第500話-2 彼女は学院生に説明する

『……僕もシャリブルと共にその地へ行こうと思うのだが』

「駄目よ。あんた、負けが込んで逃げ出す気でしょう」

『そ、そんな事はないぞ!!』

「いいのよ、そんなに隠さなくても。もう少し手加減するようにみんなに言い聞かせるから」

『な、馬鹿にするなぁ!!』


 ガルム師範代ならぬ稽古台がシャリブルとワスティンの野営地に向かいたいというのだが、ガルムは割と魔力を消費する行動パターンが多い。即ち、『アルラウネ』が近くにいる状態でないと、塵になりかねない。


「では、こうしましょう」

『……ぼ、僕の決意は固い……』

「みんな! ガルム君をあんまり虐めちゃだめだぞ!!」


 なぜか姉が乱入。たぶん、一番手加減していないのはお前だ!! とリリアル生から多くの視線が突き刺さるが、全然気にしない。


「確かに、ガルム君は家柄だけの騎士だけどさ」


 GUSA!!


「貴族の息子は、従騎士の資格が生まれつきあるんだよ。そんで、聖職者にでもならないかぎり、騎士の修業を強制的にさせられて騎士なっちゃうんだよ」


 GUSA!!


「もしかして、ガルムって……」

「多分、聖典とか読めない」

「あ、阿保の子だったんだ!!」

『僕は!! 古代語得意だ!!』

「でも、剣は苦手なんだよ。みんな、人には得手不得手があるんだから、そのことをあんまり弄っちゃダメなんだぞ!」


 GUSA!!


 どの口が言うのかと彼女は姉の昔の姿を思い出し少々苛立つ。いや、かなり苛立つ。何か言えば「しつこい」とか「恨みがましい」と言われさらに弄られるので無視をする。


「では、平日は二期生三期生と剣の稽古の相手をして頂き、週末、シャリブルさんが一人になる時に、野営地に行くというのではどうでしょうか」


 リリアル生は月曜から土曜まで野営をしているのだが、日曜の朝から月曜の昼過ぎまでシャリブル一人になってしまう。土曜の昼に野営地に向かい、火曜の朝に戻ってくるのではどうだろう。


『ふむ、実質週休二日か。日曜に安息できるのがいいな』

「では、これで決まりという事で」


 ガルムと彼女の間で妥協案が成立。だが、リリアル生からの追撃は留まるところを知らない。


「まあ、土曜と月曜は野営地で訓練ね!」

「一般冒険者相手に訓練で負ける元帝国騎士とか笑える」

『僕はまけましぇん!!』

「いや、かなり負けているだろ。冒険者未登録組だけだろ勝てるの」

『……』


 レイピア剣術の癖が抜けないガルム。魔力壁や魔装手袋もしくは、バックラーで刺突を弾かれると、簡単に負けるパターンから抜け出せない。


「カッツバルゲルに代えた方が良いんじゃない?」

「突きは外されると次が苦しいですからね。まあ、平服用の剣術です。

スポーツですよね」

『……レイピアは最強だ……』

 

 そう、レイピアで無双する女剣士とか定番です。あくまで弱いのはご本人の問題である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リリアル内部で、ワスティンの森についての話は凡そまとまった。とはいえ、冒険者ギルドを巻込まねばならない事もある。


 最近は、オラン公の指名依頼程度であまり顔を出していなかった王都のギルドであるが、久しぶりに訪れる事にした。


「一人で行くって……」

「実家にも顔を出したり、馴染みの武具屋にも行きたいから。慣れた地元なので、供回りはいらないわよ」


 王都の城門まで馬車で送ってもらい、そこから徒歩で王都へと入る。南側の下級貴族街を逸れて橋を渡り、迎賓宮予定地の敷地のわきを通り抜け、中等孤児院の敷地を眺めながら下町の冒険者ギルドへと足を向ける。


 因みに、再開発に引っ掛かった『伯爵』の館は、新しい物件を王都の新街区に見つけたようで、そこに転居しているという。確かに、『伯爵』の住んでいた古い騎士の屋敷の辺りはすっかり取り壊されている。


 薬師ギルドは最近すっかり足が遠のいているので、アンネ=マリアの薬師登録をする際に、一度挨拶をしておこうと考えている。どの道、先触れ無しでは色々問題になりそうなので、今日は冒険者ギルドだけとしているのだ。


 彼女の記憶より幾分すっきりした雰囲気の冒険者ギルドのカウンターを見る。依頼票の掲示内容も少なくなっている事は良いことなのだが、冒険者としては仕事が少なく困っている者もいるだろう。


 特に、中堅未満の実績ない新人の場合、護衛の仕事も受けられないので、本当の小間使いのような仕事しか受けられず、稼ぐことも等級を上げる事も出来ない。


『最近は、レンヌとかルーンに行ってる奴も多いんだろ』


『魔剣』の言う通りであるのだが、駈出しであれば、王都の今までの住処を移してまで稼げる者はいない。依頼が多いからと言って王都を離れ活動ができるのは、中堅以上の経験者だけなのだ。



 彼女は受付嬢に声を掛ける。彼女の年齢と同じくらいの女性であり、一期生と冒険者活動をしているころには見かけなかった顔なので、新人か異動してきた人であろう。


「あの、よろしいでしょうか」

「あ、もしかして……」

「はい?」


 ジロリと訝しむような視線をおくられ少々戸惑いを感じる。


「あなた、冒険者登録しようと考えているのではないかしら」


 今日は軽装で、貴族の娘とは見えない程度の装いである。メインツで手に入れた訪問着的なワンピースを着用している。


「いえ、実は……」

「依頼? 依頼なら」

「依頼ではありません」


 はぁ、とちょっと溜息をついた受付嬢は、めんどくさそうに話し始める。


「あのね、いくらお芝居でさっそうと冒険者として御令嬢が活躍しているからといって、実際はそんなことないんだから。真に受けて、冒険者の登録に来る女の子が増えていて困っているのよ」


 なるほど、姉の儲け話の波及効果として、冒険者を志す女の子が増えているということなのだろう。そんな事ではと思っていた彼女は得心する。目の前の受付嬢も姉の被害者の一人なのだ。


「妖精騎士とかあんなの作り話に決まっているじゃない!」

「そうなのですか」

「そうよ。私、ここに一年ちょっといるけれど、リリアル男爵? あった事ないもの。あれは、ベテランの冒険者を雇って一緒に活動させた挙句、その手柄を彼女のものに付け替えているんじゃないかしら」


 確かに活動初期、彼女は冒険者を雇い依頼を遂行したことがある。あの頃は、まだリリアルもなく、伯姪や歩人とも活動していなかったからだ。レンヌでの一件は王女殿下の侍女として活動した時であるし、実際、冒険者として問題解決をしたことは最近ほとんどない。


「それに、スケルトンの軍勢に一人で突撃して何千も打ち倒すとか、荒唐無稽すぎてありえないでしょ? 確かにあの時あの町に滞在していたらしいけれど、そんなことありえないわよ。象徴として担ぎ出されているんでしょうね。王家も『救国の聖女』様の再来なんて言わせてるけど、正直怪しいと思うわ」


 この真面な感覚は大切にしてほしい。一人で三千のスケルトンに突撃し、一人で浄化する……二度とやるまい。


「でも、ミアンの包囲戦はミアンの街の方達の目の前で実行したのではないのですか?」

「そんなの、口裏合わせしたに決まってるじゃない。全員の目がそこに向いているわけじゃないんだもの」


 とは言っても、あの時は彼女に皆の気持ちを集めるために、教会に鐘を一斉にならしてもらい、祈りの力を集めて突撃する力に変えたのである。彼女の魔力は問題なかったが、浄化にまで至るかどうかは、真摯な祈りの効果に期待するしかなかった。


「ですが、あの時は……」

「あの時、あの時って、あなたあの街に滞在していたの?」

「そうですね。滞在していました」

「へー それで自分も妖精騎士・冒険者アリーになろうと考えて今日ここに来ているわけね」


 なろう……ではなく自身が『冒険者アリー』なのだが。


 彼女はギルド証を提示し、用件を述べる。


「ギルドマスターをお願いします」

「は? なんでマスターに会いたいのよ。今日はこの後、リリアル閣下がお越しになるのだから、ギルマスは忙しいの。先輩たちも裏で作業しているから、余計なこと新人の私が頼めるわけないじゃない」


 と一気に言いたいことを言い放った後、提示された冒険者証を確認する。


 薄紫色の冒険者カード。そして、名前は『ALLIE』の文字。


「え、は、あの、もしかして……」

「初めまして薄紫等級の冒険者アリーです。今日はリリアル副伯としてギルドマスターと打ち合わせに参りました。お取次ぎください」


 副伯当主が直接声を掛けるという事はまずありえない。ということで、受付嬢の落ち度は少しくらいは無いと言えるだろう。


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