」

「それは嫌だな」

「でも、森の中散歩するのも楽しそう!!」


 ワスティンの森を良く知る冒険者組を筆頭に、一期生は割と盛り上がっている。二期生三期生はわけもわからず黙って聞いているのだが、魔物が沢山棲んでいるというのは、あまりうれしくないだろう。


「でも、リリアルの中で同じことを繰り返すのも飽きるでしょ?」

「週一で野営って、雨降ったら辛そうだな」

「リリアルの狼テントなら、雨の日でも安心じゃない?」

「その辺りは、小屋くらい作るだろ。土魔術でホイッて感じでさ」


 夜は魔装調理板でバーベキューとか……楽しそうである。




――― ワスティンの野営地『仮称:リリアルの修練場』


 名前ばかりは勇ましいが、駈出し冒険者が安全かつ効率よく依頼を熟す事で、王国内で冒険者が育ちにくくなっている現状に一石を投じられるならば良いという高尚な建前の下、ワスティンの森という王都圏に残された禁足地の如き場所を、リリアル単独でどうにかしようという流れを抑える為の方便でもある。


『仕事してる風ってのは大事だよな』


『魔剣』も宮仕えど真中の宮廷魔術師経験者である。騎士や男爵のような実働部隊ならともかく、爵位が上がるにつれ、周囲の目というものを特に気にしなければならない。


 王家としては「難易度の高いワスティンの森を領地として敢えてリリアル副伯領とした。これは褒美であって褒美ではない」と言外に周囲に対して言いたいのであろう。


 文句があるなら、お前が変われと言われて誰も引き受けない物件を与えたという事である。リリアルを守るための方便であり、どんどん開発を進める必要はない。


 仮に、伯爵に陞爵するならば、次は今少し治めやすいシャンパー伯領の一部をリリアル伯領へと移す事になるだろう。ワスティンに隣接するのはシャンパー伯領だが、ここは歴史ある都市が少なくない。経済的にも安定している分、先にリリアルに与えれば、王家の差配に不満を持つ者も現れるだろう。


 この辺りは、彼女の祖母の推測が相当に入っているが、彼女自身も当たらずとも遠からずと理解している。恐ろしいのは貴族の嫉妬心である。




「修練場に工房を……ですか」

『はい。ここで場所をお借りするのも一考すべきかと思いまして』


 シャリブルと老土夫・癖毛が同じ工房で活動することは、それなりに馴染んできたと考えていたのだが、何か問題でもあるのだろうか。シャリブルの申し出は、ワスティンの野営地に自身の工房を構えるという案である。


『私自身、魔力をさほど使いませんので、こちらで頻繁に魔力をライア=イリス殿から分け与えてもらう必要もありません』


 睡眠も必要なく、太陽の下で活動できないというわけではない不死者であるノイン・テーターのシャリブルは野営地に人がいなければ工房を夜中も続け、いれば、夜間の警戒を一手に引き受けることも問題ないという。


『創作の刺激を受ける事は間違いないのですが、ずっと一緒にいるというのは職人同士、上手くいかなくなるきっかけにもなりかねません』


 一つの台所に二人の主婦はいらないとも言う。職人が親方と職人と徒弟というピラミッド社会である事を考えると、シャリブルは老土夫の工房にいつまでも間借りするのはお互いにとって良くないという事なのだろう。


「わかりました。ですが、無理をなさらないでください」

『はは、不死者ですからね。無理して困る事はありませんよ』


 実際、弓銃から魔装銃職人に転換する技術を習得すれば、もっと言えば、発射機・銃身を外部から購入、癖毛が魔銀鍍金加工したのち、シャリブルにその銃を渡す事で、問題なく最終加工ができることになる。


『簡単な武具の修理も受けるようにします。そうすれば、訪れる冒険者の方達にも利があるでしょう』


 野営地の管理・防衛、訪れる冒険者のフォローと最適の人材だろう。


 野営地には冒険者用の野営施設のほか、シャリブルの使用する工房兼住居の施工も行う事になった。管理人さんシャリブルである。

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