第499話-2 彼女は副伯に陞爵する
王宮から戻った彼女は、早々に伯姪と今後の方針に関して詰めることにした。
「色々押し付けられたわね」
「そうね。王都周辺で関わりのあるところは凡そね」
代官の村・猪の村に加え、人攫いに協力していた王都東の村も改めてリリアル領に加わることになった。軽い刑罰のものは奴隷の期間が終わり、主だった村役人が処刑され、その家族が王都圏から追放された事を考えると、男衆があと十年ほど奴隷身分であること以外は普通の村になったと言えるだろう。
「あそこ、鶏卵牧場にする予定なのよ」
「ああ、なら女子供でも働けるでしょうし、外から働き手を募集することもできそうね」
「小さな村塞に改良するつもりなのよ。折角、人造岩石の技術も磨いていることなので、鶏舎や領主館を改良してみようと思うの」
鶏舎も木造のものよりも管理しやすくなる可能性が高い。板の割れ目からイタチやキツネが入り込んで鶏を食い殺す事も無くなるだろう。また、領主館は教会とならび、住民が避難する施設でもある。火事にも強いコンクリート製の領主館は良いものとなる。穀物倉庫なども地下階有のもので作るのも一つの考えだろう。
『地下な。周りをしっかり硬化させて水がしみこまないようにした方が良いな』
城塞のダンジョンも地下は水が染み出たり、通気が悪くとても悪い環境となる場合もあるのだが、それは施工と地形の問題もあったりする。少なくとも丘の上にあるような場所でない限り、地下に水が染み出る問題は発生すると考えてよいだろう。
「村長とかどうするの?」
「自薦他薦どちらでも構わないのだけれど、村長と副村長の二人にするの。任期は五年というところかしら」
「……有期の役人にするわけね」
水晶の村でもそうなのだが、多くの村では村長は世襲であり領主の分家や家臣の血統が支配している。村における領主が村長であるのだ。その場合、村長の決定に反論できなくなるのは当然だ。
その結果が、人攫いへの協力をして大金を受け取り農村とは思えない屋敷を構える村長と、そのおこぼれに預かる村人という関係になったのだろうと推測される。
「副村長は良いわね」
「独断できないようにするには、対立派閥を作る方が良いと思うの。揉めて抑止効果が発生することもあるし、相互監視の意味もあるでしょう」
軍においても副将という者は存在する。将を補佐する者という意味もあるし、別動隊を率いたり、役割を分ける為にも存在する。それ以外にも、将の裏切りを監視する役割も持っているのだ。
「それと、新しい人を受け入れてもらうわ。住む場所は新住民でまとめて住んでもらう事になるでしょうし、畑などもこの際、再編することになるわね」
彼女の中では『蕎麦』の栽培を委託したいと考えている。年貢として支払うのは小麦なのだが、この村では蕎麦を育てさせようというのだ。勿論それが、ガレット売りにつながるのは間違いない。
冬は小麦、夏は蕎麦を栽培することになるだろうか。蕎麦を育て、冬に小麦を育て、その後は牧草地にするなり休ませるなりすることになるだろう。
「犯罪奴隷の期間が終わるのは何よりだけれど、近隣の村との婚姻は避けられるでしょうから、外部の人を新住民として受け入れさせて、そのなかで子供同士を結婚させるとかになりそうね」
「他の村から差別される分、内部では反省もするし結束もするでしょう。悪い事ばかりではないわ」
既に唆した村長一家は処刑され、村長とつながりのある貴族家との縁も切れている。リリアル領として統治しやすいかどうかからすれば悪くないが、逆恨みの危険性もあるので、その辺りが追々考えるべきだろう。
「理由をつけて、騎士団の分駐所を設置するとかじゃない?」
「ついでに、人造岩石製の隊舎を寄贈すれば、喜んで協力してもらえるかしら」
問題ありの村の後始末を押付けた手前、王宮もある程度譲歩するだろう。王都東側には駐屯施設も少ないので、巡回などの際立ち寄りにくい街などを利用せざるを得ない場合も少なくない。王都の東は小規模な伯爵領が多く、犯罪者も逃げ込みやすいので牽制にもなる。
「自分で何でもやろうとしなくなったのは感心ね」
伯姪の呟きに彼女も自身で同意する。少なくとも、出会った頃の二人は、自分がいかに優秀かを周りから認められたいとばかり考えていた。今では……反省することしきりである。出る釘はいろいろ引っ掛けられてぶら下がりだらけになる。
「そう考えると、あなたのお姉さんは優秀よね。周りを上手く使って自分の成し遂げたいことをしっかり成し遂げる」
「図々しくて図太いだけよ。振り回される周囲はいい迷惑なのよね。渦の中心だけが穏やかなのよ」
けらけらと笑いを振りまき、悪びれる事無く周囲を使役する姉の姿が眼に浮かんで腹立たしい。
「ニース商会の行商ルートに入っているのだから、小さな支店と休憩施設も建ててみようかしら」
「いいんじゃないの? 周りに置かない店があれば、避けられている周囲の住人も村に現れるでしょう?」
王都は無税だが、一般的な街壁を持つ規模の都市は入場税を取る。そこには、『店』があり、自給自足では手に入らない質の商品が手に入る。ニース商会の店であれば、ルートに乗り取り寄せもできるだろう。わざわざ王都で探し回らずとも、時間も税も掛からず買えるとするなら、少しずつ近隣から村を訪れるものも増えると期待できる。
「人攫いの片棒担いで金儲けしていたってのは、何百年と言われ続けるでしょうけれどね」
「最悪、村の場所を移してしまう事も有りね。今のところは次善の策になるでしょうけれどね」
周囲の村より住み心地が良いとなれば、気にせず移り住む者も増えるであろし、まだ何も始まっていない状態で先を考えすぎるのも良くないだろう。
「爵位が上がると大変ね」
「人ごとみたいに」
「だって実際他人事でしょ? なんてね。リリアルもいよいよ騎士団を編成することになるのね。王国の一翼を正式に担うことになるのよね」
リリアル騎士団と名乗る事で、今までは冒険者の振りをして引き受けていた仕事のうち、王家からの指示で活動することに関しては正式に騎士団の任務として受ける事になるだろう。
「やはり騎士団や近衛連隊の下請けかしらね」
「まさか。騎士団長はあなたでしょ? 王国副元帥に下請けさせるなんてありえないでしょう。その辺り、弁えない輩もいないでもないでしょうけれど、そんな奴は門前払いできるようにするための副元帥であり副伯陞爵なんだから、偉そうに追っ払えばいいわよ。実際偉いんだからあなたは」
彼女の姉であれば「そうだよね!」と言い切るのであろうが、根が小心な彼女の中では自分自身に変化が無いので、あまり理解できていない様子だ。
「あのね、副伯っッて今はない爵位をあなたの為に復活させたわけでしょう。その意味を理解できないような王国の高位貴族はいないわよ。子爵より上で伯爵並扱いなわけでしょう?」
伯爵より下の意味が『伯爵並』である。いうなれば、星四冒険者の扱いのようなものだ。
つまり、高位貴族の端くれとして扱えよという、王家からの意思表示と理解できないような公爵・伯爵は王国貴族ではないという意味だ。
大使館を持つ国々をはじめ、多くの諸外国の宮廷にも彼女の陞爵の話は伝わるだろう。
『王国に現れたリリアル副伯とは何者なのであろうか』
そう疑問に思う王侯貴族も現れるに違いない。
『ある意味、お前の名前を利用した国防政策なんだろうぜ。竜殺しの英雄、そして直属の騎士団は全員魔術師という異色の軍を率いているって事が体外的な抑止力となり、国内の不穏分子を警戒させ動きを鈍らせる事になる。とってつけたようなワスティンの領有だって、問題起こす奴らへの警告の意味もあるだろうぜ』
『魔剣』の指摘する意味はその通りであろう。帝国・ネデルで彼女を実際に見知った王侯貴族も少なくない。そして、実際に、王国を害する組織の一端を潰して見せた。
王国外においても、リリアルは現れるぞと警告してやったのだから、当然だろう。
第五部(了)
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