第494話-1 彼女は『賢者学院』について知る
「子供を二人産めば万事解決ね」
『何言ってるんだお前……』
先日の『領宰』教育の際、将来のことについて色々妄想を巡らせた結果、彼女の中で出た一つの結論である。
「長子は婚家を継ぎ、次子以下のリリアルを運営できる能力と意思のある子がリリアルの爵位を継げばいいと思うのよ」
『……最低三人だな。次子以下って、次子だけじゃねぇんだろ』
「男女で産み分けは出来ないのだから、五人以上がノルマね。出来れば一年おきに産みたいので、結婚は十八までにしておきたいのよ」
二十歳から産み始めて、三十歳までに産み終わる計算だろうか。男系が重要視されるのは、血統ではなく数を産み育てることができるからだろう。女性の場合、生涯に十人産める人は稀であり、出産に際し亡くなる場合もあるのだ。男の場合、十人産ませるのは難しくない。百人でも千人でも可能性はある。
『自分で産まないといけないのは、大変だよな』
「産みっぱなしでは駄目なのよ。全員リリアル学院に七歳から入学させて、魔術師としてしっかり育てるつもりよ」
『……それが子育てになると良いけどな……』
既に気分は子育て世代である。
既に、先代ニース辺境伯に『領宰教授』の推薦を依頼する手紙を記し送った。姉は「いい人なら、ノーブル伯就任祝いに貰ってあげるよ」などとふざけたことを言っていたが、必要であればノーブル伯行を妨げるつもりはない。姉のところに修行に出す事もありかもしれない。
彼女は、先日の王宮訪問の際に耳にした連合王国の施設について、とても興味を持っていた。
その施設の名を『
『ありゃ、俺が生きているころに出来た先住民の魔術師の御業を残すために「大島」の先王朝が作った施設だったな』
「随分歴史があるのね。王都と変わらないくらいなのかしら」
少なくとも、今のロマン人が侵攻して作った王朝より、歴史が古い施設だと思われる。先住民は、森や湖に精霊が宿ると信じていた御神子教が布教される以前から存在する『精霊魔術』を主とする魔術師が政治と宗教の指導者として王を補佐していたという。
「つまり、国王を補佐する賢者を育成するから、『賢者学院』というのね」
『まあ、そんなところだ。伝説の魔術師である『メイリン』が作った私塾を母体とするとかなんとか』
魔術師メイリンは、伝説の王『ペンシルゴン』を支えた賢者として様々な書物に名を残している。元は、先住民の指導者である『樫ノ賢者』の一人であり、人の寿命を越えて長く生きる存在であったという。もしかすると、どこぞの『伯爵』の系統であったのかもしれない。
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連合王国訪問の際、リリアルの参考とするために、その賢者学院を訪問させて貰えないかと考えるようになるのはおかしなことではないだろう。少し、王都で調べたのち、賢者学院について分かったことがある。
連合王国には約五百年の歴史を持つ『賢者学院』があるが、これはロマン人が連合王国の王位を簒奪する二百年程前、彼女の祖先が王都を守るために夫婦で亡くなった時代までさかのぼる。
蛮族の侵略に悩まされていた『大島』の先住民たちの中で「賢者」と呼ばれる魔術師と聖職者を兼ねた指導者たちが、後進を育成するために設立した学院に端を発するという。
『
旧西王国のあった地域にひっそりと存在し、全寮制の施設である。連合王国において魔力を有する平民、及び貴族の子弟の中で十歳から十五歳となる六年間をここで生活し『賢者』『魔女』となる為の教育を行う。
全生徒は約百人であり、その四分の一ずつが、四人の創設者の名を冠した寄宿舎において生活し共同生活を行うことで、血族・クランに似た紐帯を育成している。
学院を卒業した後もこの四つの寮の関係は継続し、同じ寮出身者同士で結びつき派閥のような存在となっているとも言う。
『派閥かよ』
「出身地域より出身寮ということかしら。いえ、むしろ、出身地別に寮を使い分けていると考えた方が事実に近いかしら」
大島には七つの王国がロマン人による征服行以前存在していたともいう。その中で、四つの派閥ができるのはさほど不思議ではない。
『首都の地域に対抗したい勢力と、共闘できればめっけもんだよな』
「ふふ、そう上手くはいかないでしょうけれど、期待したいわね」
王国内に王家に対抗しようとする勢力が存在するように、連合王国内にも当然存在する。今は弾圧されている御神子信徒であるとか、純血主義者の魔術師に弾圧されている側であるとか。
『潜在敵なんだから、あまり期待するのはどうかと思うぞ。それに、あの学院は、お前の考えているようなもんじゃねぇからな』
『魔剣』の指摘する彼女が考えている事と異なるとはどういう意味なのであろうか。
『あの国だと、一定量以上の魔力を持つ者は男なら『賢者』女なら『魔女』となる資格を得るんだが、魔力持ちが十歳になった時に、学院から入学資格を与える書面が届くことになる』
貴族や富裕商人の子供はそのまま入学できるだろうし、貧しいものは領主や親が所属するギルドの幹部の養子になる等、学費を払える身分を手に入れ入学することになるのだという。
『……魔術には金がかかる。お前らが自分たちで調達するようなものを、あいつ等は買わなきゃならないからな』
「それは随分と親がかりな学び舎ね」
こうして、貴族・市民上層の紐付きとなった魔術師であるが、中には魔術師同士で婚姻を重ね、「純血種」を謳う一族もいるのだという。
『表に出てこねぇが、まあ、裏ギルドみたいなもんだな』
「つまり、暗殺や破壊工作に魔力を使用し、その対価として国王なり権力者から庇護を受け『魔術貴族』とでも呼ばれる社会的地位を得ていると」
『まあ、そんなところだろうな』
魔術師の純血を提唱したのは四人の創設者の一人魔女『サラザリ』であり、純血主義者の魔術師はサラザリ寮に集められるという。
『それに、魔術の系統もかなり違う。リリアルで使う体内に魔力を巡らせる方法の派生形はマイナーな術だな』
『魔剣』の知る限りに置いて、賢者学院で教えられる魔術の多くが『呪文』
を用いる『呪い』の類であるという。
杖を使い、魔術を飛ばし相手を呪う……というものが、「賢者」「魔女」の扱う『魔術』になるのだそうだ。
「聞いた話なのよね」
『あの島に住む先住民の魔術は呪いに類するもんだってのは昔からだな。それが、集団に影響を与えたり、支配層に影響を与え弱体化を招く。それは、火の球飛ばすより目に見えないダメージだけど、確実に効くぞ。次々王が衰弱死でもすれば、あっという間に国は弱くなるからな』
とはいえ、その呪い以外の『呪文』は多岐にわたり、小火球のような呪文もあるが、窓の開閉を呪文で行ったり、縄で拘束したり解放する術もあるのだという。
彼女は、窓の開け締めぐらい面倒くさがらず手ですればよいのではと思う。
「何でも魔法ね」
『それが、魔術至上主義とか純血主義を産んでるんじゃねえのかな。そもそも、国の為とかそういうのは二の次だろ。本来、何か工作するなら魔術師使うと思うんだが、見た事ねぇよなあいつら』
帝国では「魔剣士」と出会ったが、王国内で連合王国の偽装兵や協力者の中に『魔術師』は存在していない。
「人数が少ないのでしょうね。かなりの魔術を使えなければならないので、入学基準に必要な魔力量が高いのではないかしら」
リリアルの『魔術師』の中で魔力量大に相当するのは入学当時は二名に過ぎなかった。貴族の子弟であれば、それなりに多い者も見つけ出せるだろうが、姉や王女殿下、カトリナくらいの魔力量のものはそう多くはない。
「全校で百人、途中でリタイアする奴もいるだろうから、一学年二十から二十五人くらいかしらね」
『それで全力だろうな。連合王国の人口は王国の三分の一くらいだ。魔術師にならない貴族の嫡子なんかもいるだろうから、魔力量中くらいまでの希望者全員入れてそんなもんだろうな』
一期生の冒険者組が魔力量中なら入って来る。王都の孤児二千人の中の六人なのだが、連合王国の全体の魔術師割合を当てはめるとかなり多い数字となる。これは、王都の孤児の中に貴族の私生児が多く含まれているからかも知れないと彼女は考える。
とはいえ、二期生の王都組六人は全員魔力量小であるし、三期生も同様もしくは半数が無しである。
『魔力の多い奴を探し出して集団教育するより、魔力を育てて魔術師になる動機のある奴を育成する方が良いと思うがな。何でもできるってのは、何にもできないと変わらねぇ事もある』
「そうね。基本的に魔術が使えて便利なのは身体強化と魔力纏いくらいですもの。窓の開け閉め迄魔術に頼る必要はないわよね」
『何でも魔術でできるということも、良い事ばかりじゃねぇよな。子供の悪戯みたいな術も多いんだぜ、あいつら』
呪いの延長線にある軽い意趣返しのような、小さな不幸を招く呪文が数多くあるという。人の不幸を願う呪文を駆使するというのは、御神子教の教えと正反対な気がするのだが、いかがなものなのだろうか。
「それでも、自分たちとは異なる魔術の体系を持つ魔術師たちとの交流は楽しそうじゃない?」
『まあ、つまらねぇ魔術にのめり込まなきゃいいけどな。そんな暇、今のお前にはないかもしれないから、余計なお世話か』
賢者学院・連合王国の魔術は多岐にわたり、新しい事や知らないことを学ぶ事が好きな彼女がもっと幼いころに出会っていたら、今とは異なる人生となったのではないかと『魔剣』は考えたりする。
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